第154話 コロシアム

 ジャックザリッパーが、死亡したと同時にナギたちの魔力が元に戻った。


 セドナと大精霊レイヴィアが、すぐさま大魔導師アンリエッタを含めた全員の治癒を行う。 


 アンリエッタはすぐさま回復し、他の全員の負傷も瞬く間に癒えた。


 やがて、ナギたちのいるロンドンに似た異空間が歪み始めた。

 ジャックザリッパーが死亡した事で異空間が消滅し始めたのだ。


「次の空間にご案内という所かな?」


 エヴァンゼリンが、やや疲れた口調で言った。

 連戦を重ねて、さすがに全員に疲労が溜まってきた。


「せめて休めるだけ休むとしようかの。この空間の歪み具合をみると、二十分ほどは休めそうじゃぞ」


 大精霊レイヴィアが、異空間を把握して告げる。


「二十分も休めるなら大助かりです」


 ナギは安堵の吐息をついた。そして、神剣〈斬華〉を鞘にしまい、胡座をかいて地面に座り込んだ。


 セドナ、大精霊レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディア、大魔導師アンリエッタも地面に座り込む。


 二十分もすれば、魔力、体力ともにかなり回復する。


「次はどんな敵が出てくることやら……」


 クラウディアが、憂鬱そうに長い栗色の髪をかき上げた。


「ナギのいた『地球』ってさ。もしかして変人が多いのかい? なんだかやたらと妙な連中ばかりな気がするよ?」


 エヴァンゼリンが、からかうようにナギに青灰色の瞳をむける。


「いやいや、そんな事はないぞ。始皇帝だの、ジャックザリッパーだのが、平均的な地球人だと思われては困る」


 ナギが真剣な顔と口調で弁明する。


 地球人が全員、始皇帝だの、ジャックザリッパーのような人間ばかりだったら、地球はとっくに滅亡している。


「十二罪劫王に見込まれて召喚されるような連中じゃ。英雄、姦雄、極悪人、異常者ばかりじゃ。これからもロクデナシどもが必ず敵として出現するぞ」


 大精霊レイヴィアが、諭すような語勢で言う。


「……憂鬱」


 大魔導師アンリエッタが、珍しく感情的な声を漏らした。


「私もなるべくなら、会いたくありません。見ることさえ嫌です」


 セドナが黄金の瞳に疲れた表情を宿した。


「残念ながら、すぐに見ることになるぞ。亜空間が位相を変え始めた。違う亜空間に強制転移するようじゃ」


 大精霊レイヴィアが、立ち上がった。


「空間の強制転移ですか? それを拒絶する事は出来ないのですか?」


 ナギが桜金色の髪(ピンク・ブロンド)の精霊に問う。


「可能じゃよ。でもその代わり、この黒曜宮(マグレア・クロス)の何処かの次元の狭間に落ちる可能性がある。そうなると一瞬で全滅する可能性があるのぅ。次元の狭間は入り込んだ異物を分子レベルで破壊するからの」

「分かりました。敵の思惑に乗りましょう。強制転移に逆らわない。そして、次の敵を倒す。それをくり返せば、いつかは黒曜宮(マグレア・クロス)の支配者である罪劫王ディアナ・モルスに辿り着けるということですね?」


 ナギが神剣〈斬華〉の鞘を持って立つ。


「罪劫王ディアナ・モルスが黒曜宮(マグレア・クロス)から逃げる可能性は?」


 クラウディアが問う。


「……それはない。罪劫王ディアナ・モルスはこんな長大な迷宮を構築した。それには莫大な魔力と多くの『誓約』が必要。こういう迷宮の場合、主である罪劫王ディアナ・モルスが『核』となって居座る必要がある。それに違反すれば、罪劫王ディアナ・モルスは誓約を破ったことになり、大きな代償を払う。……その代償は『死』」


 大魔導師アンリエッタが、断言する。


「少しばかり安心したよ」


 ナギが肩を竦めた。

 やがて、亜空間ごとナギたちは強制転移された。






 場所が突如として変わった。

 ナギ達の視界に映る光景は、先程のロンドンに似た街とは全く違う。


「ローマ帝国のコロシアム?」


 ナギが黒瞳に驚きの表情を浮かべた。

 そこは、古代ローマの円形闘技場(コロシアム)だった。

 ローマ帝国時代に、市民の娯楽施設として作られた、あまりにも有名な建造物。


 コロシアムでは紀元前において、コロシアム内部に水を満たして、木造の船を浮かべて模擬の海戦を行い。


 剣闘奴隷を使った剣闘士試合では、二万名近い剣闘士や奴隷が命を落としたと言われている。


 キリスト教徒が異端とされた時代においては、キリスト教徒をライオンに生きたまま喰わせる野蛮なショーが行われた。


 その闘技場の真ん中にナギたちはいた。


 だが、このコロシアムは、ナギが知るコロシアムよりも巨大で豪奢である。


 ナギのいた二十一世紀のイタリアの首都ローマにある世界遺産のコロシアムの廃墟と違い、建造されたばかりのように真新しい。


 ナギは地面に黒瞳を投じた。

 砂地である。


 剣闘士奴隷が戦わされた時は、地面は砂地になっていたそうだ。


(嫌な予感がする)


 ナギは舌打ちした。


「ナギ様、ここも地球の建造物と似ていますか?」


 セドナがナギに問う。


「ああ」


 ナギが答える。


「どんな場所だい?」


 エヴァンゼリンが聖剣を油断なく構えつつ視線を周囲にくばる。


「地球には、千年以上前に滅びたローマ帝国という巨大帝国があってな。そこで奴隷同士が戦わされた場所だ」


 ナギが簡略化して答える。


「縁起の悪い場所だな」


 クラウディアが聖槍を両手で構える。


「……嫌な感じがする」


 大魔導師アンリエッタが、杖を片手にぼそりと呟く。

 束の間、静寂が舞い降りた。


 やがて、巨大な魔力をナギ達は感知した。

 全員が、魔力がした方向に身体ごと向き合う。


 コロシアムの観客席。

 その中でも皇帝のみが座れたという特別室。


 そこに一人の男がいた。


 年齢は40歳ほど。

 身長は160センチ。


 頭は頭部がハゲていた。


 眼は鷹のように鋭い茶色い瞳で、髪は縮れた茶髪だった。


 古代ローマ帝国軍人の将帥の鎧兜を装備しており、その肉体は頑強で、引き締まっている。


 背は低いが、全身から発する魔力の強さは尋常ではない。


 鷹のような眼光から発する覇気が、ナギたちを圧迫する。

 男は椅子から立ち上がった。

 

「よくぞ来た。歓迎するぞ。相葉ナギ一行」


 と、男は言った。

 迫力に満ちた強い声だった。

 

「世の名は、ガイウス・ユリウス・カエサル。ローマの真の支配者にして、ローマに永遠の繁栄をもたらす者。魔神への忠誠の証として、卿らを殲滅する」

 



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