第32話 シーフードピザ
魔法の修行が終わると、ナギとセドナは、レストラン通りに赴いた。
この通りは名前通り、100店をこえるレストランがひしめいており、夕飯時である現在、人混みが出来ていた。
「凄い賑わいだね」
ナギが人混みの中を歩きながら言う。
「ここは幅広いジャンルの料理があることで有名ですから」
ナギの発達した嗅覚に様々な料理の匂いが流れ込む。味のオーケストラが脳内で鳴り響く。
「セドナ、何が食べたい?」
ナギが問うと、セドナが長い銀髪をふった。長い銀髪が流れて、銀粉がちりばめたように光る。
「ナギ様のお好きなものが、私の食べたいものです」
ナギは黒瞳に苦笑を波立たせた。
「じゃあ、命令だ。セドナの好きなものを選びなさい」
ナギがセドナの銀髪を撫でる。
「は、はい!」
セドナが弾んだ声を出す。既に太陽が西に傾き、夕陽が街に降り注いでいた。
ナギとセドナの体に夕暮れの赤紫の光が差し込む。
セドナは、ウキウキしながら、レストランを見て回った。
やがて、ピザ屋に目をとめた。
「ナギ様! あそこにしましょう!」
ピザ屋に入ると既に満席に近かったが、店員が店外にテーブルと椅子を用意してくれた。
メニューを開くと、五十種類以上のピザがある。
「セドナが俺の分まで決めてくれ」
ナギが言うとセドナが強く頷いた。
うんうん、兄である俺としては、妹の好みを優先させないとね。
何せ、俺はお兄ちゃんですから!
銀髪の少女はウキウキと顔を輝かせてメニューを見る。足をプラプラさせているところが可愛い。
10分後、セドナはシーフードピザを二つ頼んだ。
自家製の窯で焼くため、結構時間がかかるらしい。うん。だんだん、お腹が減ってきた。というより、お腹がグーグー鳴ってる。
対面にいるセドナのお腹も小さく、可愛らしく鳴った。
「……あ、う……」
セドナが恥ずかしそうに俯く。分かる、分かる、女の子は恥ずかしいよね。
そう思ってると、俺の腹もデカく鳴って2人で顔を赤くした。
30分後、ようやくピザがきた。
セドナのお腹が、5回もなった後だ。
メニュー画面が開いた。
『幼女のお腹が鳴る回数を数えて、興奮している変質者がいます』
違うよ! バカ野郎! 俺はどんな高度な変態だ!
……いや、本当に興奮なんかしてないからね?
いや、そんなことよりも、ピザだ。ピザ!
俺はピザに視線を投じる。
でかくて丸いシーフードピザが2枚、テーブルの上にある。
ピザの生地はすごく分厚い。3センチ以上ありそうだ。
日本にいた頃の出前のピザの4倍くらいの大きさ。
昔テレビで見たイタリアの本場のピザみたいだ。
エビと蟹の肉が大きめに切られて、パン生地の上に置いてある。
トマト、ブロッコリー、コーン、それにとろけたチーズがタップリとかけられている。
「いただきます」
俺とセドナは、シーフードピザにかぶり付いた。
ナイフとフォークがあるが、最初はあえて手で千切って食べる。
一口、口に含んだ。旨い。これは良い。ボリュームがある!
あつあつのパン生地に、溢れるようなチーズが絶妙だ。
蟹の塊がゴロリと口の中にくる。
唾液が溢れた。
俺の舌の中で蟹の肉とパン生地、チーズが混ざり合う。
コショウの味が少しする。
蟹の肉を歯でかんで潰す。噛み応えがある。少し堅い蟹の肉だ。
チーズとパンと蟹の肉の味が口内で混ざり合う。
旨い。濃厚だ。
俺は、ナイフとフォークを手にとって、シーフードピザを切った。
そしてフォークで口に放り込む。
エビの肉をパン生地とともに味わう。
エビの肉も良い。
こんなに美味しいエビは初めてだ。
エビだけでも美味いが、ブロッコリーにピザの味が混ざるので堪らない。
チーズが俺の口内で弾けた。
鼻孔にチーズの匂いが満ちる。
……ああ、幸せだ……。
「ふはァ……」
対面に座るセドナから溜息がもれた。
セドナも、幸福な表情でピザを頬張っている。
……美味しい食事は偉大だなァ……。
メニュー画面が開く。
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『《食神(ケレスニアン)の御子》、発動。
シーフードピザを記憶しました』
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シーフード・ピザを食べ終えたが、まだ満腹にならない。以前なら、このくらいで満腹になった筈だけど……。
『《食神(ケレスニアン)の御子》の影響です。エネルギーを大量に消費する分だけ、大量に摂取する必要があるのです』
メニュー画面が言った。
ああ、なるほどね。ようするに大飯食らいになった訳だ。
俺はセドナを見た。なんとなくセドナも物足りなさそうな顔をしている。
よし、もっと食べよう。お金はあるし。
「セドナ、食後のデザートを食べよう」
「はい」
セドナが嬉しそうに返事する。甘い物を食べると聞いて、セドナの黄金の瞳が5割増しくらい強く輝く。
女の子だな~、と思う。
店を変えることにして、レストラン通りを歩く。
すでに陽が落ちて、夜の帳が降りていた。
魔晶石で灯した街灯が、レストラン通りを明るく照らし出す。家族連れや、カップルが大勢いる。平和な光景が俺の胸を温かくする。
ふと時計塔が見えた。
現時刻は午後6時47分。時計の文字盤がアラビア数字なのは『来訪者』の影響だろう。
「ナギ様! あの店に致しましょう」
ふいにセドナが、俺の腕をとった。
セドナが指さした店には『古都ベルンで一番美味いスイーツ店』という看板が店先に出ていた。
ちなみにその店の隣にも同じ看板があった。
よく見ると同じような看板が、5つくらい視界に入る。
ここら辺のご近所は喧嘩が絶えないに違いない。
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