65 野盗のその後

 一泊二日の旅行が終わり、今日からはいつも通りの日常である。


 いつものように早めに目覚め、いつものようにニコラを起こさないように子供部屋から出て、厨房で両親に挨拶をしてから用意された白パンを食べ、それから箒を手に持ち店前の掃除だ。


 すると表通りからこちらに向かってマッチョなおっさんがやってきた。昨日別れたばかりのデリカの父親のゴーシュだ。


「ゴーシュおじさん、おはよう」


「おう、おはよう」


「昨日預かったテンタクルスだね。待ってね、すぐに出すから」


「あー、それは後でいい。まずはお前の両親を呼んでくれないか?」


 そういえば昨日の別れ際、挨拶に来るとか言ってたな。デリカのバイトの件だろう。厨房で朝食の仕込みを終えた父さんと母さんにゴーシュが来ている旨を告げ、食堂に呼んだ。



 そして食堂のテーブルには父さんと母さん、それと呼んでもないのにやってきたニコラ。家族全員が集まった。そしてゴーシュは椅子に腰掛けると――


「任せてもらったにもかかわらず、お子さん二人を危険に巻き込んでしまい本当に申し訳ありませんでした!」


 テーブルに頭をぶつけるんじゃないかという勢いで、ゴーシュが頭を下げた。


 これには家族全員が固まった。どうやらゴーシュは謝罪するためにやってきたようだ。しかしそこまで気にしなくてもと思わなくもない。


 野盗に襲われるなんて予想もつかないし、そういうのまでいちいち気にしていたら町から出られなくなってしまう。


 ……まぁ無事だったからこそ、そう言えるのかもしれないけどさあ。でもそんなに責任を背負い込まなくても、ねえ?


「……まあまあ、頭を上げてくださいな! そんなの気にしなくていいんですよ? ウチの子たちはそんなヤワじゃないですしね」


 いち早くフリーズから復帰した母さんがゴーシュを宥め、父さんも横で何度も頷いてる。父さん、ゴーシュは頭を下げてるから頷いても分からないよ。


「いやしかし! 大事なお子さんを預かっておきながら野盗に襲われ、その上お子さんに尻拭いしてもらうなんて、俺はなんて情けない大人なんだと――」


 ゴーシュが頭を下げたまま謝罪の言葉を続けるが、母さんがそれを遮る。


「大丈夫ですよ。むしろこんな世の中ですもの、ちょっと良い社会勉強になったんじゃないかくらいに思ってますよ? ね?」


 母さんがこちらを見てニコリと笑い、俺とニコラはうんうんと答える。


 最近思ったんだけど、ウチの母さんって「我が子を千尋の谷に落とす」まではいかないけど「我が子が勝手に千尋の谷に落ちそうになってるのをニコニコしながら見守る」くらいの教育方針だよね。



 そんなこんなで数分間の説得の後、ようやくゴーシュは頭を上げ、母さんがパンッと両手を叩いた。


「はいっ! ということで、この話はもうおしまいです! 分かりましたね!?」


「は、はぁ、分かりました。……あー、それで、その野盗なんですけど――」


 話題は俺たちを襲撃した野盗の結末に変わった。ゴーシュは俺たちを送った後にすぐ衛兵に連絡し、デリカを自宅に帰らせるとそのまま衛兵と共に襲撃現場まで戻ったらしい。


 現場に到着すると野盗三名のうち二人は気絶、もうひとりは現場から逃げようとしたものの片足が骨折しており、あっさり捕縛されたらしい。


 どうやらあの野盗共は、領都とこの町の間の街道を縄張りにする野盗集団の一味だったそうだ。しかしこの地域の領主主導による野盗狩りで大部分は捕縛され、その時に何とか逃げおおせた残党だったことが、自白と体に彫り込まれた入れ墨から明らかになったらしい。


 そして少ない人数で再び活動を再開するために、町と村々との間というローリスク ローリターンのルートで獲物を物色していたところ、俺達を発見し襲撃をして返り討ちにあったとのことだ。


 捕まったのは喜ばしいことだが、一つ気になることがある。


「おじさん、捕まった野盗ってどうなるの?」


「そりゃお前、縛り首だろ。領主様から逃げおおせた上で再び略奪に手を染めたんだしな。犯罪奴隷落ちすら無いだろうよ」


 事もなげにゴーシュが答える。自分のちょっとしたメンタルケアのために、なるべく殺さないようにしてみたけれど、結局は死刑になるらしい。自分が手を下さないからか、それとも自分の中で気持ちの整理ができていたからか、思ったよりも俺の心は揺るがなかった。


 ゴーシュが母さんに向き直り話を続ける。


「それで盗賊の残党は領主から指名手配がなされていたので、報酬金が出るんです。俺が昨日のうちに代わりに受け取っても良かったんですけど、マルクとニコラの手柄ですから二人が受け取りに行ったほうがいいと思ってですね、これを貰ってきました」


 ゴーシュが懐から二つに折られた手紙を取り出し、ニヤっと笑いながら俺の方に差し出した。


「これを冒険者ギルドに持っていけば報酬がもらえるからな。後で冒険者ギルドに行ってくるといい」


 手紙を開くと、俺とニコラの名前と風貌、俺が野盗三人を討伐した状況の詳細、俺とニコラには報酬を受け取る資格があることが記載されていた。


 それと何やら複雑な紋様の判子が押されていたのだが、かすかにマナを感じるので、おそらく偽造防止の魔法なんだろう。


 別にゴーシュが貰ってきてくれればいいのに、なんて思ったりもしたけれど、ゴーシュの顔を見るからに世間一般の子供からすると冒険者ギルドで報酬を受け取るなんていうのは憧れのイベントの一つなんだろうと思う。


 おそらくゴーシュなりのサービスなんだろうな。好意はありがたく頂戴しよう。


「ありがとう! 後でニコラと一緒に行ってくるね」


 そう答えるとゴーシュが満足げに頷いた。



 どうやらこれでゴーシュの用事が終わったらしい。俺は席を立とうとするゴーシュを引き止め、アイテムボックスから取り出した包みを二つ差し出した。


 一つは預かっていたテンタクルスの切り身、もう一つは昨日父さんにお願いして余分に作ってもらったイカ玉お好み焼きだ。ゴーシュにも是非食べて貰いたかったのだ。


「これは新メニューのお好み焼きのテンタクルス入りなんだ。気に入ったらウチに食べに来てね」


「おお、うまそうだな! 女将さん、ご馳走になります!」


 ゴーシュが母さんに頭を下げる。作ったのは父さんなんだけどね。父さんはひとつ頷き、母さんは何も言わずにニコニコしている。


 そしてゴーシュは足取り軽く自宅へと帰った。それと入れ替わるように宿泊客も朝食を食べに食堂にやってきたので、俺達もそれぞれの仕事に戻ったのだった。


 この後もしばらく家の仕事が残っているけど、仕事が終わり次第ニコラを連れて冒険者ギルドに行ってみよう。


 冒険者ギルドに行くのはセリーヌに連れられてゴブリン討伐をして以来となる。あの時の黒髪美人の受付嬢さんはまだいるのかな?

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