72 三年目の空き地

 ニコラを見捨て、日課となっている畑の世話をやりに空き地へと向かった。


 空き地の畑はウチの店で美味しい料理を作るためには欠かせないものになっている。特に最近はお好み焼きでキャベツ需要が大きい。


 空き地に到着すると、いつものように近所の子供たちがお気に入りの遊具で遊んでいる。そして周囲では若奥様方が子供たちを見ながら雑談に花を咲かせていた。


 そこから更に奥へと進み畑に到着すると、六十歳前後で頭に白髪が見えるもののガッシリとした体つきの男が畑のトマトをもいでいた。野菜泥棒――ではなく、この空き地の所有者のギルである。


「ギルおじさん、こんにちは」


「おう、マルク坊か。今日は妹はいないんだな」


 ギルにはずっと坊主と言われていたが、空き地が子供の憩いの場所となりあちこち坊主だらけになったせいなのか、いつの間にかマルク坊と呼ばれるようになっていた。


「ニコラは父さんに料理を教わってる最中だよ」


「あの嬢ちゃん、食う方は得意そうだったが今度は作る方に回るのか。……ああ、そういえば聞いたぞ。最近お前の家の宿屋、新しいメニューが評判じゃないか。魔物肉を使った料理なんだって?」


「うん。テンタクルスって魔物を使ってるんだ。見た目はちょっと気持ち悪いんだけど、それさえ気にしなければ病みつきになるよ。お酒にも合うみたいだし、よかったらギルおじさんも食べにきてよ」


「ワシは行商であちこちと移動して生活していた頃、食えるものはなんでも食ったからな。見た目の悪さは気にせんよ。というか……テンタクルスといえばセカード村か?」


「そうだよ。行ったことあるの?」


「ああ、あるとも。若い頃に数回だけな。もりを手に持ち湖に潜ってテンタクルスを仕留めることがこの村の一人前の証だとか言って、年に数人は死んでたような気がするが、今でもあんな命知らずな漁をやっとるのか?」


 なにそれこわい。


「そんなことやってたんだ……。今ではかがり火で陸地におびき出して、そこからたくさんの人でボコボコにしてるよ。それでも怪我人は出てたけどね」


「なるほど、考えたもんだ。さすがにあのままじゃあ村が保たんかったんだろうな……」


「そうだね……」


「ま、まあなんだ、それなら今度食べに寄らせてもらおうか」


「うん、歓迎するよ。あっ、そうだ。これ見てよ」


 家を出る前に作ったD級ポーションをギルに見せた。するとギルは以前E級ポーションを見せた時のように色々と調べてみるものの、最後は首を傾け俺に尋ねる。


「セジリア草みたいだが、少し違うようにも見えるな……。何なんだこれは?」


「うーん、高品質なセジリア草? かな。たぶんD級ポーションくらいにはなってると思うよ」


「ふむ……。効果の程は薬品や魔道具で調べないと分からないが、E級に収まらない効果があるのは間違いないだろうな。これもマルク坊が作ったのか?」


「そうだよ。これからは量産できそうなんだ」


 少し自慢げにそう答えると、ギルが頭を掻きながら呆れたような声を出す。


「なんというか、もうこれだけで十分食っていけそうだな。マルク坊は将来はポーション作りで生計を立てるつもりなのか?」


「ううん。いま育ててる薬草だって、いつまでも生えるって保証はないし。まだわからないよ」


 とはいえ、仮に無限に生えるよと神様あたりに保証されたとしても、一生薬草ばかり作って生活するというのも、それはそれで味気ない気がする。


「前も言ったと思うけど、今は魔法でやれることをなんでも試してみたいかな。それにこないだ行ったセカード村も楽しかったし、今は旅とかにも興味があるよ」


「そうだな。それがいいだろうな。それに例え失敗することがあったとしても、それが糧になることもあるだろうよ」


 そう言うとギルが俺の頭をグリグリと撫でた。そして会話が一段落つくと、ギルの野菜の収穫を手伝うことにした。


 

「それにしても今日はたくさん野菜を持って帰るんだね。持って行くの手伝おうか?」


 魔法トマトをもぎながら聞いてみた。この土地はギルのものだし、ギルがいくら持って行っても文句はない。ただ今までは自分の家で食べる分くらいだったのに、今日は背負いカゴまで持ってきている。


「おお、すまんな。そうしてくれると助かる」


 そう言うとギルは背負いカゴを見つめながら話し始めた。


「実は今度領主様がこの町を視察に来るんだがな。そういう時は道中の護衛の兵隊なんかが宿泊施設の近くの店で食ったり飲んだりと繁盛するんだよ。それでワシの行きつけの飲食店に、少しばかり差し入れをしようと思ってな」


 へえ、この町や周辺を収める領主さんが来るのか。もしかすると野盗討伐の報酬金を吊り上げたのは、視察に来る前の露払い目的だったのかもしれないな。


 野菜を背負いカゴに入れ、それごとアイテムボックスに収めると、俺はギルと一緒に行きつけの店に向かうことにした。


 まずは大通りに向かい、大通りに出てからは町の中央に向かって歩く。そこから東門の方に少し進んだところに目的の建物があった。


 しっかりとした石造りの平屋建て。外観は黒めの色調で統一されておりなんともシックな装いだ。ギルは飲食店と言っていたけれど、なんだかこの店って……。


「邪魔するぞ」


 もう昼だというのに閉店中の吊り下げ看板が下がった扉を開け、ギルが中に入る。


 俺がギルに続いて中に入ると妙齢の女性の声が聞こえてきた。


「まだ開いてないわよ。……ってギルさんじゃない。どうしたのかしら?」


 薄暗い店内からなんだか色っぽいお姉さんが出てきた。もしかしてここって確かに飲食はするけれど、接待を伴う夜のお店ってやつじゃね?

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