107 リアル元天使もいる
しばらくして爺ちゃんは意識を取り戻した。仰向けに横たわっている爺ちゃんは、ぼんやりとした眼差しで俺たち二人を見つめながら呟く。
「なんだここは……。天使がいるってことはあの世なのか? クソッ! こんなことならもっと早くに仲直りしときゃよかったんだ……。すまねえなレオナ、マルクたん、ニコラたん……」
「……たん?」
「あんな現世に降り立った天使たちを呼び捨てに出来るわけねえだろ、たんだよたん」
「別に僕らは構わないよ?」
「俺みたいなクソにそんなことが許されるわけがねえ。それにしても、あの世って思ったよりも貧乏くせえ天井なんだな……って、あれ? ……なんだここ。店の中じゃねーか!」
爺ちゃんがガバッと上半身を起こす。二人がかりでも動かすのが大変だったので、その場で寝かせて様子をみていたんだが、ようやく意識がはっきりしたようだ。鼻に詰めていた赤く染まった綿を取り外し、俺たちを見つめる。
「あのよ……。全部聞いたのか?」
「聞いてたよ。お爺ちゃん、仲直りしたいんだってね」
「うわあああああああああああああああああああ!!!」
俺が答えると同時に爺ちゃんは跳ね起きると、叫びながら近くの柱に頭をゴンゴンとぶつけ始めた。天井からパラパラと埃が落ちてくる。
ゴンゴンゴン!
「うわっ! 何してるの、爺ちゃん!」
「今すぐ死にてえ! 死なせてくれ! あんな弱音を吐いちまうなんて、俺は男としてもう死んだも同然だ!」
ゴンゴンゴンゴン!
「だめだよ、治すよ! 回復魔法だってあるんだからね!」
ゴンゴンと頭をぶつける傍らで俺は回復魔法をかけ続ける。
「うひいいいい! 頭をぶつけてもすぐに痛みが無くなって逆に怖えええええええ!」
混乱したように叫びながら頭を柱にぶつけ続ける爺ちゃん。
「じゃあ殺せ! 殺してくれ! マルクたんお得意の土魔法で俺を串刺しにしてくれ! 頼む!」
「するわけないでしょ!」
ゴンゴンゴンゴンゴン!
そうしてしばらく柱に頭をぶつけ続けていたが、回復魔法をかけ続けていると爺ちゃんには疲れだけが残ったのか次第にその勢いは無くなり、最後にゴツンと柱に頭を当てて止まった。
肩で息をする爺ちゃんにゆっくりと語りかける。
「どう、落ち着いた?」
「……あ、ああ」
「それでよ、その……」
「わかってるよ。父さんには内緒にしたらいいんだね」
「頼む。俺にも意地ってやつがな……。まだあのなよっちい奴は許せねえんだ」
「でも、僕らの前ではもう普通にしてくれるよね」
「……いいのか? お前たちにも辛く当たったと思うんだが」
「気にしないよ。男のメンツってヤツなんでしょ、大変だね」
「ニコラもいいよ!」
俺たちがそう答えると、まだ少し赤いおでこをこちらに向けた爺ちゃんが、砂漠でオアシスを見つけたかのような救われた表情を見せる。
「はああああああぁぁ……。偵察や近所の聞き込みで知ってはいたが、マルクたんは本当に賢い子だし天才だ。ニコラたんは天使のように愛くるしいし、なんだよコレ。なんだよもう!」
爺ちゃんが足をクネクネバタバタしながら悶え始めた。なんだよもうはこっちの台詞である。長い金髪を後ろに束ねたおっさんの身悶える姿はかなり気持ち悪い。
偵察や聞き込みとか言っているが、話したこともない土魔法やアイテムボックスのことも知っていたし、俺たちの靴もサイズも測るまでもなく即決で持ってきた。もしかして、かなり危ない人なんじゃないか。
少し不安が残るが、態度が軟化したならちょうどいい。両親から託された料理を渡そう。
「爺ちゃん、おでこは回復魔法で大丈夫だと思うけど、ちょっと休憩しようよ。爺ちゃんにもお弁当を持ってきたんだ」
「……それってもしかして、ジェインの奴の手料理か? いや、でもそれは……」
顔を強張らせる爺ちゃん。父さんが嫌いで許せないのはわかったけれど、やはり料理にも抵抗があるのだろう。するとズイっと爺ちゃんの前に出たニコラが
「ママも一緒に作ってたよ。だから一緒に食べようね!」
そういって微笑みかけると
「おう!」
爺ちゃんは今まで見たことのないような締まりのない笑顔で即答した。
◇◇◇
俺とニコラは店内の奥へと案内された。奥は居住スペースになっており、地下と二階への階段もあった。地下は作業場と倉庫、二階は全て住居になってるんだそうな。母さんも昔はここで暮らしていたのだろう。
一階の奥、少し大きめのテーブルのある部屋へと通された。小さな台所が備え付けられているダイニングキッチン。飾り気も余計な彩りもなく、いかにも男の一人暮らしと言える、質素な佇まいだ。
不意にここで独りで飯を食べる爺ちゃんを想像した。できるだけ早く仲直りして欲しい、そう思った。
全員が席に着き、アイテムボックスから父さんと母さんから渡された弁当を取り出してみせると、爺ちゃんは目を輝かせながら感動の声を上げる。
「おお、間近で見たのは初めてだが、マルクたんのアイテムボックスは本当にすごいな! さすが俺の孫だぜ!」
遠目では見たことあるんですね。今まで気づかなかったことに恐怖を感じつつ、爺ちゃん用に作られた弁当を手渡す。そして爺ちゃんが包みを開くと、弁当箱の上には手紙が乗せてあった。
折りたたんだ手紙の表面には「父さんへ」と書かれている。母さんから爺ちゃんへ宛てた手紙のようだ。なにも言わずに爺ちゃんは手紙を広げて読み始めた。
――しばらくして手紙を読み終わった爺ちゃんは、俺たちを見て少し照れたように笑った。
母さんのことだ、俺たちが爺ちゃんと和解して一緒に食べるところまで見越していても不思議ではない。内容は聞かずとも顔を見ればなんとなくわかった。
「……よし、それじゃあ食うか。手紙によるとレオナも多少は料理が出来るようになったらしいじゃねえか。レオナが作った料理の中でオススメは、この弁当箱の隅にある黒い団子らしい。それじゃあさっそくいただくとするか」
爺ちゃんは黒い団子をフォークに突き刺す。
いや待て、その色はどこかで見たことがあるぞ。……そうだ、闇より黒いあの色は間違いなく悪魔の実ドギュンザーの色だ。だがそれに気づいた時にはもう遅かった。爺ちゃんは黒い団子を口に含み――
「――エンッ!」
そう叫んで再び鼻血を吹き出してぶっ倒れた。
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