67 物理ヒール
受付嬢が奥に下がった後、後ろの顔なじみの冒険者が俺の頭を擦るようにガシガシと撫でた。やめてくださいはげてしまいます。
「おーい坊主、すごいじゃないか。どうやったんだ?」
顔なじみが興味深げに聞いてきた。周囲の連中もこちらに聞き耳を立てているのは間違いない。うーん、内緒にすると余計に興味持たれそうだな。
「えーとね、馬車に乗ってたら野盗が馬に乗って襲ってきたんだ。それで
その瞬間、周囲からドッ! と笑い声が起きた。
「マヌケな奴らだな!」「全くだぜ!」「あー、カモだったのに惜しいな」「あの歳で
全員野太い男の声だったが、最後のは聞きたくなかった。
本当は馬を
そんな話をしている間に受付嬢が戻ってきた。手に持っていた金貨袋をカウンターの上にドンと置くと、テーブル席の方からは口笛や
「こちらが報酬金、金貨90枚になります。お確かめください」
袋から金貨を取り出してカウンターの上に10枚づつ並べる。うん、9列ある。
「確かめたよ。こんなに貰えるとは思わなかったなあ」
金貨90枚と言えば、ウチの宿屋で晩飯付きでも四か月くらいは何もせずに暮らしていける額だ。結構な大金である。
「一人金貨30枚で、それが三人ですからね。領主様の肝入りということで、報酬金はかなり高騰しました。最初は一人金貨10枚だったんですよ」
三倍はすごいな。よっぽどイラっときたんだなあ、領主様。
「それで本来なら、受領の証としてギルドカードを使って魔法印を証明書に押してもらうんですけど……。うーん、無いなら仕方ないわね。ちょっとチクっとするけど我慢してね?」
受付嬢はお堅い口調を止めると俺の手を取り、あっと言う間もなく押しピンみたいなもので親指の腹を突いた。
そして血玉がプクッと膨らんだのを確認すると、俺の親指を証明書に押し付ける。まるで熟練医師の注射みたいな早業だった。
直後に受付嬢が何やら唱える。すると証明書に押された血印が薄く輝いた。これが魔法印の代わりになるのだろう。
「よし、問題なさそうね。指の方は傷薬を持って来るからちょっと待っててね」
「はーい」
これくらいなら回復魔法で瞬時に治るが、これまでないくらいに注目を浴びてるし今は自重しよう。
すぐに受付嬢が小瓶を手に持ちながら戻ってきた。
そして俺の親指を掴み、思ったよりも流れている血を見て心配そうに眉に
え? なに? なんで口に含むの? 血が出てるから? でも逆に口内の雑菌とか問題ないの? あっ、指に舌の感触が…… いやこんな美人に雑菌とかあるわけないんですけどね?
「――これでよし、と」
俺が一瞬で混乱状態に陥ってる間に処置が終わったようで、いつの間にか血を拭われた親指に軟膏が塗られていた。
「ん? 大丈夫よ、この軟膏はすごく効くんだから。最近教会で作られているんだって」
俺が親指を凝視しているのを、傷口が心配だと思ったらしい。
『ぶふふふ、お兄ちゃん顔真っ赤』
ニコラが念話でからかう。いや、だってねえ。急にこんな美人さんに指を舐められて動揺しない男がいますか? って話ですよ。
とはいえ、こんな人目の多いところで
さっきと違う意味で親指を見る。この軟膏、どっかで見たことのある色だな。教会で作られたって言ってたし、俺が持ち込んだセジリア草っぽい。
軟膏を見ながら、癒やし系シスターのリーナの顔を思い浮かべると、なんだか落ち着いてきた気がする。よーしよし、俺は大丈夫、大丈夫だ。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
俺は屈託のない笑顔を浮かべて受付嬢に感謝の言葉を述べ……られたはず。それを見た受付嬢は満足げに頷くと、
「それじゃあ気を付けて帰るのよ。寄り道しないで帰ること。いいわね?」
人差し指を立てながら俺たちに注意を促した。
それに返事をした俺は持っている鞄に金貨袋を詰め込む。そして受付嬢にペコリとお辞儀をし、この場を去ろうとしたんだが――
「うーん、ちょっと待って……」
受付嬢はむむむと唸りながら、立てていた人差し指を自分のおでこに当てて何やら考え事をしている。そしてパッと顔を上げた。
「私、昼休憩がまだだから、あなたたちのお店で食べさせてもらおうかな。一緒に出るからちょっと待ってね」
そう言うと俺たちの返事を待たず、奥の部屋へと小走りで駆けていった。きっと子供が大金を持って移動するのを心配したんだろうな。美人で子供にやさしいとかもう欠点が無いじゃん。
――後書き――
今回登場した受付嬢の書籍版キャラクターデザインをご紹介します。
↓こちら↓の作者ツイッターから見れますので、ぜひぜひご覧になってくださいませ!
https://twitter.com/fukami040/status/1393851757411794944
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