第62話 籠絡 

6日後。

古都ベルンの居城。


その一室に、一人の壮年男性の映像が、宙空に浮かび上がっていた。

年齢は50歳前後。長身で筋骨たくましい体躯をしており、その頭には王冠がのせられていた。


彼の名は、イシュトヴァーン。

ヘルベティア王国の現国王である。


古都ベルンの領主であるヴェルディ伯爵は低頭しつつ、主君であるイシュトヴァーン王と会話していた。

 

イシュトヴァーン王の姿を宙空に投影しているのは、室内に置かれた水晶玉である。鮮明すぎる立体映像のせいで、対話しているヴェルディ伯爵は恐懼し、背中に流れる汗が止まらない。


王都から直接会話できるこの魔法は便利だが、時折、このような魔法装置がなければ、もう少しのんびりと過ごせるだろうに……。


利便性が、そのまま人間の幸福につながるものではないと痛感するヴェルディ伯爵だった。


「今一度、確認するが、十二罪劫王の1人・ダンタリオンを討ち取ったのは、相葉ナギなる少年というのは真か?」


イシュトヴァーン王が、ヴェルディ伯爵に問う。


「間違いないかと……」


「その証左は?」


イシュトヴァーン王が問う。


「勇者エヴァンゼリンがそう証言しております」


ヴェルディ伯爵の声が緊張で上擦る。


「ふむ……」


イシュトヴァーン王は白い顎髭をなでて沈思し、やがて口を開いた。


「その相葉ナギなる少年は何者か?」


「調査してみましたが、どうやら異界からの〈来訪者〉のようです」


「〈来訪者〉か……」


イシュトヴァーン王は得心して頷いた。その相葉ナギなる少年が〈来訪者〉ならば十二罪劫王の一角を打ち倒したのも合点がいく。


異界からの〈来訪者〉は時に人知を超越した神の如き力を有する者がいる。おそらく相葉ナギという人物のその手合いであろう。


「ヴェルディ伯爵」


「はっ」


「その相葉ナギなる人物を籠絡せよ」


「御意」


イシュトヴァーン王が命じると、ヴェルディ伯爵は低頭した。


「良いか? 決して我らに仇為す存在にしてはならぬ。金、地位、名誉、美女、あらゆるものを与え、我らの陣営に引き込め」


「誓って、陛下のご下命の通りに」


「〈来訪者〉は、キレすぎる刃物のようなものだ。扱いを間違えれば、我ら人類、亜人にとって災厄となる可能性がある」


ヴェルディ伯爵はうっそりと頭を下げる。ヴェルディ伯爵には、イシュトヴァーン王の懸念がよく分かる。


かつて多くの来訪者が、このフォルセンティアという惑星にきた。善良なる者もいた。大いなる文化、芸術を与えてくれた存在もいた。


だが、巨大な災厄を為す者も、また存在した。


力をもった〈来訪者〉は、下手をすれば国家を崩壊に追い込む程の災厄をもたらす。


「で、今、その相葉ナギとやらは、どうしておる?」


「今は我が居城に滞在中にございます」


「よかろう。ならば全て卿の機知に任せる。もし相葉ナギが我らに益する存在ならば厚く庇護せよ。もし、害悪となる者ならば、秘密裏に抹殺するのだ」


イシュトヴァーン王が言い終わると同時に映像が消えた。ヴェルディ伯爵は、主君の映像が消えた10秒後に低頭した頭を上げた。

そして大きく息を吐き出し、額の汗を拭った。


(簡単にいって下さるものよ)


と、ヴェルディ伯爵は嘆息した。


卿の機知に任せるとは、「全てお前の責任において処理しろ」、ということだ。〈幻妖の迷宮〉侵攻作戦の後始末だけでも大変だというのに、また厄介な仕事が増えた。


そもそも、十二罪劫王の1人・ダンタリオンを倒した相葉ナギを秘密裏に抹殺など、そう易々と出来るものか。


なんとかして、うまく相葉ナギを勇者のパーティーメンバーに加えさせ、魔神軍と戦わせるように仕向けねばならぬ。


ヴェルディ伯爵は、こめかみを揉むと部屋を後にした。





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