167 セルフ歓迎会

 本当に疲れていたので、お言葉に甘えて休ませてもらうことにした。


 魔力を消費したのもあるけれど、ビヤンの倉庫を出てからほぼ休みなく歩きっぱなしだ。椅子に深く腰掛けると、しばらく動きたくない程度には疲れていた。


 そんな俺をよそにニコラは「お家を探検するね!」とエクレインの膝から逃れ、隣の部屋へエクレインと一緒に歩いて行った。


 ニコラも疲れているだろうに、エクレインの膝でじっと座っていると酒臭い息が辛いのだろう。……アイツにも無理なものはあったんだな。兄として少しホッとしたよ。


 なんだか喉が乾いた。俺はアイテムボックスから露店で買っておいたジュースを取り出し、俺の分と一緒にセリーヌの前にもひとつ差し出す。


「あら、ありがとね」


「どういたしまして。ところでセリーヌ、あの共鳴石って一体なんだったの?」


「ああ、アレね。アレはいわゆる魔石の一種なんだけど、二つに割って風のマナを込めるとね、もう片方に音が聞こえるっていう便利な代物なのよん」


 なるほど。ほとんど予想していた通りのアイテムらしい。


「冒険者が離れた所から連携をとる時なんかに一言二言合図を送るために使う物で、本来ならもっと短い距離で使う物なのよ。まぁマルクならきっとやってくれると思っていたんだけどね~」


 ご期待に添えられたようで何よりだね。セリーヌは上機嫌に俺の頭を撫でた後、何かを思いついたようにポンと手を叩く。


「訓練して今よりももっと長く遠くまで声を届かせることができるようになれば、それだけで国のお偉い様方がマルクを欲しがるかもしれないわよ? 鳥や人を使うよりも確実で早いんだからね」


「すごくやり甲斐のなさそうな仕事だね。石にマナを込め続けるだけの仕事って」


 いくら給料が良くてもご遠慮願いたい仕事だ。お偉い方々の秘密の会話も聞いてしまうことになるので、仕事をやめることもできなくなりそうだし、ロクなもんじゃないだろう。するとセリーヌがニヤっと笑いながら、


「うふふ、そうよね。私もそう思うわ~! やっぱりやり甲斐と言えば冒険者――」


「――ま、まぁ将来のことはそのうち考えるよ」


 俺は被せるように答えると、飲み物を飲んで一息いれた。隙を見せるとすぐに冒険者に勧誘されるのも考えものだね。


 今回の依頼……から派生したヤボ用ではあるけど、セリーヌがいなければ巣の崩落でどうなっていたか分からないし、やっぱり冒険者って危険な仕事だと思う。それを将来の仕事にするのは不安がある。


 ――逆に言えば、セリーヌと組んで冒険者になれば安全な冒険者稼業で食っていけるのかな。でもこれから先もずっとセリーヌを頼るってのは、絶対に良くないよなあ……。


 まぁ、俺はまだ八歳だし? 将来のことを考えるのはこの辺で止めとこう。デリカみたいに将来を見据えて頑張ってる人には笑われるだろうけどね。その件は今は置いといて、そろそろセルフ歓迎会の支度でも始めることにしよう。


 そう頭を切り替えたところで、ちょうどニコラがエクレインと手を繋ぎながら戻ってきた。外から見た感じだとそんなに大きい家ではなかったので、探検もすぐ終わったんだろうと思う。


「あらあら、美味しそうな飲み物飲んでるわね。私にも一杯ちょうだーい?」


「エクレインさんはお酒を飲みすぎてるみたいだから、代わりに僕の作ったポーションをあげるね」


 俺はE級ポーションを取り出しエクレインに差し出す。F級は二日酔いに効くし、E級はそれ以上に効くのはデリカの父親のゴーシュで実践済みだ。


「へえー、マルクちゃんが作ったポーション? 別に悪酔いはしていないと思うけど、せっかくだから遠慮なく貰っちゃうわよ~。これでまだまだ飲めるわね!」


 俺が前世でウ◯ンの力を飲んだ後のような台詞を言いながら、エクレインがクピクピとポーションを飲む。お酒が適量が良いのは誰だって知っているだろうけど、たくさん飲めるならたくさん飲みたいよね。気持ちはよく分かるよ。


 ……これで酒臭いのが治るといいんだけどな。さすがにニコラが不憫すぎて何とかしてあげたくなったのだ。エクレインの様子をじっと見る。


「ふうー。……あらあら、なんだか頭がシャキッとしたような気がするわ。すごく良く効くわねえ! コレ!」


 エクレインが驚きの声を上げた。さすがはE級ポーションだ。金貨一枚の価格は伊達じゃない。そしてニコラはススス……とエクレインに近づいたと思うと、こっそりと、それでいて念入りにエクレイン周辺の匂いを嗅ぎまわっている。


 そしてパアアァ……と顔を輝かせると、「エクレインママー、だっこしてー」と甘えるように腰にまとわりついた。


「あらあら、ママですって? セリーヌも昔はママって呼んでくれていたのよね。懐かしいわ~」


 ニコラを抱きかかえたエクレインは、口元を緩めながら頬ずりを繰り返す。ニコラはクンクンとエクレインのうなじの匂いを嗅いでご満悦の様子だ。


 まぁ今日はニコラも頑張ったし、これくらいのご褒美はあってもいいよね? エクレインさんも嫌がってはないようだし。でもねエクレインさん、ニコラの言ってるママはカミラママと同じノリのママさんだと思います。



 俺がしばらくの間ニコラたちの様子を眺めていると、セリーヌがからかうような口調で声をかけてきた。


「……なあにマルク、母さんたちの方をじっと見て。羨ましいなら私も抱っこしてあげるわよ~?」


「ううん、結構です。それより休憩も十分取ったし、そろそろ食べ物を用意するね」


 俺はアイテムボックスから食べ物を取り出し、テーブルの上へと並べていった。今回はセルフとはいえ歓迎会なので、屋台で買ったものではなく父さんが腕をふるったご自慢の品々をメインに据えようと思う。


 ハンバーグやらシチューやらお好み焼きやらを次々と並べていくと、ニコラを抱きかかえたままのエクレインが俺の手元を見ながら話しかける。


「ねえねえ、さっきは酔っ払ってて気にならなかったんだけど、もしかしなくてもマルクちゃんって、アイテムボックスも持ってるの?」


「うん、そうだよ」


「……はぁ~、すっごいわねえ! アイテムボックス羨ましいわ~。悪い人にさらわれないように気を付けるのよお?」


「そのために私がいま鍛えてあげてるんだから大丈夫よ~」


 セリーヌが部屋の隅に置いてあった樽をこちらにゴロゴロと転がしながら口を挟んだ。


「セリーヌ、それってお酒なんだよね? それじゃあ昨日の買ったのはどうしたらいいかな?」


 昨日サドラ鉱山集落の酒場で買った酒樽は一人で飲みきれるような量ではなかったので、残りを俺が収納しておいたのだけど。


「ああ、アレは母さんに飲ませてあげてちょうだい。母さんも自家製の果実酒ばかりだと飽きるでしょうしね。私はこっちをいただくわ~」


 酒樽をテーブルの横に立てながらセリーヌが答える。エクレインは俺が取り出した酒樽に目が釘付けのようだ。


「まあまあ、これはエールかしら? たしかに久しぶりだわ~! ここにはめったに行商人もこないしねえ」


「ここに置いてあるお酒って自家製なの?」


 部屋の片隅に大量に置かれてるんだけど。


「そうよお。私が闇魔法でお酒を作ってるのよ。これで生計を立ててるんだから、それなりのモノなんだからね~」


「闇魔法で? 闇魔法ってお酒を作れるの?」


「もちろんよ~。あっ、それじゃあお酒作るところ見せてあげるわね!」


 するとエクレインは俺が返事をするよりも早く、玄関から飛び出していった。魔法で酒を作るのか……。正直かなり興味があります。

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