92 夜の屋上
しばらく待っているとカミラが厨房にやってきた。
「マル……、マリーちゃん。団体のお客様に屋上へ上がってもらったわ。とりあえず三人で昨日作ったお料理を一通り、私が止めるまで持ってきてくれる? あっ、ポテトサラダは抜きでね」
「はい。カミラママ」
今は友達の母親ではなく上司にあたるので敬語だ。俺が答えるとカミラは任せたわよと言い残し、屋上へと戻って行った。
それじゃあさっそく出しますか。
厨房の大きめのテーブルの上に、昨日アイテムボックスにため込んでおいた、からあげや野菜スティック、フルーツ等を取り出して皿に盛り付け、トレイに乗せていく。
ちなみに前世の飲食店でバイトしていた時の技を思い出し、トレイを使わず皿を片手に三つくらい持とうと思ったんだが、指が短いので無理だった。
「それじゃあ屋上に行ってきます」
「ええ、店内の方は任せてね」
エッダを厨房に残し、俺とニコラ、パメラの三人でトレイを持ち屋上へと向かった。
裏庭の階段を登り切り、屋上を見て驚いた。昼に来た時とは全く違って見えたからだ。
俺が四方を囲むように作った柵には、薄っすらと光る魔道具の装飾が施され、その装飾が宙に浮かんでいるかのように見える。
テーブルには美しいテーブルクロスが敷かれ、通路には柵の装飾に合った色とりどりの照明が置かれており、コンクリ打ちっぱなしのような屋上が、まるで夜空の中を歩いているかのような幻想的な場所に変貌していた。
カミラのセンスだろうか? さすがと言わざるを得ない。
その屋上ではカミラに案内された兵士たちが周囲の景色を眺めながら、適当なグループに分かれて席についているところだった。お姉さん方も寄り添うように座り始めている。
兵士たちはみな私服のようだが、左手首にはお揃いの細い銀色の腕輪をつけていた。兵士の身分を表すものだろうか。
「へえ、屋上で飲むなんて面白いじゃないか」「まるで異界に迷い込んだような風景だな」「俺は美人と飲めればどこだっていいよ」「ははっ、違いねえ」
そんな兵士たちの声が聞こえる。とりあえず否定的な意見は無いようでホッとした。
おっと観察してる場合じゃない、料理を置いていかないと。まずは今もカミラと話をしているモリソンとかいう上役っぽい人のテーブルからだな。
「失礼します」
ニコラ、パメラと手分けして、テーブルの上に飲み物とおつまみを置いていく。テーブルではモリソンがテーブルを指でつつきながらカミラに問いかけていた。
「カミラママ、このテーブルは土魔法で作られたのか?」
「ええ、そうなのよ。よそから借りてくるのも下から持って上がるのも大変なので作ってもらったの。今夜はそれで我慢してもらえるかしら?」
「いや、我慢っていうか……。土魔法で作ったテーブルでこの完成度はそうそうお目にかかれない代物だと思うんだが」
モリソンは首を傾げ、次は顔をテーブルに近づけて凝視しはじめた。
「そうなの? 私は水魔法しか使えないからよくわからないわね。それより今の領都の様子を教えてほしいわ」
「おお、そうだな。今の領都は――」
面倒くさいことになりかねないので、魔法について聞かれたらなるべくごまかすよう、事前にお願いしていたのが功を奏したようだ。俺はホッとしながらカミラに目礼をしてテーブルから去る。
その後も数回往復し、ようやく食べ物が行き渡った。階段を降りる前に一度屋上を振り返ってみた。
屋上ビアガーデン風で内装は夜のお店寄り。こうして見ると、その二つの融合はそれほど悪くないんじゃないかという気もする。少なくともこれを初めて目にする者から見れば、違和感なく受け入れられそうだ。
兵士たちも楽しんでいるようだし、お姉さん方も生き生きと仕事をしているように見える。我ながら屋上ビアガーデンとはなかなか良い提案をしたんじゃないですかね。
少しの満足感に浸りながら厨房に戻ると、ニコラが椅子の背もたれにぐったりするように寄りかかりながら座っていた。
「お兄ちゃん、ニコラ疲れたよー」
確かに普段なら寝ていてもおかしくないような時間帯だ。基本的に働かないニコラにしてはよくやったもんだと思う。
「もう忙しさのピークは過ぎたみたいだし、後は僕がやるから控え室で休んでていいよ」
などと言った途端、ニコラは椅子をガタリと鳴らして飛び起きたかと思うと、
『わーい。それじゃあお言葉に甘えて、控え室でお姉さん方とイチャイチャしてきます!』
そう念話で伝えダッシュで厨房から去って行った。まだまだ元気じゃないかオイ。そんなニコラに呆れはしたが、俺は落ち着かない控え室よりも働いていたほうがマシと思っているからか、不思議と腹は立たなかった。
屋上が一息ついたと思ったら、次は店内だ。
エッダに指示されたテーブルに行くと、そのテーブルにはいつの間にか来店していたギルがいた。今日は俺たちを自宅に送るために、少なくとも俺たちが帰る頃までは店にいる予定になっている。
ギルの横にいるのは、俺の女装に協力したお姉さんだな。ギルはお姉さんを侍らしながら慣れた表情でキツそうな酒を飲んでいた。
「失礼します」
ギルのテーブルにおつまみを置く。するとギルが視線をこちらに向け、
「ああ、すまんな。というか見たことのない……ブフォッ!」
俺はすばやく横に避けて吹き出した酒の直撃を回避する。
「ゲホッゲホッ! ……マ、マルク坊、なにやってるんだ?」
「私はマリーです。詳しい事情は隣のお姉さんに教えてもらってください。……あと、この件は、この件だけは高くつくからね」
「お、おう……。本当にスマン……」
ギルがソファーからずり落ちそうな体勢で答え、お姉さんがクスクス笑いながらテーブルを拭いている。
さすがに俺もこの女装の件まで含めると、借りを返し過ぎな気がしてきたんだよね。いつか何かで頼らせてもらおう。そう深く心に刻みながらこの場を後にした。
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