51 旅路

 ひづめと車輪の音をのどかに響かせながら、馬車が草の剥げた街道を進む。このまま道なりに進めば昼過ぎには目的地の村に着くそうだ。


 ちなみにファティアの町は領都に繋がる中継地点の一つだが、村は町を挟んで領都の反対側になる。


 村の名前はセカード村。その村の中央にある広場にシーソーを取り付けるのが、今回ゴーシュ工務店で請け負った仕事だ。


 馬車の座席に座りひとまず落ち着いた後、俺はアイテムボックスから無地のクッションを取り出した。


 セリーヌやギルが口を揃えて言ったのは、馬車というのは慣れないうちは振動で尻が痛くなるということだ。そこでなるべく厚めのクッションを古着屋で購入しておいた。


「お兄ちゃん、私にもちょうだい」


 両手を差し出すニコラにも同じ物を手渡す。ニコラはクッションを尻に敷くとクルリと180度回転し、小窓から外を覗きはじめた。


「はぁー。準備いいのね、マルク」


 デリカが頬に手を添えて若干呆れ顔で見ている。最近は少し大人になったがデリカは元々ガキ大将だ。人生初の馬車で尻が痛くなるのも試練の内なんて考えていたのかもしれないな。


「一応、親分の分もあるよ。いる?」


「いる!」


 即答かよ! 購入前にデリカの分は必要ないかもと悩んだのだが、杞憂に終わったようだ。デリカもまだ馬車に慣れていないのかもしれない。


「おいおい、そんな物に頼っちまったら、いつまで経ってもクッションを手放せないぞ。旅の荷物はなるべく減らしたほうがいいんだからな」


 御者台からこちらを見ていたゴーシュが声を上げる。


「マルクはアイテムボックス持ちだからいいの!」


「そりゃあマルクがいるときはそれでもいいんだろうけどな。それじゃあマルク、ウチのデリカと結婚してくれるか? ユーリと二人で工務店を盛りたててくれると俺としてもありがたいしな」


「は!? 私はそういうことを言ってるんじゃないの! 父さんのバカ!」


「お前だって前に見込みのあるやつが仲間になったとか言ってたじゃないか。それなら婿として申し分ないだろ?」


「それはあくまで仲間としての話よ! それにそういうのはまだマルクには早いんだからね!」


 ゴーシュがからかいデリカが顔真っ赤になって反論している。俺のことを意識してるとかそういうんじゃなくて、普段こういうことを言われ慣れてないんだろうな。微笑ましいね。


『お兄ちゃん、この世界じゃ十二歳から結婚できますからね。狙ってるなら早い目に落としておかないと、お兄ちゃんが十二歳になった頃にはもう結婚してるかもしれませんよ』


 ニコラが体を小窓に向けたまま念話を飛ばしてきた。


『狙うってお前ね……。十二歳とか俺のストライクゾーンにかすりもしないよ』


『ええ……そうなんですか? 私としてはお兄ちゃんに早めに結婚してもらって、小姑として同居するのも悪くないと思うんです。お願いですから性癖を歪ませてもらえませんか?』


『お前のためにロリコンになるつもりはないよ! ……いや、でも俺が十二歳になる頃にはデリカは十六歳? それならロリコンじゃないのかな? そもそも俺のほうが歳下だし? ……っていやいや、止め止め! 俺はまだまだ若いんだから、そういうのはあまり考えないことにしてるんだよ!』


『えーそんなー。早く生活を安定させて私を養ってくださいよ』


『お前ね……』


 相変わらずナチュラルに寄生する気のニコラとの会話を取りやめ、軽く息をつく。横ではデリカとゴーシュがまだ言い合っている。なんだか早くも疲れてきたので、背もたれに深くもたれかけ小窓から外を見た。


「ふうー……」


 窓に切り取られた青空には雲ひとつない。それをじっと眺めていると、鳥が連なって横切っていくのが見えた。距離があるのではっきりとは分からないが、なんだか普通の鳥よりも大きい気がする。


「ゴーシュおじさん、あの鳥ってなんの鳥?」


 ずっとデリカがからかわれるのも不憫なので、ゴーシュに話を振ってみた。


「なんだ? お義父さんでいいぞ? ……っと、アレか。アレはピアシングバードだな。普通の鳥じゃなくて魔物だ。嘴が長くて鋭くてな、それで体に穴が開くほど突いてくるそうだぞ」


 デリカに睨まれながらゴーシュが教えてくれた。


「ええっ、怖いなあ。馬車を襲いにきたりはしない?」


「こちらから攻撃しない限りは大丈夫らしい。普段は山で獣を狩りながら山から山へと移動する魔物なんだそうだ。嘴や羽毛が高く売れるので、逆に狩人や冒険者が山に入って狩っているくらいだな」


「魔物といっても好戦的なのばかりじゃないんだね」


 ゴブリンやコボルトみたいなのばかりじゃないらしい。


「そりゃそうだ。魔物の大半は地上に漂うマナの影響を受けて獣が変質したものだって言われてるからな。そのすべてが好戦的なら人間なんてもう絶滅してるんじゃないか」


 言われてみればそれもそうだな。するとゴーシュが思い出したかのように声を上げた。


「おっ、そういえばセカード村じゃあ魔物の肉が食えるぞ。町だと滅多に食えないもんだし、夕食は魔物の肉を食いに行くか!」


「えっ、父さん。まさかアレを食べさせるつもりじゃないでしょうね?」


「ハハハハ! もしかしたらマルクやニコラはイケる口かもしれんだろ?」


「知らないけど私は絶対食べないからね! あーもう、思い出しただけで鳥肌が立ってきた!」


 デリカを腕をさすりながら声を上げる。俺たちは一体何を食べさせられるんだろう。とはいえ魔物肉に興味が無いこともないので、見ないうちから断る必要もないか。見て無理っぽかったらギブアップしよう。


「お前なあ、マルクだって一緒にアレを食ってくれる女のほうがいいだろうよ」


「まだその話を続ける気!?」


 再び仲良く言い合うゴーシュデリカ親子を眺めながら、俺は石玉を作って魔力訓練をすることにした。

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