136 サドラ鉱山集落

 目的地が見えたので馬車の速度を少し落としながら、サドラ鉱山集落へと近づいた。


 どうやらこの集落では、山々に囲まれた中央の平地部分に住人が暮らしているようだ。山で鉱物資源を発掘しているうちに自然と作られていった集落なのかもしれない。


 入り口はセカード村のように丸太の柵で塀を構築しているようだが、ずいぶん長い間改修されていないのか、丸太の表面はボロボロになっている。


 門番なんかもいなかったので、馬車はそのまま集落の中に入った。ファティアの町やセカード村に比べると、なんとも雑多な感じに住居や露店なんかが所狭しと並んでいる。


 集落というからにはもう少しこじんまりとしたものを想像していたんだけれど、思ったよりも規模が大きい。ここで暮らす人々の生活を支える物資や施設は十分に揃っているように見えた。


 とりあえず魔物が溢れ出て集落が陥落していた……なんてことはなさそうでホッとする。最近はあまり人がこないのだろうか、通りすがりの住人が物珍しそうに馬車を見上げている。


「事前にリザに聞いた話だと結構にぎやかな集落だって話だったけど、やっぱり例の鉱山に湧いたっていう魔物のせいかしら? 少しどんよりとしているわね~」


 セリーヌが前を見据えるように目を凝らす。


「とりあえず宿に行きましょっか。リザの情報によると入り口付近に酒場も併設している宿があるみたいだから、そこで酒場の客から情報も聞けるはずよ。鉄鉱亭って言うんだけど……」


「あっ、あれじゃないかしら?」


 御者台のデリカが指を差す先には、少々古びてはいるがしっかりとした造りの建物があった。目立つところに看板が取り付けられており、荒々しいタッチで「鉄鉱亭」と書かれている。うん、ここだね。


「そうね、あれだわ。それじゃお願いね~」


 デリカが頷き、馬車を鉄鉱亭へと向けた。



 ◇◇◇



 デリカに馬車の番をしてもらい、残りの三人で鉄鉱亭へと入った。店の入り口部分はウチの実家と同じく、宿屋の受付と飲食スペースが一緒になっている様だ。


 ただし実家に比べると鉄鉱亭は随分と飲食スペースが広く、用意している酒の種類も多そうだ。きっと集落で働いている大勢の鉱夫たちが飲みにくるんだろう。今は景気が悪いのか時間帯が悪いのか、閑古鳥が鳴いているけど。


「おや、泊まりかい? 鉱石の買い出しに来たのなら、残念だけどしばらくは無理だろうね。まぁ今日は泊まって明日帰るといいよ」


 四十代くらいのおばさんがカウンターに肘をつきながら口を開く。どうやら相当ヒマらしく、ついさっきまでうたた寝をしていたような顔をしている。


「ええ、とりあえず明日まで四人分お願いするわ。馬車はどうすればいい?」


「近くに厩舎があるから……この札を持っていって、厩舎近くの家に住んでる男に渡せば厩舎を貸してもらえるよ。これは別料金だけど構わないね? もちろん食事も別料金さね」


 おばさんはカウンターの下から取り出した木の札をセリーヌに手渡した。


「それじゃ一泊銀貨2枚と厩舎賃銀貨1枚、四人なら銀貨9枚になるよ」


「はい、おつりはいらないわ」


 セリーヌは金貨1枚をおばさんに握らせる。


「それでついでに聞きたいことがあるんだけどね……」


「まいど。聞きたいことってなんだい?」


 おばさんが金貨一枚をカウンターの下にしまい込み、ホクホク顔で尋ねた。


「この鉱山に魔物が湧いたって聞いたんだけど、よかったら詳しく教えてくれる?」


「ああ、その話かい。二月ほど前になるかね、いつものようにこの集落の男どもが鉱山を掘り進めたら、急に壁が割れたらしくてね。そこがストーンリザードの巣と繋がっちまったんだよ」


「ふぅん。ストーンリザードねえ」


「それでさ、それほど大きな巣じゃないみたいだから、自分たちで何とかしようなんて男たちが大馬鹿を言い出してさ。……それからここ最近まで、ずっとストーンリザードの駆除を続けていたんだけどね、怪我人が出るわ、いつまでも湧いてくるわで結局根負けして、ようやくこないだ冒険者ギルドに依頼を出したところなんだよ。まったく最初っからそうしてりゃよかったんだ」


 そう言っておばさんは深いため息をついた。


「あらそう、大変だったのねえ。鉱山のことは大体分かったわ、ありがと。……それともう一つ聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」


「ん? なんだい?」


「ここに来る途中で三人組の山賊を捕まえたんだけど、私たちの代わりに近くの町に通報に行ってくれそうな人を知らないかしらん? 私たち報酬金は辞退するので、とりあえず捕まえてくれればそれでいいわ。あ、これ身分証明書」


 そう言って胸から出したギルドカードをおばさんに見せた。


「へえ、C級冒険者なのかい。珍しいね。……三人組の山賊ねえ。どんな連中だったんだい?」


「一人はヒゲ面の中年で、後の二人は若い男だったわね」


「それならこの近くの山を根城にしていたザム一家かねえ。以前はこの集落で働いてたらしいんだけどね。ほんと鉱山の男はバカばっかりだよ」


 おばさんが再びため息をついた。おばさんは鉱山の男に色々と失望してそうだ。まあここまで聞いた話では全く擁護は出来ないけど。


「そういうことなら、明日の早朝にでもウチの旦那に近くの町まで通報させるよ。本当に報酬はいいんだね?」


「ええ、平気よ。後で場所を書いた地図を渡すわね」


「あいよ。これで話は終わりかね。部屋に案内するのは馬車を入れてきてからでいいかい?」


「そうね、すぐに戻ってくるわ」


 セリーヌは踵を返すとすぐさま外に出ていき、俺とニコラもその後を慌ててついていった。



 ◇◇◇



 俺たちはデリカの元へ戻ると馬車を預けて再び「鉄鉱亭」へ行き、おばさんに部屋に案内してもらった。二階のある大部屋だ。ベッドが四つ備え付けられており、後は木製のハンガーラックと四角いテーブルが置かれている。他にはなにもない。


 窓から見える空はすっかり暗くなり、照明の魔道具がほのかに周囲を照らしていた。


 俺はとりあえず一番手前のベッドに腰掛けた。見るからに質素なベッドだが、野宿で使った体操マットぽい物よりはマシだろう。風呂がないのは少し残念だけど、さすがに外に出てお風呂小屋を作るのは無理だよなあ。


 そんなことを考えていると、ギシッとベッドが鳴った。横を見るといつの間にかセリーヌが俺の隣に腰掛けていた。


「ねえマルク……。私もう我慢出来ないの。もう……、いいわよね?」


 セリーヌが身体を寄せ、潤んだ目で懇願するように俺に話しかける。


 俺もセリーヌはそろそろ我慢の限界だと思っていた。今夜は欲望の思うがままに貪ればいいだろう。


「いいよ。よく今まで我慢したね。もう我慢しなくていいんだよ……」


 俺がやさしい声でそう答えると、セリーヌの瞳は歓喜の色を帯びる。そして喉をゴクリを鳴らすと妖艶に微笑んだ。

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