10

 安心したのか、嬉しかったのか、自分の命に諦めがついたのか、今では思い出せない。僕は彼女に縋るように泣きじゃくっていた。


 その日から今まで、毎夜のデートは続いている。そして、きっとこれからも続くのだろう。


「あ、ほらあれ。懐かしいね」


 言いながら彼女は遊歩道を外れ、川へと駆け下りて行く。僕も小走りで追いかける。


 彼女が目指したのは川を横断するように設置された飛び石だった。等間隔に設置された大人の肩幅より一回りくらいの大きさの飛び石。今の僕なら少し歩幅を広げれば歩いて渡れるけど、小さい子供、小学生低学年くらいなら、ジャンプしないと次の石へと飛び移れない。足を踏み外せば川に落ちてしまうかもしれないというスリルが楽しいのか、この飛び石は子供たちの恰好の遊び場になっている。元々は増水した際などに大きいゴミや流木が下流に行ってしまわないように塞き止めるために作られたのかもしれないが。


 僕と彼女も例に漏れず何度も飛び石を渡り、川を横断した覚えがある。


 彼女が飛び跳ねるように、軽い足取りでステップを踏むように飛び石を渡ってゆく。川の真ん中辺りまで渡ったあたりで止まって、こちらを振り向いた。


「大丈夫? 怖くない?」


 川の流れの音にかき消されないようにと、彼女は少し大きな声で小さな子供を心配するように僕に問いかける。


「怖いわけないだろ。もう子供じゃないんだから」


 言いながら僕は足を踏み出す。怖くないと言ったものの、彼女のように軽々とは飛び移れず、石に飛び移る度に両足を揃えて体勢を整えた。

小さい頃、川の中から何かの手が伸びてきて、川底へ僕を引きずり込むんじゃないかと想像したのを思い出した。


 僕が真ん中に着くよりも早く、彼女は既に対岸へと渡り終えていた。急ぐために彼女の真似をして軽く飛び移ってみようと思ったが、もし足を滑らせたら寒そうだなと考えてやめた。


 渡り終えると彼女は川の縁、コンクリート製の段差に腰を下ろした。僕もそれにならい、隣に座る。着込んでいる僕ですらお尻が冷たいけど、夏仕様の薄いスカートだけの彼女は大丈夫なのだろうかと少し気になった。


「幽霊って信じる?」


 先に口を開いたのは僕だった。昨日はしなかった行動。これで彼女の何かが変わるとは思っていない。ただの気まぐれだ。

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