第77話

「〈毒蜈蚣の小刀〉はしっかり効果があったようだな、ルーチェ」


「アタシも火力の高いクラスではないので、攻撃成功で状態異常を取れるこのナイフはありがたいですね! なんだか一気に強くなれた気がします!」


 ルーチェが嬉しそうに答える。


「少しダメージを受けていたようだったが大丈夫か?」


「ちょっと新武器に燥ぎすぎちゃいましたね……。この先どんな魔物が出てくるのかわかりませんし、一応〈ヒールポーション〉を使っておいた方がいいですかね? あれ結構、効果が出るのに時間が掛かりますし……」


「〈ヒール〉」


 そのとき、ルーチェの身体を白い光が包んだ。

 振り返ると、大杖を手にした、少女が立っていた。

 人の好さそうな糸目をしていた。


「あ、ありがとうございます……えっと……」


「クラス僧侶、メアベルっていうんよ。ウチ、回復クラスだからって連れてこられたけど、まだC級冒険者なんね。よろしく頼むんよ、B級冒険者のお二人さん」


「とはいっても、俺達もまだ上がりたての新人なんだけどな。俺は重騎士のエルマで、こっちは道化師のルーチェだ。こちらこそよろしく頼む」


 大規模依頼レイドクエストは、ちゃんと信頼のおける仲間なのかどうかが大きな問題点となる。

 人数が多ければ、どうしても個人間の人間関係は希薄になる。

 連携は最初から諦めるというのも手だが、勝手に突っ走ったり身勝手なことを騒ぎ立てる冒険者も珍しくない。

 ひとまず大事な白魔法役が信頼できそうな人でよかった。


「まだ〈夢の穴ダンジョン〉にも入っていないのに、貴重な回復役のMPをこんなところで使わせるなよ」


 弓を背負った男が口を挟んだ。

 場の空気が一気に冷えた。


 蛇のような感情の薄い目をした、茶髪の人物であった。

 年齢は三十歳前後といったところか。


 確か、クラス狩人のB級冒険者……ケルトだ。

 今回大規模依頼レイドクエストに参加した冒険者の中でも、かなりレベルが高い方に入る。


「ここは外だから距離も取りやすい。もっと牽制主体に立ち回っていりゃ被ダメージは抑えられたろうに。こんな前座で突っ走る奴は放っておけばいいんだよ。せっかく雇った回復役が、ペース配分もできない奴だとはね」


「やー……すいませんね、ケルトさん。もう少し考えて動くようにするんね」


 メアベルがぺこぺこと頭を下げる。


「結果論だろう。あの数の魔物相手じゃ、まず数を減らすのを優先して攻めに掛かるのは悪いことじゃない。長々戦っていれば、死角を突かれて痛手を受けるリスクが上がるだけだ。少なくとも、わざわざ空気を悪くしてまで口にすることではない。大規模依頼レイドクエストとしても、そっちの方がよっぽど利益のない行動だと思うが」


 俺は間に割って入った。


「何もわかっちゃいないな。この大規模依頼レイドクエストは、かなりの長丁場になる。魔物溜まりモンスタープールの発生もそうだが、主目的は〈夢の穴ダンジョン〉内に何か怪しい痕跡のようなものがないかの調査だ。ただの〈夢の穴ダンジョン〉探索とは違う。意地になって突っかかるなよ、新人が」


 経験年数を盾に、水掛け論に出てこられた、

 今ので確信した。


「……場の主導権を得るために、わざと空気を乱しにきたな」


 俺の言葉に、ケルトがニヤリと笑う。


 ケルトは今の言葉で、回復役の行動に口出しできる空気を作りつつ、他の前衛冒険者達の行動を牽制したのだ。

 回復役は集団戦闘の肝だ。

 回復先を指示できれば、自分ばかりが経験値やアイテムを得られるようにパーティーを誘導することができる。


 ルーチェへの言葉にしてもそうだ。

 前衛が攻めあぐねて、敵の攻撃を引き付ける方へと注力すれば、それで得をするのは後衛から魔物を仕留められる狩人クラスのケルトだ。

 楽に魔物へトドメを刺す回数を増やし、経験値を得ることができる。


「あまり好き勝手言って、人様の印象を悪くするなよ、坊主。先輩冒険者に目ぇ付けられたくねぇだろ? 賢く生きろや」


 ケルトは脅しを掛けるように、俺の肩を強めに叩く。

 それから身体を翻して俺達へと背を向けた。


「さて……今回はアイテムドロップに恵まれてるな。揉めないように、ドロップアイテムはトドメを刺した冒険者がもらうって規定だよな? 遠慮なくいただいてくぜ」


 ケルトが俺達にひらひらと後ろ手を振る。


 ケルトはさっきの戦いでも、かなり魔物へのトドメを取っていた。

 経験値とドロップ稼ぎで弱った魔物ばかりを狙っていたようだ。

 多少は仕方ないにしても少し露骨過ぎる気がしていたが、嫌われても関係ない、というスタンスで割り切っているのだろう。


「……ドロップはアタシのスキルなのに」


 ルーチェがぽつりと零した。


 今回の大規模依頼レイドクエストは、余程の強敵相手でなければ、魔物を倒した人間にドロップアイテムを取得する権利がある、ということになっていた。

 結局そう決めてしまって例外を作らないのが一番揉めにくいのだ。

 ただ、それはそれで、回復役や支援役のクラスばかりが損をする形にはなってしまうのだが……。


「好きにはなれない奴だな」


 だが、ケルトは明らかに場慣れしている。

 プレイヤーの知識もないこの世界の住人が、ここまで世界の仕組みを利用して立ち回れるものなのか。

 この世界で生きる冒険者の知恵を、俺は少し軽視していたかもしれない。


「メアベルもあまり気にするなよ。最初から、難癖付けて威圧するのが目的だったんだ」


「大丈夫やよ。回復役として活動してると、どうしてもああいう人に絡まれる機会は多いから……」


 メアベルは気丈に笑いながらそう口にする。

 それから薄目を開けて、ケルトの背を睨む。


「ああいう人は、ポーズだけ頭下げて、理由付けて回復を後回しにし続けといたら、段々大人しくなるんよ。〈夢の穴ダンジョン〉入ったら、ここほど広くはないから狩人でも経験値稼ごうとしたらどうしてもダメージは受けるし、あのクラスは防御力が低いから」


 メアベルは肩を小さく揺らし、悪い笑みを浮かべた。


「そ、そうか……」


「お二人さんとは仲良くしたいから、よろしく頼むんよ」


「……こちらこそ、是非ともそうして欲しい」


 この世界で長く生き延びてきた冒険者は、俺が思っている以上に逞しい人ばかりなのかもしれない。

 今思えば、メアベルがルーチェに白魔法を掛けたのも、関係の良好な冒険者を確保しておこうと考えての動きであったに違いない。

 あそこのタイミングは、この先のことを思えば確かに〈ヒール〉は早すぎた。

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