97 女装終了

 控え室に入ると、そこはお姉さん方でごった返していた。最初に入った時のようにムンムンムワムワとさまざまな匂いと熱が充満している。


 今夜は兵士たちが来ると想定してスタッフ大増量でお迎えしていたようだが、屋上が片付いたことで仕事上がりの人も多いのだろう。


 そしてこういう時はお姉さん方にベタベタくっつきながら可愛がられているはずのニコラだが、どういうわけか部屋の隅っこで、まるで出来の良すぎるお人形のように身動き一つせずに椅子に座っていた。


 俺は隣の椅子に腰掛けながらニコラに声をかける。


「……ニコラ? カミラさんとギルおじさんに話を通してきたよ」


『そうですか、ありがとうございます。今は忙しいので話は後でお願いします』


 全くこちらを見ずに念話が届いた。どうやら控え室のワンシーンを脳裏に刻み込むのに忙しいようだ。……まぁこのために残ってたようなもんだろうから何も言うまい。


 俺は着替え中のお姉さん方をあまり見ないようにしながら、ニコラの隣でこそこそと着替えることにした。


 まずはウィッグを取り外し、ペタンとしていた髪の毛を指先でワシャワシャとかき回した。頭皮が空気に触れて気持ちがいい。そしてパメラに借りたチャイルドドレスを脱ぎ始める。背中のリボンがほどきにくいが何とかほどいて……よし、脱げた。


 ドレスって折りたたんでいいのかな? わからないので取り敢えず折りたたんで、その上にウィッグをポンと載せる。その後もこまごまとした装飾を脱ぎ捨て、最後にアイテムボックスから取り出した普段の服に着替えてようやく元通りになった。


 着替えが終わり一息ついたところでパメラがやってきた。


「あっ、マルク君。お着替えを手伝おうと思ったんだけど、もう終わったんだね」


「うん、なんとかなったよ。パメラ、これありがとう」


 俺は折りたたんだチャイルドドレスとその他もろもろをパメラに手渡した。


「う、うん。それじゃあお家に戻してくるね」


 今来たばかりだというのに、パメラは両手に俺が脱いだドレスをぎゅっと胸に抱えると足早に控え室から出て行った。


 ……なんだか匂いを嗅いでるように見えたけど気のせいだよな。汗もかいたし多少は臭うかもしれないが、一生懸命働いた証ということでどうか許してほしい。


 パメラが去ったことで控え室での用事は無くなった。ふと部屋中を眺めてみるが、お姉さん方の着替えの饗宴きょうえんはまだ終わりそうになくニコラも微動だにしない。少し座って休みたいとも思ったけど……。うーむ、ここには居づらいし外に出よう。風呂も作らないといけないしな、風呂の中で休むことにしよう。



 まずは厨房に行ってエッダに仕事上がりの挨拶をした。また忙しい時に手伝っておくれと言われたが、女装は勘弁してほしいところなので曖昧に返事をしておく。きっぱり断れないのは前世が日本人だからだろうか。


 エッダと別れた後は裏庭へと移動した。裏庭にはひんやりと涼しい風が吹いており、女装から解放された体を心地よくすり抜けていった。


 さてと、どの辺に風呂を作ろうかな。まずは念入りに裏庭を見渡してみる。屋上への階段周辺と、裏庭の突き当たりに見えるカミラの家の窓からは明かりが漏れているものの、それ以外は月明かりと町の明かりがほのかに照らすくらいで視界はあまり良くない。


「ライト」


 照明の魔法で足元を照らす。そのまま周辺を歩いて風呂を作るのに適した場所を探すことにした。以前見たときも思ったが裏庭は狭い。風呂を作るにしても、その後に取り潰してから寝床を作ったほうがよさそうだ。


 そんなことを考えながら裏庭をぐるっと回るように歩いていると、カミラの家の前を通ったときに突然扉が開いた。


「あうっ!? マルク君? どどどうしたの?」


 パメラだ。俺がいるとは思わなかったのだろう、やたらびっくりしている。俺の光魔法と家から漏れる照明に照らされたパメラの顔は何だか赤い。


「パメラこそどうしたの? 顔が赤いよ」


「わ、私はなんでもないよ! それよりマルク君は何してるの?」


 強引に話を逸らされて気にならないこともないが、パメラの意に沿って話を変える。


「寝床よりも先にお風呂を作ろうかと思ってね。作る場所を探してたんだ」


「えっ、お風呂って作れるの……? 浴槽にお湯を溜めるんだよね?」


「そうだよ。作るのはテーブルを作るのと、そんなに変わらないから」


「そうなんだ? あの……、見ててもいいかな」


「いいよ。ついでにお風呂を作ったら駄目な場所があれば教えてほしいな」



 そうして裏庭をパメラと一緒に歩き、家からも店からも程よく離れている場所に風呂を作ることにした。どうせ寝場所を作る時に潰すつもりだし魔力もたくさん使いたいので大きめに作ってみよう。


「ここに作っていいかな」

「たぶん大丈夫だと思うよ」


 パメラからの許可も頂いたのでさっそく始めよう。かなり大きめの浴槽をイメージして土魔法を発動させる。地面から土を引き上げ、自らも土を作り出しながら、マナと土を混ぜるように浴槽を形成していく。


 その次は床も土魔法で固める。なんとなくの思い付きで床をタイルっぽく仕上げてみた。……おっ、これはなかなかいいかもしれない。今度は実家の風呂小屋の床もタイル調に変えてみよう。


 そして周辺を壁で囲い、中で区切って脱衣スペースも作る。屋上から丸見えになるので屋根を付けることも忘れない。


 ――これで完成だ。大きめに作ったので完成まで5分ほどかかっていたが、パメラは最初から最後までずっと見学していた。


「ほら、これがお風呂だよ」


「……す、すごいねマルク君。魔力切れとかしないの?」


「まだ大丈夫だよ。この後寝る場所も作らないといけないしね」


「そ、そうなんだ……」


 パメラが少し力の抜けたような声で答えた。



 その後、風呂小屋の外側の最終チェックをしているとニコラがやってきた。ニコラも普段着に着替え終わっている。


「ニコラ、もういいの?」


「うん!」

『はい、とりあえず早上がり組は全員帰ったので。みなさん大変素晴らしいものをお持ちでした』


 ニコラが二元放送で答えた。


 さてと、ニコラも来たし風呂に入るか。とりあえず風呂小屋見学中のパメラにこれから風呂に入ることを伝えよう。そう思い、風呂小屋の入り口から中を覗くとパメラは興味深げに浴槽を見つめていたところだった。


 やっぱり女の子は風呂に興味があるんだな。それなら俺より先に入ってもらい、素晴らしい風呂を堪能させてあげよう。


 だが、声をかけようとした矢先、俺の脇からにゅっとニコラが顔を出し、


「パメラちゃんも一緒に入ろ!」


 機先を制したニコラの声が風呂小屋の中に響いた。

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