137 鉄鉱亭の酒場

「そういうことなら、遠慮なく……」


 微笑んだセリーヌはベッドの端に手を添え――


「お酒が私を待ってるわっ!」


 ぐんっと手を伸ばした反動でベッドから飛び起きると、あっという間に部屋を抜けて階段をドタドタと降りて行った。


「いってらっしゃーい」


 俺はそれを微笑ましく見つめながら手を振った。


「あんたたち、何やってるのよ……」

『エッッッッッッッッッッッッッッ』


 顔を赤らめながらデリカが呟き、念話ではニコラが奇声を発する。


「昨日はお酒が飲めなかったし、下の階では酒場が開いてるでしょ? もう我慢の限界だったんだろうね」


「えっ、うん。そ、そうよね……」


 セリーヌは結構な酒好きだからな。俺だって前世でそうだったからよくわかる、仕事が一段落付いたと思ったらもう我慢出来ないよね。ところでデリカはどうして顔が赤いのだろう。僕にはわからないな。


 俺はデリカがハンガーラックに旅装束を引っ掛けるのを見届け、声をかける。


「それじゃ僕らも夕食を食べに降りようか」


「そうね、そうしましょ……」

『エッッッッッッッッッッッ』


 まだ何かを引きずってるようなデリカと、ついに壊れてしまったらしいウチの妹を連れて、俺たちも階下へと向かった。



 ◇◇◇



 一階に降りると少し前までは全く居なかった客もようやく入ってきたようで、多少は賑わいを見せていた。客は体格のいい男ばかりだ。おそらく付近の鉱山で働く鉱夫なのだろう。


 俺たちが階下に降りてきたのを見たセリーヌは、ジョッキでエールを飲みながらこちらに手を振る。


「ごめんね~。もう我慢できなくなっちゃってね。先に頂いてるわよ」


「いいよ、気にしないで。それじゃあ僕らは何を食べよっか」


 セリーヌと同じテーブルを囲む。周囲から「なんだ子連れかよ」と声が聞こえセリーヌのこめかみに青筋が浮かぶ。


 俺は何も聞こえないし何も見ていない。しばらく貝のように押し黙っていると給仕がやってきた。


「らっしゃい、あんたらも宿泊客だね。何を食べるんだい?」


 ピンクの頭髪をお団子にして二つにまとめている、俺と同じくらいの背格好のかわいらしい女の子が注文を取りに来た。宿の受付の時はいなかったが、デリカの様に忙しくなり始める時間帯から働きにくるバイトなのかもしれない。


「そうだね、何にしようかなー」


 俺たちは壁にかかっているメニュー表を眺める。すると女の子から一言。


「ここの名物が食べたいのなら、岩虫のスープがおすすめだね」


「岩虫?」


「ほら、ここに来る途中に私が火の矢ファイアアローで焼いてた、あの魔物のことよ」


 うへっ、あの芋虫を大きくしたようなアレか。前世で昆虫食はイナゴの佃煮すら食べたことはなかったが、魔物だから昆虫食とはまた別のジャンルになるんだろうか。


 少し気持ち悪いと思わなくもないけど、せっかくおすすめされたんだし食べてみるかなあ……。


「じゃあそれを――」

「私はソーセージとサラダで」

「ニコラはシチュー!」


 食い気味に注文する二人。あれ? 二人は岩虫を食べないの? ……なんだか普通のメニューを選んでいるし。


「そ、それじゃそれと白パンで」


 なんとなく裏切られた様な気分を押し殺し、メニューを伝える。


「あいよっ、しばらく待ってくれよな!」


 女の子は元気に返事をすると、トコトコとカウンターに向かった。



「――おまたせ」


 ゴトリと音を立て、俺の目の前に岩虫のスープが置かれた。


 幸いなことに岩虫の原型は留めてはいなかった。白いスープの中にはサイコロステーキの様にキッチリと四角に切りそろえられた灰色の肉片がたっぷり入っている。これがおそらく岩虫の肉なのだろう。


 まずはスープをスプーンで一口飲んでみる。あっさりとした塩味のスープだ。鉱山集落だけあって、汗をかいた後の塩分摂取が出来そうな味付けが好まれるのかな?


 そして肝心の岩虫の肉をパクりといただいた。


 ――元が大きな芋虫なだけにムニュッとした食感を想像していたんだが、やはり魔物だからだろうか俺の予想は外れ、意外なことにパリッとした食感だ。味は香ばしいナッツの様な風味がする。


 うーむ、思ったよりも美味しいな。これはお酒のつまみに合いそうだなあ。


「セリーヌ、これお酒のつまみに合いそうだよ」


「ふぅん。どれどれ?」


 俺が皿をセリーヌに差し出すと、岩虫肉をひとつフォークで突き刺し口に運んだ。


「あら、結構イケるじゃない。すいませーん、私にも岩虫のスープお願い!」


「あいよっ」


 ピンク頭の女の子が威勢のいい返事をする。


 そして俺がそれを見ている隙に、ニコラも俺の皿から岩虫肉をヒョイパクと食べた。そして一言。


「おいしいね!」


 笑顔でそう言ったかと思うと、次から次へと俺の皿から岩虫肉を自分のシチューに移し替え、自分の皿を岩虫肉のシチューに作り変えた。ニコラはとても満足げだ。いや待て、お前なにしてくれてんの……。


 ちなみにデリカは全く興味を持たずにソーセージをモグモグと食べている。まぁテンタクルスの見た目ですらかなり無理めだったもんね。


 ニコラの傍若無人ぶりに釈然としない気持ちを抱えながら白パンにスープを浸して食べていると、周囲の喧騒がふと耳に入った。


「おーい、ネイ。こっちにもエール頼むわ」


「あいよ! でもあんたら今は稼ぎがねえんだから、酒も程々にしろよな!」


 馴染みの客なんだろう、ピンク頭の女の子が乱暴に受け答えをする。


「明日には冒険者たちが巣の討伐にやって来るんだろ? もう大丈夫だろうよ」


 他の客が口を挟むと、ネイと呼ばれた女の子は呆れたような顔を浮かべながら、


「あんたらがそんな考え無しだから、二ヶ月もこんな有様になったんだろうが」


「へっ、違いねえな!」


 ドッと酒場が沸いた。


 それにしてもあのネイって子は、歳のわりにはしっかりしてるというか、いや俺もよくそう言われるけど、そういうのじゃなくて年季が入ってるというか……。


「ねえ、セリーヌ。あのネイって子は――」


「ああ、きっとドワーフなんでしょうね~」


 ほろ酔いのセリーヌが何という事はないといった口振りで答える。


 ――ドワーフ。教会学校でこの世界にドワーフがいることくらいは学んではいた。しかし「全体的に背が低めの種族で、男性は筋肉質、女性がさらに背が低いです」くらいしか書かれてなかったんだよな。


 どうやらこの世界のドワーフの女性は、背が低いというよりぶっちゃけロリっ子ってことらしい。

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