第96話

 俺とルーチェは、ケルトから聞いた〈幻獣の塔〉へと向かっていた。

 途中で中継地点にある村を経由し、森の奥を進んで行く。


 崖壁の前に、大きな虹色の渦が広がっていた。


「まだ残っていたか……」


 俺は安堵の息を漏らす。


「そんなに短期で攻略されるものなんですか? その〈幻夢の穴レアダンジョン〉……というのは。アタシはあまり、そうした分類自体聞いたことがなくて……」


「移動に思ったより時間が掛かってしまったからな」


 準備に移動……と、合わせて丸一日掛かってしまった。


 ゲームのときには早ければ開幕五分で最上位勢の群れが雪崩れ込んできて、それから数分で消滅することもあったくらいだ。

 まぁ、さすがにこのケースはこちらの世界では当て嵌まらないはずなのだが……急いだ方がいいに越したことはない。


 冒険者ギルドが発見を隠している……という話だった。

 ギルドがギルドで編成した冒険者を送り込んで儲けを独占しようと考えているのだろう。

 魔物の乱獲が既に行われている可能性は高い。


 ギルドぐるみでそうしたことをしているのならば、触れない方が賢明なのは間違いない。

 ケルトが来なかったのも、そうした考えもあるだろう。


 ただ、彼らは発見を隠しただけであって、侵入を禁止したわけではない。

 見つかってもこちらに後ろ暗いことはない。

 目を付けられるのもよくはないのだが、数少ない〈死神の凶手〉を手に入れるチャンスなのだ。

 ここを逃すという手はない。


 早速ルーチェと共に虹色の渦へと入り、〈夢の穴ダンジョン〉内部へと移動した。


【〈幻獣の塔〉:《推奨Lv:80》】


 黄土色の床と壁が続いている、簡素な作りであった。


 魔物の像が置いている。

 獅子の顔しており、大きな翼を有している。

 キマイラのものだ。


「【Lv:80】……聞いてはいましたけれど、かなり高いですね」


 ルーチェがごくりと唾を呑む。


「ああ、事前に話した通り……奥までは潜らない。危険な魔物からは逃げる、怪しいところには入らない、深追いはしない」


 とはいえ推奨レベルはあくまで〈夢の主〉のレベルだ。

 一般的に出没する魔物は彼らよりも一段階は低い。

 俺達は既に【Lv:85】のスカルロードを討伐しているので、そこまで危険なところに踏み込んでいるわけでもない。


 別に本格的な攻略に乗り出してもいいのだが、わざわざ〈幻夢の穴レアダンジョン〉を踏破する理由もないのだ。

 危険な〈夢の主〉を倒さなくても、ドロップの美味しい魔物を狩っていれば、いずれ消滅するのだから。

 倒す理由がないことはないが、倒さない理由の方が多すぎる。


「窓がある……〈夢の穴ダンジョン〉の中なのに……」


 壁には窓として、大きな穴が広がっていた。

 縁には獣が彫られている。

 外に目を向ければ、綺麗な青空が見える。


 ルーチェが窓に歩み寄り、外を見ていた。


「下が見えない……凄く高い……。ど、どうなっているんですか、これ? どこかに世界のどこかに塔が出現している……っていうことですか?」


 俺はルーチェの背へと歩み寄る。


「所詮は全てアルザロスの夢だからな。この空も、雲も、全部が〈夢の穴ダンジョン〉みたいなものだ」


「なるほど……」


「あまり外を覗かない方がいいぞ。落ちたらどうなるのか全くわからない」


「そ、そうですね」


 ルーチェがぶるりと身を震わせて、そうっと窓から離れる。


「さて……死神狩りを始めるとするか」


 俺はパンっと手を打ち鳴らす。

 今回の目標は〈死神の凶手〉の〈技能の書スキルブック〉を持つグリムリーパー、一転狙いである。

 他の魔物は基本的に無視して、逃走が難しい場合のみに戦闘を行う。


 最初のグリムリーパーを見つけるまで、さして時間は掛からなかった。

 時間にして一時間くらいだろうか?


 石像の魔物であるガーゴイルを〈シールドバッシュ〉で弾いて逃げた先で、無事にグリムリーパーを発見することができた。

 この〈幻獣の塔〉にグリムリーパーがいない可能性もあったので、出没を確認できたことにまず安心した。


 半透明の青い霊体の身体に、不気味な笑顔の仮面がついている。

 浮かんでいる白の手袋が、しっかりと大きな鎌を掴んでいた。


――――――――――――――――――――

魔物:グリムリーパー

Lv :66

HP :166/166

MP :66/66

――――――――――――――――――――


「ケケ……ケケケ……!」


 グリムリーパー……。

 回避能力と攻撃力が高い、厄介な魔物だ。


 高確率クリティカルの〈竜殺刈り〉を放ってくるため、レベル上で勝っていてもあまり安心のできる相手ではない。

 その他、霊体を薄くして物理攻撃を透かす〈霊体透過〉や、行動阻害系の魔法スキルも有している。

 ドロップが美味しいレアな魔物ではあるが、出くわしてもリスクやクラス相性を考えて避けるパーティーの方が多いかもしれない。


 だが、当然俺は、グリムリーパーの弱点や動き方は熟知している。


「いたぞ! 〈技能の書スキルブック〉だ! 逃がすな!」


「はいっ! エルマさん!」


「ゲッ……!?」


 猛然と迫って来る俺達の勢いに、グリムリーパーも少し困惑しているようだった。


 だが、すぐに鎌を構え直し、大きく引いた。


 グリムリーパーのスキル……〈葬礼の舞〉の予備動作だった。

 鎌を振り乱しながら素早く回転するスキルで、判定も発動も広い。

 おまけにスキル予備動作時に異様に打たれ強くなり、攻撃を受けてもよろめいたり仰け反ったりせずにそのまま鎌のブン回しを行う、いわゆるスーパーアーマー付きスキルである。

 下手に攻撃すれば、耐えた後に至近距離から〈葬礼の舞〉をお見舞いされる。


「〈葬礼の舞〉は出始めを〈シールドバッシュ〉で潰す!」


 俺は大盾を構え、グリムリッパーの身体を弾く。


「ゴッ……!」


 グリムリーパーが壁に叩きつけられる。

 思ったよりも勢いよく飛んでくれた。


「〈屍将の盾〉はやはり強力だな」


 〈葬礼の舞〉は強力なスキルではあるが、グリムリーパーの数少ない隙でもある。

 〈葬礼の舞〉のスーパーアーマーに頼っている間は、〈霊体透過〉で物理攻撃を透かすことができないのだ。


 グリムリーパーが立て直すより一瞬早く、ルーチェがそのすぐ横の壁へと垂直に立ち、素早く身体を側転させた。


「〈曲芸連撃〉!」


「ケ、ケ……!」


 グリムリーパーは一撃受けたものの、すぐに立て直して鎌で応戦し、ルーチェのナイフを防ぐ。

 だが、その隙に俺はグリムリーパーの背後へと回り込んでいた。


 まだ体勢が不完全なグリムリーパーの背へ、死角より〈ミスリルの剣〉の一撃を叩き込む。


「ゲェッ!」


 グリムリーパーの霊体が裂けて、消えていく。

 仮面に罅が入り、手袋と鎌と共に地面へと落ちた。


【経験値を2899取得しました。】


 経験値取得メッセージと共に、俺は剣を鞘へと仕舞った。


「お見事ですエルマさん!」


「〈霊体透過〉を使わせないためには、他のスキルの隙を突くか、死角を取るのが一番だからな」


 グリムリーパーの〈葬礼の舞〉のスーパーアーマーを叩いて一気に畳み掛けられてよかった。

 〈霊体透過〉主軸で堅実に動かれて戦闘が長引けば、常に敵のクリティカルを警戒しながら立ち回る必要があるため、なかなか苦しい戦いを強いられていただろう。


「お願いします……これで〈技能の書スキルブック〉、落ちてください……!」


 ルーチェが手を合わせて祈る。


「……いや、駄目だな」


 俺は首を振り、グリムリーパーの亡骸へと近づく。

 既に奴の仮面は土くれになっていたが、鎌だけはしっかりと残っていた。


 俺は鎌を持ち上げる。


「何もドロップしないよりはいいんだが……欲しかったのとは違う方だな」


 武器ドロップより〈技能の書スキルブック〉ドロップの方が圧倒的に確率が低いため、当たり前ではあるのだが。

 元より、一体で死神狩りが終わるとは思っていなかった。


――――――――――――――――――――

〈魂刈りの鎌〉《推奨装備Lv:60》

【攻撃力:+18】

【市場価値:千五百万ゴルド】

 生者を刈り取る死神の鎌。

 クリティカル率がやや高く、攻撃した対象のMPを減少させる効果を有している。

――――――――――――――――――――


 鎌としてはなかなか強い部類ではある。

 攻撃力は控え目だが、二つの追加効果がかなり強力だ。

 ……まぁ、鎌を使う予定なんてないため、市場に流してお終いなのだが。


「うう……外れドロップ……」


 ルーチェが〈魂刈りの鎌〉を見て悲しげに呟く。


「別に千八百万ゴルドはちゃんと滅茶苦茶大きいからな!?」


 ルーチェの感覚が麻痺している。

 グリムリーパーは本来レアモンスターであって、アイテムドロップ率はかなり良い方なのだが、それでも武器の一本も落ちない可能性の方が普通であれば高いのだ。

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