37 早起き

 リーナに野菜の種を貰った翌日。


 普段よりも早く目が覚めた。隣のベッドではニコラがまだ寝ているが、起こさないように子供部屋をそっと抜け出る。


 一階に降りて厨房に行くと父さんと母さんが朝食の準備をしていた。


「あらマルク。今日は早いのね」


「うん。せっかく早く起きたし、朝食を食べたら昨日もらった野菜の種を植えに行ってくるね」


 白パンが積まれたカゴから一つ掴み取りつつ、母さんに答える。昨日は教会学校帰りで時間がなかったので、もらった種を植えられなかったのだ。今日はじっくりとニュー野菜を植えてやろうと思う。


「はーい。でもその前に店前だけ掃除しておいてね」


「うん、分かった。それじゃ行ってくるね」


 俺は白パンを咥えながら食堂に入った。朝食待ちの客はさすがにまだいないようだ。


 食堂の扉を開けて外に出ると、早朝の空気が肌を包みこむ。深呼吸でもすれば気持ちいいのだろうが、パンを食べているので諦めた。


 表通りに人はまばらだ。パンを噛みながらなんとなく眺めていると、少し離れたところで門に向かって歩く背中が目に入った。ジャックと同じような背格好の少年だ。


 普通、あのくらいの見た目の少年なら門番に止められるだろうが、冒険者ギルドに登録していると通行が許可される。あの少年はこれから外でなにかしらの仕事にでかけるのだろう。


 さてと、俺も突っ立ってないで自分の仕事をしようか。俺は白パンの最後の一口を飲み込むと、箒を取りに裏庭へと足を進めた。



 ◇◇◇



 それから店の前を掃除して、空き地に出かけて畑に新しい種を植えた。マナを含んだキャベツとキュウリがどんな味になるのか楽しみだ。もしかしたらドギュンザーもマナを含ませれば美味しくなるんだろうか。……いや、それは無いな。


 昼まで空き地で過ごし、昼になったら昼食を食べに家に帰った。昼食を食べた後、さすがに起きていたニコラと一緒に再び空き地に行こうと家の外に出たところで声をかけられた。


 十五歳前後、まだ顔にあどけなさを残す冒険者風の少年――ジャックの兄のラックだ。


「よお、マルク。ジャックがこっちに来てねえか?」


「いや、来てないよ?」


 というか昨日の様子を見るに、避けられてるようだし俺に会いに来ることはないと思う。


「……そうか。いやな、俺が起きたらもういなくてよ。それくらいで心配するような歳でもねえんだが、今日は朝から俺が剣の練習に付き合う日で毎週楽しみにしてんのに、それをすっぽかしたのが気になってよ。それでまたお前らにちょっかいでも出してるのかと思って見にきたんだが」


 どうやら俺たちの心配をしてくれたらしい。案外面倒見のいい少年なのかもしれないな。……あっ、そういえば。


「そういえば、朝早くにジャックに似た背格好の子を見たよ。その時は違うと思ってたけど、もしかしたら本人だったのかな」


「そうか。どっちに向かってた?」


「門の方だよ」


「外に行ったのか? あいつはギルドに登録は済ませてるが、外に出る時は俺が付いて行くと約束してるんだが……。別人かもしれねえし、門で話を聞いてみるか」


「僕もついていくよ。なんだか気になるし」


「おう分かった。行くぞ」


 俺とラック、それとニコラが門に向かって歩く。門にはすぐに到着した。徒歩三分の距離だ。


「よう、珍しい組み合わせだな?」


 門番のブライアンが槍を片手に手を上げた。


「ブライアン、俺の弟を見なかったか?」


 ラックが手を上げ返しながら、単刀直入にたずねる。


「ジャックか? 森に薬草を取りに行くって言っていたぞ」


「えっ、薬草?」


 思わず声に出す。


「どうした? 何か気になることがあるのか?」


 ラックが俺の方を向いて問いかけた。


「昨日教会学校で、薬草を一株欲しいって友達と話をしてたんだ。一ヶ月後になりそうなんで、それまで待つって話だったんだけど……」


「そうか、もしかしたらそれを聞いていた可能性があるな」


 教室での話だったし、その時に教室にいれば耳に入っただろう。


「でも昨日もずっと避けられてたし、僕のためにそんなことしないんじゃないかな?」


「……あいつはお前に負けて悔しかったんだよ。それで少しは自分のいいところを見せたかったのかもな」


 ラックが苦い顔で呟く。たしかに四つ歳下の俺に負けたとなると、どうにか名誉挽回するために行動を起こすかもしれない。仕返しを考えない分、性根はいい子だと言えるが今回はマズい気がしてきた。


「しかし……、薬草を取りに行くだけにしては帰りが遅いな」


 ブライアンが手で顎を擦りながら思案顔でそう言った。


「もしかしたら、森の奥に生えている上等な薬草を採りに行ったのかもしれねえ。一度あいつに話したことがある。クソッ、あの辺りはゴブリンだけじゃなくコボルトもいるって言っただろうが……!」


 コボルト。二足歩行する犬型の魔物だ。森から出ることはないらしいが、ゴブリンよりも戦闘能力は高いとセリーヌに聞いたことがある。


「……しゃあねえ。ちょっと行ってくるわ」


 ラックは頭を掻き、すぐさま門を抜けて外へと向かった。


 とっさに俺も付いて行こうと一歩足を踏み出すと、ブライアンに頭を掴まれる。


「ラックに任せとけ」


 ブライアンは俺の目を見つめて言い切った。きっとブライアンは俺が外に出るのを許可しないだろう。俺はコクリと頷き、俺は門から引き返した。



 ◇◇◇



 そして路地に入り外壁沿いに走った。人気のないところを見つけると、土魔法で階段を作る。


「――行くんですか?」


 ニコラの声だ。ニコラがいたことをすっかり忘れていた。


 俺がその声に振り返ると、ニコラは表情を無くした顔で立っていた。


 いつもは猫を被った演技や俺にズケズケとものを言う態度など、なかなか表情豊かなニコラだが、無表情となると整った顔が相まって、まるで等身大の人形のように見える。


「ああ、行く」


「どうしてですか? ラックに任せておけばいいのでは?」


「そうだな。でも万が一ということがあるかもしれない」


「六歳児のお兄ちゃんが、冒険者のラックの力になれるのですか?」


「なれるよ。そのくらいの力はあると最近ちょっとは自覚しているんだ」


「危険ですよ? ラックはまだ駆け出しの冒険者です。セリーヌみたいに守ってくれる余裕はないかもしれません」


「そうだな。怖いよ」


「なら放っておいてもいいのでは? 言っちゃあなんですけど、お世話になった人ではなく、いじわるされたガキ大将ですよ」


「そうだな。でも俺が教室であんな話をしたせいかもしれない……そう思ってしまったらもう駄目なんだ。もしジャックの身に悪いことが起きれば、それをずっと引きずったまま歳を重ねてしまいそうだよ。酷い話だろ? 俺はまだこんなに若いのにさ」


 少しおどけたようにニコラに笑いかける。ニコラの表情は変わらない。


「だから今回は勇気を出して頑張ってみるよ。もちろん万全を尽くすつもりだ。……ということで、ニコラもついてきてくれない?」


 もう一度笑いかけた。ニコラは変わらず俺を見つめ――深い溜息をついた。


「はぁーー、分かりました。サポートですしね。ついていきますとも。こんなところで若死にされると上司に叱責されそうですしね」


「ありがとう。それじゃあ行くか!」


「はい。パパママを心配させるのも駄目ですからね。夕食の時間までには帰ってきましょう」


 ニコラに頷き、土魔法で作った階段を駆け上がった。そして外壁の上に飛び乗ると周囲を見渡す。ラックが足早に森へと向かっているのが見えた。


「ラック兄ちゃん!」


 大声で呼びかける。ラックが立ち止まりこちらに振り返った。


「僕も連れて行って!」


 俺はラックの返事も待たずに壁から外へ飛び降りた! ――ら格好もついたんだが、怪我しそうな高さなので階段を作って向こう側へと降り立った。

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