125 エーテル
セカード村を離れた後も、昨日の道中と変わらないのどかな草原を馬車が進む。
視界を遮るような森も岩山もないので索敵の上では大変ありがたいが、草原以外なにもない景色がこうも続くとさすがに飽きてくる。正直なにか変化が欲しいところだね。
「ねぇセリーヌ。目的地の鉱山集落に着くまで、他の村に立ち寄ったりはしないんだよね?」
「そうよ、今晩は野宿になるわ。まぁ野宿って言っても、普段の野宿とは全く違うものになると思うんだけどね。ほんとマルクは一家に一台だわ~」
セリーヌが俺を引き寄せてかいぐりかいぐりする。色々と柔らかい部分が当たってとても気持ちいい。
「そう言えばメルミナちゃんに求婚されてたけど、私だって貰ってくれていいんだからね~?」
それを聞いた御者台のデリカがくるっとこちらを向くと、キョトンとした顔で、
「えっ? セリーヌさんだと年の差が――」
「――デリカちゃん、なにか言った?」
「……ナンデモナイデス」
すぐさま前に向き直った。どうやら自分の失言に気づいたらしい。悪意のない突っ込みって怖いね。
デリカはこういった話を初めて聞いたみたいだけど、セリーヌは出会った頃から有能な坊やに今のうちから唾つけとこうかしらん? みたいなことを言ってたし、俺からすると今更すぎて突っ込む気がしない。
そういえば、師弟関係までは行かなくても今回のように俺を外に連れ出してくれるし、色々と教えてもらってもいる。セリーヌがたまに買ってくれるポーションだって貴重な収入源だ。
返せそうにない借りがどんどん増えていく気がするんだけど、これってもしかして現在進行形で唾をつけられている状態なんだろうか。セリーヌに何かお願いされたら断れる気がしない。
そんなことを考えながらかいぐりかいぐりされ続けていると、ニコラがご相伴にあずかろうとセリーヌに抱きついてきた。ふとニコラに少し聞いておきたいことを思い出した。さっそく念話で伝える。
『なあニコラ。例の魂の力……、魔物の魂の残滓と魔素の混合物……だっけ? それって世間一般にも知れ渡ってるの?』
『お兄ちゃんが昨日のお風呂でラッキースケベを起こしたときのように、大物を倒した時は明らかに力を増したのを体感すると思います。それなのにこれまで話に聞いたことはありませんから、秘匿されてるか、研究が進んでいないかのどちらではないですかね。どちらにせよセリーヌに聞いたほうが早いと思います』
それもそうか。それとなくセリーヌに聞いてみる。
「ねぇセリーヌ。ヌシを倒してから何だかマナが操りやすいというか、力が増したような気がするんだけど、何か心当たりはない?」
「あら、やっぱりエーテルを得られたのね。よかったじゃない」
「エーテル?」
「ええ、強い魔物を倒した時、自分の力が増すのを感じることがあるの。一説には魔物の魂を自分の魂に取り込んだ影響だ、なんて言われてるわ。体には害はないみたいだから、ありがたく受け取っておくといいわよ」
ざっくりとだが、ニコラの説明と似たようなものか。魂の力とか魂の残滓と魔素の混合物と言うのはわかりにくいから、これからはエーテルと呼ぼう。
「あっ、このことは冒険者なんかはみんな知ってることなんだけど、あんまり言いふらさないようにね。力のない人が大物を狙って無駄死になんてのは聞いて気分のいい話じゃないからね」
俺やニコラの耳に入ってこなかった理由はこの辺っぽいな。
「セリーヌさん、弱い魔物からだとそのエーテルってのは得られないの?」
デリカが口を挟む。
「大物だけと言われてるわね。だから変な気を起こしちゃ駄目よ?」
「……はぁい」
あわよくばと思ったんだろう。ガッカリした口調でデリカが答えた。そこにニコラが念話で補足をする。当然顔をセリーヌのお腹に埋めたままだ。なんとも締まらない。
『以前にも言ったとおり、ゴブリンやコボルト等の弱い魔物にも、そのエーテルは無いことはないですが殆ど得ることはできません。もし体感出来るレベルで狩り続けたとしても、魂の強さが増したのではなく習熟の成果と捉えるでしょう』
この辺は世間一般では知られてはいないことのようだ。神様から直に教わってるニコラに間違いはないだろう、多分。
やはり弱い魔物を見かけたら、なるべくデリカにトドメを刺してもらうほうがいいな。ほんの僅かでもデリカの夢の手助けになるだろう。
とはいえ、ここまで魔物一匹も見やしない道中だ。「ちょっと弱い魔物がたくさんいそうなところに寄ってってくんない?」なんてギルド依頼の最中にはとても言えないし、その機会を待つしか無いな。
「ふぁ~……。私はちょっと寝るわね。それにしても馬車で寝て鉱山集落の様子を見て戻ってくるだけで稼げるなんて、今回の依頼は最高だわ~」
普段は変な依頼を受けて酒場で愚痴ってることも多いもんな。
「昼食時になったら起こしてねん」
セリーヌはかいぐりかいぐりしていた俺を手放すと、クッションを枕に俺の反対側を向いてごろり横になり、少し痒いところがあったんだろう、さりげなくお尻をポリッとひと掻きした。すかさずニコラも抱きまくら化してそれに寄り添う。
少し気の抜いたその仕草と様子が、まるで休日のお父さんとその娘の昼寝姿のように見えたが、さすがに俺はそれを口に出す命知らずではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます