25 お手伝い

 パンツをずり落としてジャックとの決闘に勝利した帰り道、いつもの空き地に寄って畑にマナを補充し、魔法トマトを収穫してから家へと帰った。


「ただいまー」


 宿の入り口ではなく裏口から入り声をかけ、魔法トマトを隅に置いてあった籠に入れる。厨房で父さんの手伝いをしていた母さんがやってきた。


「おかえりなさい、マルク、ニコラ。学校はどうだった?」


「うん、楽しかったよ」


「ママただいまー!」


 ニコラは母さんの腰に抱きついて甘えている。


「あとは晩ごはんの時にでも話すね。何か手伝うことない?」


 ジャックとの決闘云々をバカ正直に言って心配させる気はない。話すのはもちろんジャック以外の出来事だ。


「そうね、もう父さんの料理の仕込みも終わりそうだし……ニコラと一緒に食堂のテーブルを拭いてきてくれる?」


「はーい、ニコラ行こう」


 この世界では六歳にもなると、ある程度の労働力として計算される。とはいえウチは教会学校にも通わせてもらっているし、遊ぶ時間もずいぶんもらっている。お手伝い自体も簡単なものだ。


 これはもう子供労働力としてはエンジョイ勢と言ってもいいんじゃないかと思うんだが、もちろん教会学校に通っていないガチ勢の子供も存在する。幼いうちは教育を受けたほうがいいと個人的には思うけれど、それぞれの家庭の事情もあるのだろう。そう考えると両親には感謝してもしきれない。


 濡れ布巾を片手に食堂に入ると、夕方の鐘が鳴っていないうちからちらほらとテーブル席に客が座っていた。空いてるテーブルを拭いていき、ついでに客のいるテーブルから空の皿を下げていく。


 ウチの宿屋「旅路のやすらぎ亭」は基本は宿泊と朝食のみだが、昼飯と晩飯は一階にある食堂で別料金で振る舞われている。近所の酒場ほど広くもないしメニューも多くはないが、父さんに胃袋を掴まれた人や、外まで食べに行くのが面倒な宿泊客なんかでそれなりに繁盛しているのだ。


「あらマルク、おかえりなさい~」


 胸元の開いた黒いドレスを着た女に声をかけられた。行商人の護衛で三日ほど前に町から出かけていた、冒険者のセリーヌだ。


「こんにちはセリーヌ。帰ってきてたんだね」


 セリーヌはここで風呂を体験してからは、このファティアの町を拠点にして活動している。風呂の引力ってすごいね。


「近くの村だからね。片道一日くらいだもの。こんなもんよ」


 近くの村で片道一日かかるってだけでゲンナリしてしまうのは、まだ前世の感覚が抜けていないんだろう。足の早い移動手段は馬車くらいしかない。そもそも護衛は歩きだったようだから大変だ。


 思わず前世のブラック企業の新人研修で半日近く延々と歩かされたことを思い出す。知ってるかい? 普段それほど歩かない人間が急に長距離を歩かされると、足の裏の感覚が無くなるんだぜ。もちろん次の日は筋肉痛地獄さフフフフ……。


「まっ、それで報酬も貰えたし、今日はゆっくりとお酒を飲んでお風呂に入って寝る予定よ。もうこのために生きてると言っても過言ではないわね~」


 前世のトラウマを思い出していたところで、セリーヌの声で我に返った。アルコールを摂取しての風呂はオススメしないが、まぁ固いことは言うまい。


 ちなみにセリーヌが利用するのを見て、風呂に興味を持つ客は他にもいたんだが、たまに物珍しさで銀貨二枚を払って利用する客がいたくらいで、常連になったのはセリーヌくらいだった。


 もともと風呂の文化が根付いてないせいかもしれないし、掃除が面倒で値段を高めに振っかけているせいなのかもしれない。


 その高めの値段設定の元となったセリーヌなんだが、普段いろいろと仲良くしてもらっているセリーヌに毎回銀貨二枚を貰うのは、こちらが何だか後ろめたい気分になったので、こちらから無理やり常連サービスということで銀貨一枚の値下げを提案してゴリ押した。


「それじゃあ後で浴槽を掃除して水だけ入れとくね。お風呂の中で寝ないように気をつけて」


「はいはい、ほんとしっかりしてるわね~。そういえば今日は教会学校だったんでしょ? あんたはともかくニコラちゃんは人気者で大変だったんじゃない?」


 向こうでテーブルを拭きながら、客に愛想を振りまくニコラを見ながらセリーヌが言った。


「見てきたように言うね。そうだよ、ニコラが他のグループに勧誘されて断ったら決闘とか言われてさ、大変だったよ」


 両親にはジャックとのいざこざを言わなかったが、セリーヌに言うのはいいだろう。むしろセリーヌに聞いてもらって子供のあしらい方を聞きたかった。そこでセリーヌには包み隠さず説明した。


「ぶふっ! 身動き取れなくして悪ガキをフルチンにしたって!? 面白いことするわね~!」


「怪我させないように降参させるには、それが一番いいかなって思ったんだよ。これで良かったよね?」


「うーん、どうかしらね。ちょっとくらい痛めつけてやっても良かったと思うけどね。力関係を明確にした方が後腐れがないってもんよ」


 さすが剣と魔法の世界の人間はバイオレンスだ。格が違った。


「ま、でも魔法で完封したなら、格の違いってやつを体感したんじゃない? あんたならその辺のガキ大将には負けないでしょ。いっそこの町の子供たちの大親分にもなったらどう?」


 からかうような口調のセリーヌに小さく息を吐きながら答える。


「そんなの興味ないし、僕はデリカ親分の子分で十分だよ」


 後はこのまま何事もなく平穏な学校生活を送ればそれでいいのだ。肩をすくめるセリーヌを残して俺は家の手伝いに戻った。



 ◇◇◇



 テーブルを拭き終わった後は宿の外を掃除することにした。


 宿の入り口周辺を箒で掃く。普段から母さんが掃除しているので目立ったゴミはなかったが、それでも近くの木から葉っぱや枝が風で流されてきていた。あっ、串焼きの串を発見。


 それらを箒で集めていると、ジャックがこちらに歩いてくるのが見えた。隣には見たことのない15歳前後の少年が並んでいる。俺とジャックの目が合うと、ジャックがこちらを指差す。


「兄ちゃん、アイツだよ」


 少年が頷き、ジャックと共に俺に近づいてきた。


「よお、お前がマルクか。すぐに済むからちょっとツラ貸してくれねえかな」


 えっと、これはお礼参りってやつですか?

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