第23話

 その後、俺達はしばらく〈夢の穴ダンジョン〉内を探索していた。


 ルーチェがいるためレアな魔物の出現率が上昇しているとはいえ、成金ラーナは簡単に出会える相手ではない。

 ただ、成金ラーナが出やすい生成ルートや魔物の配置は、当然〈マジックワールド〉プレイヤーの嗜みとして頭に入っている。

 今日の間に一体……いや、二体は狩れるはずだ。


「ふっ!」


 俺は襲い掛かってくる箱型の魔物の体当たりを盾で防ぎ、素早く身体を密着させてから〈当て身斬り〉で弾き飛ばした。

 紫色の箱が吹き飛んでいく。


「よし、ルーチェ、今の間に逃げるぞ!」


「は、はいっ! トドメさせそうですけど、いいんですよね?」


「ああ、余計な戦闘は控えた方がいい。あいつは今回のターゲットではないし、下手に追い詰めると他の魔物を呼び始める」


 箱の魔物は正式な名前をトイボックスという。

 一定ダメージを与えると、箱が開いてシンバルを持った悪魔が出てきて、大音響を鳴らして仲間を引き付けるのだ。

 そこまで足は速くないため、相手の体勢を崩せば振り切るのは容易である。


「ふう……悪いな、俺の足が遅いせいで二度手間になって」


「いえいえ、そんな……。で、でも、本当にこのまま成金ラーナだけを目標に絞っていていいんですかぁ? エルマさんの安定感凄いですし、ツギハギベアのときみたいに他の魔物を倒していけば、今日中にあと三つくらいはレベルを上げられそうな気もするのですが。その間にまた、何かアイテムがドロップするかもしれませんし……エルマさんなら、経験効率のいい魔物や、いいアイテムを落としてくれる魔物もわかっているんですよね?」


 確かにルーチェ視点では、そう思えてならないだろう。

 一日でレベルが八つも上がった時点で、彼女からしてみれば大収穫なのだ。

 ここから運頼みのレアドロップで一攫千金なんて夢のような話を追うよりも、さっきまで同様に堅実にレベルを上げてドロップアイテムを狙いたいと思うのは当然だ。


 ただ、〈マジックワールド〉ではレベル上の魔物を倒せさえすればレベル自体は簡単に上げられるので、知識さえあれば、低レベル帯で一気にレベルを上げることは別に難しくない。

 俺が〈影踏み〉で安全にパワーレベリングを行えていることも大きいが。

 今回が特別上手くいっているというよりも、単にこの世界が上手く情報共有を行えていないが故に効率の悪いレベル上げを行っている冒険者が多い、というだけだ。


「ただ、それならこの〈天使の玩具箱〉を狙う必要はなかったんだ。単に堅実なアイテム集めやレベル上げなら、もっといい場所がいくらでもあった。それに、なかなか見つからないのは織り込み済みだ。後一日限界まで探して、ようやく二体といったところだろう」


 しかし、それだけ成金ラーナには狙う価値がある。

 今の俺達のレベル上げと金策の最適解は、成金ラーナを狩り続けることだ。

 しばらく近くの村から〈天使の玩具箱〉に通って、成金ラーナが尽きるまで狩りを続けてもいいくらいだ。


「ルーチェがそうしたいというのなら、仲間の意思は尊重するが……もう少し、続けてみないか? 魔物を狩りながら並行して行いたい、というのならそれでもいい」


 まあ、根気のいる作業なのは間違いない。

 元よりルーチェはそう簡単に成金ラーナに会えるとは思っていないようであるし、遭遇しても倒せるのかどうか疑問に感じている節がある。


 俺の知識もどこまで当てになるのかは怪しい。

 マッドヘッド戦でも、ゲームなら余裕を以て避けられたはずの攻撃が、相手への恐怖と俺の剣の未熟さのせいでギリギリだった場面があった。

 ゲームのように『最効率で動けば可能なはずだ』という考え方は、あまり盲信しない方がいい。


 そうでなくても、仲間の考えは尊重しておくべきだ。

 知識やレベルの優位性があるからとああしろこうしろと一方的に命じていれば、父親やクラインと同じだ。


「あ! いえいえいえ! ちょっと言ってみただけなので、勿論、アタシはエルマさんに従いますよ! 少し気になったので、あの、聞いてみたくなっただけといいますか……!」


「そうか? あまり遠慮はしないでくれよ」


 ……クラインのパーティーでは扱いが悪かったようなので、そのときの卑屈さがどうにも残っているように思う。


「百でも千でも、成金ラーナを狩りましょう! アタシ、やってみせますよ!」


「……やる気があるのはいいことだが、そんなに狩ったらロンダルムの物価がとんでもないことになるぞ」


「そ、そんなに成金ラーナって凄いんですか? 噂にはよく聞きますけど、実際に成金ラーナを狩った人なんて、見たことがないものでして」


「ああ、だから俺も奴に狙いを絞ってるんだ。だが、幸運力を高めても簡単に会える魔物ではないから、不安になってきたり不満が出てきたりしたら、いつでも言ってもらえた方が……」


 俺がそう話していた、まさにそのときだった。


「ゲコッ、ゲッ、ゲコッ」


 カエルのような鳴き声が聞こえてきた。

 俺とルーチェが同時にそうっと振り返ると、曲がり角からぴょこっと、黄金の輝きを放つラーナが跳び出してきた。

 前足でポリポリと頭を掻いている。


 お、思っていたよりも出現が遥かに早い!?

 あと数時間は初遭遇まで粘る必要があると思っていたのだが、やはりルーチェの初期幸運力がかなり高い値を引いているとしか思えない。


 幸運力に依存するスキルを百回程使って幸運力を逆算する方法もあるので、今度機会があったらルーチェに試してもらうのもいいかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る