105 貯水槽
ピーク時の昼の手伝いが終わり、俺はすぐさま空き地へと出かけた。ちなみにニコラはお昼寝である。
空き地にはすでにギルがいて、畑の様子を見ているところだった。最近のギルは大変ご機嫌だ。
俺がアイリスの手伝いに行って以来、店でカミラが接客する機会が増えたらしい。ギルが締まりのない顔を浮かべながら俺にそう語ってくれた。その辺で喜んじゃう辺り、逆に男女の仲ではないんだろうなと推測されるけどね。
「ギルおじさん、今度一週間ほど旅に出ることになったんだ。それで畑をどうすればいいのか相談したいんだけど」
「おお、そうか。それならばその間はワシが世話するぞ。ただ一週間ともなると、畑からマルク坊のマナも消えてしまうんじゃないか? その後の育成状況が気になるな」
「ギルおじさんが見ていてくれるなら、とりあえず枯れることはないだろうし、それに一応は考えがあるんだ」
俺は空き地の隅に歩いて行くと、土魔法で2メートル四方の貯水槽を作った。そしてなるべくマナを練り込むようにしながら水を注ぎ込む。
そうして貯水槽になみなみと水を貯めた後、最後にD級ポーションを一つ混ぜ込んだ。ポーション風呂は色々と効果もあったし、せっかくだからポーションの万能性に望みをかけてみようと思う。
「今入れたのはD級ポーションか? まだ売れない代物とはいえ、もったいない使い方をしよるな」
ギルが呆れた声を上げる。しかしギルの言う通り俺は商人ギルドを通して売れない。セジリア草+1の栽培も順調なので、D級ポーションも結構余りつつあるのだ。
「これでこの畑がうまくいくなら安いもんだよ。それでね、この水を毎日撒いて欲しいんだ。一週間は軽く持つと思うから」
「おう、任された。それで今度はどこに行くんだ?」
ギルにそう聞かれて、行き先を聞いていないことに気づく。
「あー、どこに行くんだろう。セリーヌのギルド依頼に付いていくんだけど、なにかを偵察するとしか聞いてないなあ」
「なんだ、そんなことも知らんと行くことに決めたのか。セリーヌと言えばマルク坊の宿の常連の冒険者だったな」
「そうだよ。C級冒険者なんだ」
「C級? なんでこんな町にC級冒険者なんてのがいるんだ?」
「うーん、なんかお風呂が気に入ったとか言ってるけど……」
「風呂か。まぁ風呂に入れる宿なんてこの辺じゃマルク坊のところだけだし、金を持っとるとそういう道楽もアリなのかね。……風呂と言えば、カミラママがお金を支払うから今度また以前のような風呂に入らせて欲しいと言っとったぞ」
ほほう、出張風呂サービスか。安い入浴料で細々と稼ぐのは面倒なのでやりたくないが、こないだみたいな大風呂を作って大きく稼げるならアリかもしれないなあ。
「どのくらい貰えるのかな?」
「お、乗り気か? やってくれるなら金貨5枚出すと言っとったな」
金貨5枚は結構おいしいかもしれない。大風呂なら卸値が銀貨7枚のE級ポーションを10個も使うので厳密に言えば赤字にはなるんだが、今の俺にするとポーションの在庫の現金化はありがたい。
今の俺の収入と言えば、たまにセリーヌにE級ポーションを銀貨7枚で販売するのと、セリーヌがほぼ毎日入る風呂が常連サービス銀貨1枚。これくらいである。完全にセリーヌ依存だ。というかセリーヌって、ほんとお金持ってるよな……。
最初は俺の収入のうちの何割かを家にも入れようと思ったんだが、両親には断固拒否された。野菜やら新メニューやらで十分助かってるし、これ以上は自分で貯金しなさいとのことだ。
ちなみにニコラは月に銀貨2枚のお小遣いを貰っている。俺は固辞しているけど。
そういうわけで賞金首の報酬も含め八歳児にしてはお金持ちの俺だが、お金はあるに越したことはない。こないだのアイリスの手伝いはギルの株を上げるためにもノーギャラだったしな。……もちろんパメラのキスはプライスレスだけどね。
「そうだね。それじゃ依頼が終わって戻ってきたら、一度お風呂作りに行ってこようかな」
「そ、そうか! きっとカミラママも喜ぶと思うぞ!」
そう言ったギルはなんだかスケベな顔してるけど、風呂上がりのカミラを想像してるんだろうか。俺は先日入浴中のカミラも普通に見たけど、言わないほうがよさそうだ。
一通り話し終えた後は、いつものように畑の土にマナを循環させ手入れを行った。とりあえず畑はこれでいいだろう。薬草の方も同じようにして母さんに任せようと思う。
駄目になったら駄目になったで、ある程度は薬草の種をアイテムボックスに貯めているので何とかなるだろう。
それよりも一週間働き手が3人抜けることの方が心配だ。領主の視察の反動か、最近は町全体が落ち着いていてさほど忙しくもないのでなんとかなると思っておこう。万が一の怪我や風呂用に家にポーションをいくつか置いてくことに決めた。
他にやらないといけないことと言えば……旅支度か。一週間もかかるギルド依頼の仕事となると、セカード村に行ったときよりも服装はしっかりしたものを用意したほうがいいだろう。さっそく顔の広いギルにいい店を知らないか聞いてみる。
「ねえギルおじさん、旅装とかを整えるのにいいお店知らない?」
ギルはもいだトマトをカゴに入れながら振り返る。
「ん、そうだな……。ワシの顔が利く店ではないが、子供用も多数取り揃えてる店となると、ワシの知る限りではこの辺には一軒だな」
「へー、なんていうお店?」
「ジーザン防具店だ」
「えっ、あそこなの」
「なんだマルク坊、知っているのか」
「……あそこはウチの母さんの実家なんだ」
「ほう、そうか。ならば買いやすいだろうし、丁度よかったな」
「そうだね、ありがとう」
話が終わりギルは作業に戻るが、俺はため息をつきながら頭を抱える。
……爺ちゃんの家かあ~。
ウチの父さんと母さん、町の中で駆け落ちしたみたいになっていて、未だにそれを許していない爺ちゃんとは険悪なムードになってるんだよなあ。
母さんに連れられて何度か店には出向いたが、まともに会話できたことは一度もない。
前に家族四人で会いに行った時なんか、店中の物をぶん投げて大暴れの様子だった。どうやら父さんを見ると凶暴化するらしい。
正直あまり行きたくはないんだが、もう二年は会ってない。
……しかしまぁこういうことでもないと、こちらから会いに行くこともないだろうし、いい機会だと思おう。明日にでもニコラを連れて行ってくることにするか。
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