135 折り返し

 ……まぁこれで意趣返しにはなっただろう。俺の勝手な自己満足だが、俺の感じた悪寒と今まで被害にあった人の痛みを少しは知ればいいと思う。


 脅威が去ったことで一息つき、背後のセリーヌたちの方に歩み寄った。俺の方を見つめる三人は、全員なんとも言えない表情をしていた。


「お見事なもんだけど、なかなかエグいことするわね~」


 セリーヌがおっさんのうめき声が聞こえるドームハウスを見つめ、うげっと嫌そうな顔をする。


「油断してくれてたお陰で少しは余裕があったからね。……もしセリーヌならどうしてたの?」


「私が一人の時に遭遇したなら、チンケな山賊みたいだし報奨金も少なそうだから、まぁ、その場でね」


 と、手のひらに炎を生み出した。この領内では略奪行為は大変罪が重い。遅かれ早かれ罪を精算する時がくるのなら、セリーヌの炎は慈悲になるのかもしれない。


「ああ、そうそう。照明魔法で目眩ましはいい案だったけど、できれば事前に教えて欲しかったわ~。私とニコラちゃんは勘付いて顔を背けたけれど、デリカちゃんがね」


「す、少しの間だけだったし、気にしないでいいのよ!」


 デリカがわたわたと手を振る。どうやら一人だけモロに食らったらしく、少し恥ずかしいようだ。


「ううん、ごめんねデリカ。もし集団戦だったりしたら、味方も混乱したかもしれない。これからは気を付けるよ」


「もうっ、いいって言ってるのに!」


 デリカがふくれっ面をする。久々にプリプリしてるデリカを見た気がするね。懐かしい顔を見て、戦闘でこわばった体から力が抜けていくのを感じた。


「ヌシの時の風魔法を纏わせた円盤とか槍もそうだったけど、教えてもいないのに色々と考えながら戦えているわよねえ。えらいえらい」


 セリーヌが俺の頭を撫でる。目眩ましはともかく、風を纏わせるのは老師ぶったニコラの助言のお陰もあったんだけど……。そう思ってニコラの顔を見ると、案の定満面のドヤ顔をひけらかしていた。



 ◇◇◇



「……よし、これでいいかな」


 俺は土魔法で「山賊です。近づくな危険」と書かれた看板を立てる。これでヘタに近づく人はいないだろう。


「おまたせ。それじゃあ戻ろう」


 俺たちはドームハウスの敷地内に引き返すと出発の準備を始めた。仮設トイレで用を足した後、仮設トイレを砂に戻す。穴を開けていた部分には、昨日収納した砂を使って埋めた。そしてドームハウスと柵を土に分解する。後は自然の風が地面をならしてくれるだろう。


 これで片付けも完了だ。あっさりとしたもんである。セリーヌが度々言っていることだが、土魔法は野宿に便利だなあと我ながら思った。


「忘れ物は無いかしらん? 無いなら行きましょ~」


 セリーヌの声を合図に全員が馬車に乗り込み、デリカが馬を進める。通りすがりに山賊のドームハウスを眺めると、上半身だけ出したおっさんがこちらを見ることもなくグッタリとしている姿が目に入った。


「あれって、どうやって通報すればいいのかな」


「そうねえ……。鉱山集落に衛兵は詰めていないと思うけど、山賊を捕まえてるって誰かに教えてあげれば、あんたが報酬の権利を放棄する代わりに最寄りの町まで通報に行ってくれる人もいると思うわよ」


「なるほど、それじゃそうしようかな」


 俺はセリーヌに答えると、次第に小さくなっていくドームハウスの様子を最後まで見続けた。



 ◇◇◇



 いつの間にか僅かに生えていた雑草も姿を消し、視界には荒れた大地が広がっている。寝足りなかったらしいニコラはセリーヌの膝でスピスピと眠っていた。


「鉱山集落でモンスターが湧いたって言ってたね。そういうことってよくあるの?」


 山賊の言葉で気になっていたことをセリーヌに質問する。セリーヌはニコラの頭を撫でながら、


「鉱山を掘り進めていくうちに魔物の巣と開通させてしまうことは、稀にだけどあるわね」


「そういう時ってどうするの?」


「冒険者ギルドに間引きや巣の殲滅を依頼するんだけど……。もしかしたら私たちと入れ違いで、冒険者ギルドにも依頼が入ったかもしれないわね」


「えっ、それだと僕らの依頼の結果を聞くまでもなく、鉱山集落の様子が分かると思うんだけど、その場合依頼はどうなるの?」


「大丈夫よん。私たちは鉱山集落にいる行商人さんの様子を町の依頼主に伝えるのが仕事だから。このままゆっくり進みましょ」


 セリーヌがニコラのほっぺをプニプニとつつきながら答えた。どうやらセリーヌがタダ働きになることはないらしい。ひとまずは安心だ。


「集落にはどれくらいで着きそう?」


「そうねえ~。夕方くらいかしら。その日は宿に泊まって、次の日に行商人さんを探し出して話を聞いて、その情報を町まで持ち帰れば依頼は完了ね」


 この三日間だけでも色々な出来事があった旅だったが、ようやく折り返し時点が見えたようだ。



 その後も淡々と移動を続けた。荒野が続き、近くの山からは魔物らしき鳴き声も聞こえる。この辺は見るからに安全な地域ではなさそうだ。周辺を眺めながらセリーヌが呟く。


「どうやら今がこの辺の魔物の活発になる時間帯みたいね。早朝から活動する山賊ってのもおかしいと思ってたけど、そういった事情で早起きして獲物を探しにいく習慣がついてたんでしょうねえ」


 そう言いながら、近くをうろついていた芋虫のような魔物に向かってファイアアローを放つ。


「私が進路上の邪魔な魔物は始末するから、気にせずこのまま馬車を進ませてね」


「わかったわ」


 デリカが了承し、魔物の姿に馬車を止めることなく走らせる。そうしてセリーヌに露払いをしてもらいながら、一時間ほど進んだだろうか。


 ついに目的地のサドラ鉱山集落に到着した。

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