89 本命
路地を通りながらなんとか家までたどり着く。知ってる道に出たときは本当にホッとしたよ。今回はお客さん連れなので宿屋の正面入り口から中へと入った。
「ただいまー」
「おかえりなさーい。あら、その子は?」
入り口のカウンター越しに出迎えた母さんがパメラを興味深く見つめると、パメラが緊張した面持ちで挨拶をした。
「こ、こんにちは。パメラといいます」
「今夜手伝いに行くお店の娘さんなんだ」
「あら、そうなのね~。私はマルクとニコラのママよ。よろしくね?」
「あ、よろしくおねがいしましゅ!」
母さんが微笑みながら挨拶を交わすと、パメラは噛みながらペコリとお辞儀をした。やっぱり人見知りはすぐには治らないね。
「母さん、僕らもパメラと一緒に昼ご飯を食べるね」
「えっあっ、いいのかな……」
「私もパメラちゃんと食べたーい!」
「ニコラもこう言ってるし、遠慮なんてしないで食べていってね。ささ、こっちに座って」
そう言うとパメラをテーブル席に案内し、カウンターに戻っていった。
メニュー表はまだ九歳じゃわからない字があると思うので、こっちから提案してあげよう。屋台でお好み焼きっぽい何かを眺めていたし、せっかくだから本家のを食べてもらおうかな。
「それじゃお好み焼きはどうかな? 屋台で見たことあると思うけど、あれよりも味はいいと保証するよ」
「じゃあそれで……」
「ニコラもー」
「はいはい、それじゃあ待っててね」
メニューを注文しにカウンターの母さんの傍に向かう。すると母さんは俺にそっと近づくと耳打ちをする。
「……それで~、デリカちゃんとパメラちゃん、どっちが本命なの?」
八歳児に何を言ってるんだ。
「そういうのは僕にはまだ早いかなー」
「なに言ってるのよ。私がマルクくらいの年頃の時はもうパパのこと大好きだったんだからね?」
二人が幼馴染で、母さんが父さんの料理で餌付けされた話は何度も聞いている。しかしそうは言ってもこっちは精神年齢で言ったら三十歳超えてるしな。精神と肉体のバランスが変な具合になってるからか、いまいち恋愛感情ってわからない。
とりあえずすっとぼけとこう。
「それよりお好み焼きテンタクルス入り三つね」
「もう……。背後から刺されるような大人になっちゃ駄目よ?」
「はーい」
刺されるほどに好かれる方が俺には難易度高そうな気もするけどな。軽く返事をしてテーブルに戻った。
しばらくして父さんが焼いたお好み焼き三つが運び込まれる。前世のCDくらいの大きさのお子様サイズだ。
「おいしい!」
パメラが一口食べて声を上げた。そうだろうそうだろう、父さんの腕前と俺の用意した素材が合わさった傑作の一つだからね。屋台では決してマネが出来るような代物ではないのだ。
満足のいくパメラの反応に気をよくしていると、食堂の入り口が開きセリーヌがやってきた。
「ただいまーっと。あら? マルク、かわいい子を連れてきちゃって隅に置けないわね。私はセリーヌ。お嬢ちゃんは?」
「パ、パメラです」
「よろしくね。私も相席いい?」
「うん、いいよ。セリーヌ今日の仕事は?」
「昨日の魔物狩りで疲れたから今日はオフよ。合同で即席パーティを組まされたんだけど、やりにくくて疲れたのよね~。やっぱりソロが気楽でいいわね」
席に腰を掛けながらセリーヌが答える。
「それでさっきまで領主様の行進を見に行ってたんだけど、混んでてこれも疲れただけだったわ」
セリーヌも見に行ってたのか。
「そういえば向こうでデリカちゃんに会ったわよ。今日はここのお仕事はお休みなんですってね」
「今日はヒマになるのわかってたみたいだし、デリカも行進を見に行きたいだろうから休みにしたって母さんが言ってたよ」
「……たしかに今日は空いてるわね」
セリーヌがいつもよりガラリとしている店内を見渡す。今日は東の方にお客さんを取られているのだろう。
「それに見に来てる人は多かったのに、視察団は総勢百人くらいだったでしょ? なんだか見ててガックリしちゃったわ」
「他所だともっとすごいの?」
「んー。他所の国で小競り合いに勝利したとかの凱旋パレードを見たことあるけど、あんなもんじゃなかったわね」
「そりゃあ単なる視察と凱旋パレードは違うんじゃない?」
「それもそうねー。まぁマルクも大きくなって町の外にでも出れば色々と見る機会もあると思うわよ」
「え? マルク君、町から出ていっちゃうの?」
パメラが驚いたような口調で口を挟んだ。
「うーん、今はわからないけど、よその土地を見てみたいとは思ってるかな?」
「そうなんだ……」
なんだかションボリするパメラ。出来たての友達が転校するような気持ちだろうか。いやいや、今すぐって訳じゃないからね?
「んっふっふー。パメラちゃん? 男は船、女は港よ。どんと構えて男が帰ってきた時にやさしく迎え入れてあげればいいのよ」
「! お母さんもそんなこと言ってた……」
ほんとカミラさん、色々教えすぎじゃね。
「女と言えば、昨日の合同パーティでラックの弟がね――」
――その後はセリーヌを交えてくだらない話をしながら食事を続けた。それからパメラをアイリスへと送り、再び実家に戻る。
そうして家の手伝いをしながら日中を過ごし太陽が沈み始めた頃、俺とニコラは営業時間の近づいたアイリスへと向かうのだった。
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