60 生け簀?

 サンミナママお手製の朝食を食べ終わった。起きた時からいい匂いを漂わせていた目玉焼きとハムだけではなく、焼き立てのパンが出てきたのにはびっくりした。聞けば村長宅のご自慢の一品のようだ。ちなみに朝食にテンタクルスはさすがに出なかったよ。


 みんなでテーブルを囲み腹ごなしの雑談をしていると玄関の扉が開き、娘を連れたサンミナがやってきた。ポーション風呂に入ったわけではないのに、昨日より何だかツヤテカしてるように見えるね?


「おはよー! ゴーシュさんたちって、お昼には帰っちゃうんだよね? 今日は帰るまで案内させてよ!」


 サンミナには漁の仕事があるはずだ。当然の如くサンミナママからツッコミが入る。


「サンミナ、漁の方はどうするのよ」


「いいのいいの、昼からは倍働くから! たしか魔物肉を買いに行くんだよね? 私が連れて行ってあげるよ!」


「あー、売り場は俺も知っているんだが……」


 ゴーシュが口ごもりながらサンミナママの方を窺うと、サンミナママは諦め顔で頷いた。


「……それじゃあお願いするか」


「やった! まかせてよ!」


 許可を貰ったサンミナは娘を抱きあげて喜び、大人二人は子供のわがままをしぶしぶ承諾するような顔でそれを見ている。知らぬは子供サンミナばかりなりってね。こんなお子さんでも結婚してるっていうのに俺は……って俺はまだ八歳だったわ。まだあわてるような時間じゃない。うんうん。



 話が決まったところで、さっそく村長宅を出ることにする。テンタクルス嫌いなデリカは留守番で、メンバーはゴーシュ、俺、ニコラ、サンミナと娘のメルミナだ。


 ちなみにメルミナはサンミナの娘と思えないほど物静かだ。顔つきや耳が隠れるくらいのつやつやの焦げ茶色の髪はサンミナに似ているが、性格のほうは線が細くて大人しそうだった旦那の方に似ているのかもしれない。今も黙ってサンミナに手を引かれて歩いている。


 これまで何度か通った林からそう遠くない場所に小さな小屋が建っていた。ここでテンタクルスが売られているらしい。


 小屋の横には大きな木製の水槽がいくつも並んでおり、傍らでは一人の爺さんがテンタクルスを捌いて切り身にしているようだ。


 水槽の中を覗くと、昨日ボコボコにしたであろうテンタクルスがプカプカと浮かんでいる。どうやら生け簀になっているようだ。いや、死んでるから「生け」簀とは言わないのかな? 死に簀? デリカがいたらどんな顔をしただろうか、ちょっと見てみたくなった。


「ここで魔物肉が売られているよ!」


 元気なサンミナの声に作業中の爺さんが顔を上げる。


「おう、サンミナにゴーシュと……昨日村にきたっていう子供たちか。何か用事かい」


「やあ爺さん。今日は客として来たぜ」


 ゴーシュが片手を挙げて挨拶をする。


「お前さんは毎回ここにやってきては、持って帰れないのが惜しいと愚痴って帰るだけじゃないか。それとも今日は魔道冷蔵庫でも持ってきたのか?」


「持ってきたわけじゃねえが、今回は大丈夫だ」


 そう言うと俺の肩をポンと叩いた。


「……ほう、珍しいのう」


 爺さんはそれだけを口にすると小屋の方に歩き、大きな箱を台車に乗せて戻ってきた。


「さあ、どれくらい買って帰るんだ?」


 その言葉にさっそく箱の中を覗くと、そこには下処理が済んだばかりのテンタクルスが丸ごと1匹、折り畳まれたような状態で入っていた。魔道具で作られたであろう氷も詰められている。やはり冷やしておかないとすぐに痛むのだろう。


 成体なら本体が1メートル、触手1メートルで全長2メートルにもなる魔物だが、爺さん曰く、一匹あたり銀貨5枚で販売しているとのことだ。一匹で賄える食事量を考えるとずいぶん安い気がする。思ったことをそのまま爺さんに質問してみると、爺さんはあっさりと答えた。


「売るほど余ってるってことだな」


 セカード村の人々はこの魔物肉を愛してやまないが、漁に熱が入り少々獲りすぎてしまうそうだ。そこで余った分を外貨獲得のために捨て値で売りに出しているらしい。


 たまに村を訪れた物好きが買ってくれるそうだが、それでも殆どが売れ残るので結局は村人が少々無理をしてでも消費しているとのことだった。昨日もテンタクルス料理のバリエーションは豊かだったが、あれも大量消費するための工夫なんだろうな。


 俺が買い出しに来るようになれば多少は値段が上がるかもしれないな。そんなことを考えながらテンタクルスを購入する。


 ゴーシュは大量に買っても家の魔道冷蔵庫に入りきれないそうなので、切り身で数個購入。俺も切り身をいくつかと、下処理のされた丸ごとを三匹購入した。これだけあれば色々と父さんに試してもらえるだろう。


「それで坊主はどうやって持っていくんだ?」


 爺さんは察している風だが、俺の方を向いて目を細めた。


「もちろんアイテムボックスだよ」


 俺はそう言い放ち、すぐさま買った分全てをアイテムボックスに詰め込んでみせた。それを見たサンミナが声を上げる。


「はー、聞いてはいたけど初めて見たよ! 少年は魔法のビックリ箱だねえ」


「ワシは見たことあるぞい!」


 爺さんがドヤ顔で答えた。やっぱり見たことがあったんだね。


 すると、これまで静かだったメルミナが急に騒ぎ出した。


「メルも! メルも!」


 サンミナとつないだ手を振りつつ、もう片方の手はテンタクルスの切り身を指さしている。どうやらテンタクルスに興味津々のようだ。


 それを見たニコラが、近くにあった切り身入りの木皿をメルミナに手渡した。木皿を持ったメルミナはニッコリと笑い――


 ――木皿から切り身がフッと消えた。


「おおおおっ!?」


 誰とはなく驚きの声が上がる。


『どうやらメルミナはアイテムボックスのギフトを持っていたようですね。おそらくお兄ちゃんのアイテムボックスを見たことによって、初めて自らのギフトを認識できたのでしょう』


 ニコラの念話が届く。おお、自分以外のアイテムボックス持ちを見るのは初めてだ。ニコラに言われたままのことをサンミナに説明する。


「うひゃーーー! メルミナすごーい!」


 サンミナがメルミナを抱き上げてくるくると回り、メルミナがキャッキャと笑っている。魔法好きのサンミナとしては自分の娘がギフトを持って生まれたことは喜ばしいことだろう。さっそくみんなに自慢するなんて言っている。


「お姉ちゃん、アイテムボックス持ちは悪い人に狙われやすいから、気をつけてあげてね」


 一応釘を差しておくが、自分で言ってて耳が痛いね。でも便利だから使わざるを得ないんだよなあ。自衛の手段を鍛え上げる方向で対処したい。


「ウチの村はいい人ばっかりだから大丈夫だよ! でも気をつけるね、ありがとう!」


 こうして最後は予想外の出来事が起こったが、元々の目的は達成した。そろそろお暇することにしよう。みんなで爺さんに別れの挨拶をして、売り場に背を向ける。


「――待てい」


 爺さんの静かな、それでいて威厳のある声に全員が立ち止まった。


「メルミナの切り身の代金を貰っておらんぞ。銅貨1枚じゃ」


 ごめんなさい。すっかり忘れていたね。

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