29 ゴブリン

「それじゃあ見ているのよ~?」


 セリーヌが腰に備え付けた五十センチほどの棒を取り出す。シンプルなデザインで先端には宝石のようなものが埋め込まれている。魔法のワンドだと以前セリーヌに聞いた。無くても魔法は使えるが、あったほうが効率よく魔法が使えるという補助道具らしい。


 セリーヌが杖の中程を左手で掴み、弓に見立てるように縦に構える。そして右手を矢を引くように動かした。


火の矢ファイアアロー


 するとその両手の間に炎で出来た矢がなにもないところから浮かび上がるように現れた。


 そしてセリーヌが右手を開くと、その矢は勢いよくゴブリンの方へと向かっていく。


 開けた場所だというのに、まだこちらに気付いてすらいなかったゴブリンに火の矢が当たると、弾かれたように吹き飛び地面を転がった後ピクリとも動かなくなった。


 そして間髪入れずに、セリーヌは二度三度とそれを繰り返す。


 ほどなくして、その場にいた三体のゴブリン全てが地に伏した。


 火魔法すごいな。俺はまだ水をお湯にするくらいしか使えないけど、練習すればあんなこともできるようになるのか……。まあ火魔法はご覧の通り危ないし、練習はあまり気がすすまないけどね。


「よし。それじゃあ近づくわよ」


 恐る恐るセリーヌの後を付いて行くと、そこには左胸がまるでえぐられてるかのように吹き飛んでいるゴブリンが二体、腹のあたりがぽっかりと穴が開いているのが一体。即死のようだ。


「どう? 吐きそうになったり、頭がクラクラしたりはしない?」


 俺の目をじっと見ながらセリーヌが問いかける。


「あんまり直視したいものじゃないけど……そこまではないかな」


「そう……。ニコラちゃんは?」


「ニコラもへいき!」


 ケロッとした顔でニコラが答えると、セリーヌがほっとしたように息を吐いた。


「なら良かった。そういうのをこじらせると冒険者として致命的だからね」


 たしかにグロ耐性が皆無だと冒険者は厳しいかもしれない。そういうところもしっかり見てくれているんだな。


「それじゃあ討伐証明を持っていくわよ。右耳をこうやって切り取るの」


 セリーヌはゴブリンの右耳の上端を摘むと、根本をスパッとナイフで切った。


「うへっ」


 思わず変な声が出る。自分の耳がムズムズしてきた。


「基本的にモンスターの討伐証明は右耳ね。左耳を持っていっても証明にはならないから気を付けること」


 そっかー、そうやってゴブリンを倒した証明をするんだなあ、大変だなあ。両右手の男みたいに両左耳のゴブリンとかいたら証明できないなあ。そんなどうでもいいことを考えてると、右耳を革袋にしまいこんだセリーヌが俺の方を見た。


「はい」


 とセリーヌが俺にナイフを向ける。えっ? もしかして俺もするの?


 いやまさか六歳児にそんなことさせないよね。俺の勘違いだよね。と俺が固まってる間に、セリーヌは次に「んっ」とニコラのほうにナイフを向ける。


 ノータイムでナイフを受け取ったニコラは、ニンジンを切るのと同じような手軽さでゴブリンの耳をサックリと切り取る。そして「んっ」と俺にナイフを向けた。


 あらニコラさんすごい。というか、ニコラはやれたのに俺は出来ませんはさすがにかっこ悪い。ナイフを受け取り俺も覚悟を決める。


 ええいままよ! とゴブリンの耳を掴んで一気に切る! 切った! 切ってやったぞおおおお! ああ、なんだかまだ切った感触が残ってる。鳥肌が出そう……。


「うーん。ニコラは平気っぽいけど、マルクはもう少し慣れたほうがよさそうね」


「へ、平気だよ」


 ナイフと右耳をセリーヌに突き出しながら答える。


「こら、やせ我慢しない。でもこういうのは小さいうちから慣れさせた方が後々ラクなのよね。さあ、じゃんじゃん狩って慣れていきましょうね~」


 俺とニコラから受け取った耳を革袋に詰め込み、セリーヌが立ち上がる。そして俺たちは目の前に広がる森へと足を踏み入れたのだった。



 ◇◇◇



 森に入った後、しばらくはゴブリンに遭遇しなかった。森の入口にいたのは随分レアなケースらしい。まぁそうでなければラングたちも森の入口付近に生えているという薬草が採れないしね。


 森の外へ家畜を襲撃に行く直前だったんじゃないかとセリーヌが言っていた。偶然だけど被害が出る前で良かったと思う。


 そして数十分は森を歩いただろうか。警戒しながらなので、それほど距離は進んでいないと思うが、ちらほらとゴブリンの姿を見かけるようになってきた。そこからはひたすら狩りまくりである。


火の矢ファイアアロー


 セリーヌが火の矢ファイアアローをゴブリンに直撃させる。これで二十体目だ。


 倒した後は周囲を索敵し、セリーヌが安全と判断した後に三人で近づく。そして俺が耳を切り取る。


 そう、俺はセリーヌから耳切り係に任命された。ニコラは平気そうだし、俺に慣れさせるつもりらしい。そして実際に十匹を超えたあたりから何も感じなくなった。慣れって不思議だね。


 しかしこのまま耳切り係で終わるのはちょっと心残りがある。俺だって男の子だ。慣れたおかげもあるが、一匹くらいゴブリンを倒したいという欲が湧いてきた。とりあえず思いついた秘策もあるのだ。


 その後しばらく森の中を進んでいると、木々が少なく地面もなだらかな場所に一匹だけうろついているゴブリンを見つけた。あれなら丁度いいかもしれない。


 火の矢ファイアアローを仕掛けようとするセリーヌに声をかける。


「ねえセリーヌ。あのゴブリン、僕が倒してみたいんだけどいい?」



――後書き――


コミカライズ版最新話がニコニコ静画にて更新されております!

ぜひぜひご覧になってくださいませ~!\(^o^)/

https://seiga.nicovideo.jp/comic/50124

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