61 帰り道
メルミナがアイテムボックスから取り出した切り身を返品し、今度こそ売り場を離れる。後は馬車に乗って帰るだけだ。途中で村長の畑に寄り、村長とサンミナパパに別れの挨拶をすることにした。
サンミナの案内で村長の畑に到着。周囲に見える畑は殆ど村長の一族のものらしい。ということは周囲で作業する人々はサンミナの叔父やら兄やらなんだろうな。サンミナが声をかけると、農作業中の村長とサンタナがやってきた。
「ゴーシュさん、今回も世話になったのう。シーソーとすべり台は大事に使わせてもらいますぞ」
「いえいえ、こちらこそ。また来ますんで、その時はよろしくお願いします」
ゴーシュは村長とサンミナパパ、二人と固い握手を交わす。村長がこちらを見る。そして何かを言いかけた時サンミナが声を上げた。
「爺ちゃん、これ見てコレ! ほらメルミナ! ひい爺ちゃんに見せたげて!」
サンミナが手渡した石ころを、メルミナがアイテムボックスに仕舞う。そして再び取り出し、覚えたての手品を見せつけるような得意げな顔で村長の方を見た。
「おお……、アイテムボックスか!」
「そうなんだ! すごいでしょ! 少年がアイテムボックスを見せてニコラちゃんが魔物肉を渡したらシュッ! とね、消えたんだよ! シュッっと!」
サンミナが俺とニコラの肩を抱きながら興奮気味に答える。
「お、おう……。よくわからんがひ孫も世話になったようじゃの。マルクにニコラ、いつでも遊びに来るんじゃぞ。皆で歓迎するぞい」
「うん!」
村長がこちらを見てニコリと笑い、俺たちは兄妹揃って返事をした。きっと近いうちにまた来る機会があるだろう。その時は遠慮せずに頼らせてもらおう。
そして村長宅に戻りデリカと合流し、サンミナママとも別れの挨拶をした。ちなみにこの時に次の風呂を楽しみにしていると念入りに言われた。
ゴーシュが御者台に腰掛け、俺たち子供組は馬車に乗り込む。サンミナともここでお別れだ。
「それじゃーねー。また来てねー!」
「兄ちゃ、また、きてね!」
サンミナが手を振り、メルミナも小さく手を振っている。自分と同じギフトを持ってることが嬉しくて帰る途中に何度か話しかけたので、少しは仲良くなれたようだ。
『光源氏計画の第一段階は成功ですか?』
『うるさいよ』
「テンタクルスまた買いに来るからねー」
ニコラの念話を受け流し、馬車の中から手を振って答える。こうして俺たちはセカード村を後にしたのだった。
◇◇◇
セカード村を発って数時間が経過した。草原以外は何もない街道をガタゴトと車輪を鳴らしながら馬車が進む。
「よし、そろそろ昼食にするぞー」
ゴーシュが馬を停めて俺たちに知らせる。今日はニコラの腹時計が鳴る前に昼食になったようだ。
すぐさま馬車を降りるとテーブルと椅子を作り、馬にも水桶を用意した。
今日の昼食は実家から持ってきたお好み焼きだ。それに村長宅でおすそ分けされた自家製パンも添えた。
前世ではお好み焼きと白米の炭水化物セットについての論争なんてのもあったけど、こちらでは今のところは平和なものだね。
「お好み焼きか! これもエールに合うんだよな」
ゴーシュがアイテムボックスから出したまだ湯気の出るお好み焼きを見ながら口を綻ばせると、デリカがゴーシュに向かって眉を吊り上げた。
「家に帰るまでお酒は駄目だからね!」
「さすがに持ってきてないから心配するな」
ゴーシュが肩を竦めながら言い返す。持ってきていたら飲みそうで怖い。飲酒運転ダメ絶対。
「しかしまぁ何度言ったか分からんが、アイテムボックスは便利なもんだな。ホラ見てみろ、一昨日作ってもらったっていうお好み焼きがまだ熱々だ。メルミナちゃんがうらやましいぜ」
ゴーシュがお好み焼きをぶっ刺して口に運びながらボヤく。
「うらやましがっても仕方ないわ。ギフトは生まれたときに神様からいただくものなんだから」
「ギフトなー。デリカ、お前もそろそろ教会学校卒業だろ? その時にシスターに見てもらうんだよな?」
「うん、なにか衛兵になるのに役立ちそうなギフトだといいんだけど」
教会学校では卒業するときに、所持しているスキルを任意で見てもらえる。本来は結構高いお布施を支払わないといけないのだが、教会学校を卒業するときだけは無料で見てもらえるのだ。
メルミナのように何かのきっかけでギフトに気づくこともあるが、ギフトは多種多様にわたり存在しているため、本人にギフトが備わっていても、それに気づかないことがよくあるらしい。教会でのギフト鑑定はそういった人々の助けになる役割を担っているのである。
「楽しみだわ! マルクとニコラも待ち遠しいわね!」
デリカが屈託のない笑顔で笑いかけるが、俺は事前に聞いているので必要なかったりする。
持っているのは「アイテムボックス」と「異世界言語翻訳」だ。異世界言語翻訳のほうはもうこちらの言葉に慣れたので、あんまり意味ないけど。
だから別にギフトの鑑定は受けなくてもいいと思う。でもそれだと変に思われそうなので、その時がきたら鑑定を受けるつもりだ。一応本人にしかわからない形で教えられるそうなので、プライバシーは大丈夫みたいだし。
そんな話をしながら食事を終え、少し草原で休んでから再出発となった。またしばらく馬車に揺られながら時間を過ごす。
「そういえば、ここまで魔物が襲ってくることって全然無いね」
旅に出る前は色々と心配していたんだが、ここまで遠くで鳥の魔物が飛んでるのを見た以外はまったく目に付かない。俺のつぶやきに馬上のゴーシュが答えてくれた。
「この辺は特に見通しがいいからなあ。元々街道っていうのは魔物が少ない道を通っていくうちに出来ていくもんだしな」
言われてみればそういうものなのかもしれない。よっぽどの遠回り以外なら魔物のいない場所を通って行くものなんだろう。
「それに人っ子ひとり見かけないね?」
「セカード村とファティアの町の街道なんて利用する連中は殆どいないからな。領都とファティアの町ならそれなりに人が行き交うし、野盗だって出没するらしいぞ」
「逆に言えばこの辺には野盗はいないんだね」
「こんな街道を張り込むよりは領都付近の方が儲けがいいだろうよ。こんなところで行商を襲うような連中は、それこそ賊になりたての新米だろうな」
そんな話をしながらしばらく時が経過した。代わり映えのない景色にも飽きてきたので、家に帰ってからのことを考える。
家に帰ったらまずは父さんにテンタクルスを見せよう。さすがに料理人ともなればテンタクルスに苦手意識は持たないだろうし、新しい食材を父さんがどう料理してくれるのか今から楽しみだ。母さんには――
『――お兄ちゃん』
ふいにニコラから念話が届いた。らしくない硬い声だ。
『何者かがこの馬車に近づいてきています。おそらく野盗です』
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