155 集落横断

「えっと……、ニコラちゃんはここで待ってる?」


 俺が土魔法で作った物を片付けていると、セリーヌが気遣うようにニコラに尋ねた。ここはニコラの好きにすればいいと思ったが――


「ううん、ニコラも行く!」


 首を振りながらニコラが答えた。おっと、マジか。一応念話で確認しよう。


『休んでいてもいいんだぞ?』


『いかにも何かありそうですからね。お兄ちゃんのサポート役として、私も行ったほうがいい気がするのです』


 ニコラがやる気を出していた。……たしかにウェイケルの様子を見たところ、状況はあまりよくなさそうだ。とはいえ俺は鉱山に突入するつもりなんかないし、考えすぎだとは思うけどね。


「よし! 行くならニコラはあたしが背負って行ってやるよ!」


 元気いっぱいにネイが名乗りを上げた。酒場での仕事っぷりを見るに体力はありそうだが、自分と同じくらいの身長のニコラを背負って坂道を登り下りするなんて、さすがはドワーフといったところか。もしかしたらさっきの失態を挽回したい思いも、少しはあるのかもしれない。


「わあい、ネイちゃんありがとう!」

『ヒャッハー! ロリしゃゲットだぜ!』


 痛車みたいに言うな。そしてネイはニコラを背負うとさっそく坂道に向かって走り出す。小さい身体を大きく動かし、飛び跳ねるように坂道を下って行った。


「……ネイちゃん、もう少しゆっくり――」

「ん? なんだって!?」


 フルスロットルで坂道を爆走するネイとしがみつくニコラの姿はどんどん小さくなっていく。俺たちはネイに取り残されないように、急いでその後を追いかけた。



 ◇◇◇



 ビヤン商店に一番乗りしたネイは、店内でニコラを背負ったまま待ってくれていた。どうやら既にビヤンに事情を説明してくれたらしい。


『……うっぷ。ロリ車の振動で乗り物酔いしそうです。しかしこのチャンスを……スーハー……逃すわけには……クンカクンカ』


 そしてニコラはネイの薄っすらと汗の光る首筋の匂いを嗅ぐのにご執心のようだった。たいへん気持ちが悪い。


 ビヤンは俺たちに気づくと、商品が敷き詰められ狭くなった通路の脇へと移動する。


「どうやらあっさり解決というわけにはいかなかったようですね。私はここにいるので、どうぞ様子を見に行ってください」


「おじさん、ありがとう。またね!」


 俺たちは挨拶もそこそこに商店の中を通り抜けると集落の中を駆け抜け、さらに鉱山への道を駆け登った。



 ◇◇◇



「はー、はー、疲れた……」


 俺は膝に手をつきながら呼吸を整える。なんとか鉱山の坂道を登りきったものの、別に体力に自信があるわけでもないので、坂道を下りてまた登っていくのはさすがにキツかった。足がガクガクする。隣を見ればセリーヌもデリカもケロっとした様子だ。


 アイテムボックスからE級ポーションをひとつ取り出し飲み干す。こういう使い方はしたことがなかったが、ポーション風呂なら疲れが取れるし疲労回復にも多少は効果があるだろう。


「おい、もういいだろ? 降りろってー!」


 ネイの背中にニコラがぶらぶらとへばりついてるのを横目に坑口へと近づく。


 鉱山の坑口では、ウェイケルと俺たちが移動中に戻ってきたらしい三人のパーティメンバーが地面に座り込んでおり、見張りの三人と深刻そうな顔で話し合っている。


 ラックとジャックの姿は見えない。パーティメンバーは七人なので、まだ三人足りないようだ。


「あんたたち、一体何が――」


 セリーヌが話かけた途端、坑道から激しい足音が響き、ウェイケルの元々のパーティメンバーの最後の一人が滑り込む様に外に飛び出てきた。すぐ後ろにはストーンリザードが差し迫ってきている。


「すまん! ストーンリザードが追って――」


石弾ストーンバレット


 さすがの俺でもこの距離では外さない。ストーンリザードの頭から腹までを一撃で吹き飛ばした。


「え?」


 飛び出てきた冒険者がストーンリザードの死骸を見ながらポカンと口を開く。


 セリーヌがストーンリザードを一瞥し、再びウェイケルに問いかける。


「それでこれは何が起こったのかしらん?」


「セ、セリーヌサン。実はまだ中に仲間が残されてるんだ」


「ラックとジャックがいないわね。まさかあんたたち……」


 二人をおとりにでもして逃げてきたのか? 暗にそう言われたと察したウェイケルが頭を左右にブンブンと振る。


「い、いや違う! パーティを組んだら俺たちは同じ仲間だからな! そんなことはしねえ! 逃げてる途中、道が入り組んでいて気がつけば全員バラバラになっちまってたんだよ!」


 確かに戻ってくるにも時間差があった、嘘は言っていないのかも。軽いノリの連中だけれど、悪人というわけではないのかもしれない。


「それはそれでお粗末ね……。だとすると、待っていれば戻ってくるのかしら?」


「わからねえ。アレがラックたちを追いかけたのだとすれば……」


「お兄ちゃん、マザーストーンリザードってそんなに強かったの?」


 昨日の余裕ぶった様子からすると信じられないような敗走っぷりに、俺は思わず口を挟んだ。


「――ハーレムだ」


「え?」


「マザーストーンリザードが三匹と、それに囲われる様にオスのストーンリザードが一匹いたんだ。旦那を守るように三匹が攻撃を仕掛けてきて、どうにもならなかったんだよ……」


「ふぅん。マザー三匹ねえ。それじゃ七人程度だと無理でしょうね。……それであんたたちはこれからどうするの?」


「セリーヌサンの言う通り、俺たちだけではもう依頼を達成しそうにない。でもこのまま引き返したら、依頼を失敗するばかりかラックとジャックを見捨てることになっちまう。……お願いだセリーヌサン、いやお願いします! 俺たちを手伝ってくれないスか!?」


 ウェイケルが頭を下げると、ウェイケルに続けとばかりにパーティメンバーも頭を下げる。


「ウェーイの言う通りだ! 俺からも頼む!」「俺からもだウェーイ!」「ウェーイ! 俺たちはファミリーだ!」「ウェーイ!」


 ウェイケルたちのノリに若干顔をしかめるセリーヌ。それでもセリーヌが助けに行ってくれるなら、きっとラックもジャックも無事に救出されると思う。


 セリーヌには是非この要請を受けて欲しい。俺はここで無事を祈っていよう。がんばれセリーヌ。


「そうねえ……」


 セリーヌは呟きながら、鉱山の坑口の壁をペタペタと触っていた。


 そして手に付いた土をパンパンと払うと、ニヤッと意地の悪い顔を浮かべ、ウェイケルに答える。


「マルクも一緒でいいなら、手伝ってあげてもいいわよん」


 えっ、俺も?


『ほらね』


 ニコラのドヤ声が念話で届いた。

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