第41話
冒険者ギルドの中央で、俺とマリスは剣を構えて立っていた。
軽い力試しのための模擬戦という建前ではあるが、そんな生温いものでないことはわかっている。
打ち合い程度ではきっと終わらないだろう。
これは己の潔癖を示すための……いや、俺がエドヴァン伯爵家から決別するための決闘だ。
「わかっておると思うが、殺すなよマリス。こんなところで死体を出すわけにはいかん」
アイザスの言葉に、マリスは反応を示さなかった。
「……いい片刃剣だな、マリス」
俺はマリスの剣へと目を向けた。
片刃剣、要するに刀だ。
〈マジックワールド〉及びこの世界では、そう称されることが多い。
〈魔刀・
細長く、美しい青みを帯びた刀身が特徴的だ。
攻撃力の補正が高く、剣聖の高ステータスから放たれるその一振りは、リーチと合わさって絶大な威力を発揮する。
二度直撃を受ければ、重騎士の俺でも死にかねない。
はっきり言って、彼女が雑に振り回しただけでもかなりの脅威になる。
「フフ、父様は、キミにプレゼントするために隠れて準備していたそうだね」
マリスが口許を歪め、笑みを浮かべる。
「稽古は幼少以来だな。だが……正直、ここまでお前に嫌われていたとは思っていなかったよ」
ゆらり、マリスの姿が揺れる。
次の瞬間には彼女がすぐ目前へと現れていた。
魔刀の刃が俺へと迫る。
想定していた速さだ。
だが、想像と違うのは、その刃の放つ圧迫感である。
盾越しに受けても命を大きく削られる。
「〈パリィ〉!」
マリスの一撃を剣で受け流し、自身の間合いへと踏み込んで刃を返す。
だが、剣は掠りもしない。
いや、俺が振りかぶったときには既に、こちらの攻撃が届かないところまで移動していた。
「少しは楽しめるみたいで安心したよ、エルマ。何せ、五体満足のキミとの最後のじゃれ合いだからねぇ」
〈パリィ〉で崩しても、こちらの刃が届かない。
リーチと速さの差が開いているのはわかっていたが、ここまで掠りもしないとは思っていなかった。
マリスが刃を振るう。
俺は盾で防ぎつつ、受ける前から後退して衝撃を逃がした。
リーチは脅威だが、刀身が長いため、小回りが利かず動き方が限られてくる。
次の動きを予測さえできれば、ダメージを受けないように逃げ回ることはできる。
しかし、まともな反撃に出られない。
マリスが構えているところに近づけば、彼女の素早さから放たれる斬撃に対応できない。
マリスが振り切った隙に接近しても攻撃が間に合わない。
「ねぇ、どうしたの? ほらほら、ほらぁっ!」
マリスが一方的に攻撃を仕掛けてくる。
対応はできているが、まるで反撃の隙を掴めない。
対応が甘くなった際に、衝撃を逃がし切れずに盾越しにダメージを稼がれていく。
「くだらん意地を張りおって……。マリスは遊んでいるではないか」
アイザスの声が聞こえてくる。
だが、今はこれでいい。
この段階で必要なのは、マリスの動きを覚えることだ。
ただ、知っておきたいのは、遊んでいるマリスの隙ではない。
本気になった際のマリスの隙だ。
俺は敢えて衝撃を逃がさず、正面からマリスの攻撃を盾で防ぐ。
鈍い衝撃が盾越しに走る。
――――――――――――――――――――
【エルマ・エドヴァン】
クラス:重騎士
Lv :41
HP :61/100
MP :41/41
――――――――――――――――――――
……既に、四割削られたか。
俺は素早く盾を下ろし、マリスへと剣を振りかぶる。
「甘いね……そんな動きで、間に合うわけがないのに」
マリスは大きく背後へと跳び……直後、彼女の身体ががくんと傾いた。
驚いたように、彼女は自身の足許を見る。
重騎士のスキル……〈影踏み〉だ。
盾で防いだとき、彼女の影を踏んでおいたのだ。
距離を取って仕切り直そうとすれば、影に引っ張られて体勢を大きく崩すことになる。
俺は隙を晒した彼女へと距離を詰める。
――――――――――――――――――――
〈狂鬼の盾〉《推奨装備Lv:40》
【防御力:+25】
【市場価値:三百万ゴルド】
鬼の顔の彫られた、恐ろしい盾。
盾を用いて相手の攻撃を防いだ場合、同一の相手への次の攻撃に【攻撃力:+8】を付与する。
――――――――――――――――――――
〈狂鬼の盾〉の効果で、攻撃力に補正が掛かっている。
「〈当て身斬り〉!」
至近距離から、彼女の身体の芯を捉え、殴りつけるように剣を振るった。
鈍い手応えがあった。
「ぐっ……!」
重騎士は攻撃力が低い。
だが、今の一撃は多少は効いたはずだ。
余裕振っているマリスに脅しを掛けるくらいはできただろう。
マリスはリーチを活かした大振りを放つ。
俺の追撃を恐れ、とにかく距離を取って立て直すつもりらしい。
俺は素直に〈パリィ〉で受け流しつつ、〈影踏み〉を解除して背後へと退いた。
マリスは打たれた自身の胸部を押さえながら、目を丸くしていた。
自分が攻撃を受けたことに驚いているようだった。
「や、やった……! エルマさんが、直撃を取った!」
「馬鹿な……有り得ん。剣聖と重騎士では、たとえ同レベル帯でもステータスに天と地程の差があるのだぞ……」
アイザスが顔を青くしていた。
実際、こんな小細工が通用するのは一度までだ。
〈影踏み〉で体勢を崩すのだって、マリスが俺をからかって、必要以上に背後へ跳んでいなければ上手く機能はしなかっただろう。
――――――――――――――――――――
〈番狂わせ〉【称号】
パーティーメンバー二名以下、推奨レベルの七割以下で〈夢の主〉を討伐した証。
レベル上の相手との戦闘時、攻撃力・素早さが+15%される。
――――――――――――――――――――
〈番狂わせ〉の速度補正がなければ、先の反撃も間に合わなかったはずだ。
そこにマリスの油断と、スキルを用いた真剣勝負の実戦経験の差が味方して、ようやく一撃届いた形だ。
「本気で来い、マリス。どうせ今ので引き下がるつもりはないんだろう?」
マリスが口の両端を吊り上げる。
「よかったよ、キミがキミのままで。ああ、そうでないと、意味がないんだから。悪いことをしたね、この時間がすぐに終わってしまうんじゃないかと不安だったんだよ」
マリスが構えを変える。
「見せてあげるよ、剣聖のスキルをね」
マリスを乗せることに成功した。
ここからが本当の勝負だ。
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