第78話 おまけ・発情兎
俺は朝食の準備をし、瑞樹はコーヒー片手に新聞を読んでいる。
朝が弱いくるみちゃんはまだ眠っている。
そんな、いつもの朝。
「そろそろくるみちゃんを起こしてきてくれ」
「分かった」
瑞樹が上機嫌にくるみちゃんを起こしに行く。
中々起きないくるみちゃんを起こすことが、瑞樹の毎朝のルーティンだ。この役目は俺には絶対譲らないと宣言している。
別に奪う気もないが。
瑞樹がいつものようにくるみちゃんの部屋に入って、
「ちょ、ちょっとくるみ!?」
いつもとは違う悲鳴が聞こえた。
何が起こった?
瑞樹の声の感じからして、困惑こそしているものの、命の危険を伴うようなものではなかったから急ぐ必要はないだろう。
朝食の準備を止めて台所で手を洗い、タオルで手を拭いてから、俺もくるみちゃんの部屋へと入った。
「……んん?」
おかしなことになっている。
ベッドに瑞樹が仰向けに倒れており、その上にくるみちゃんが覆いかぶさっていた。
くるみちゃんが瑞樹を襲おうとしている……?
「ウラシマさん、おはよー!」
くるみちゃんは百合百合しい状況を気にする様子もなく、勢いよく起き上がって抱き着いてくる。
妙にスキンシップが激しい。
彼女は明るくて元気な少女であるが朝は苦手としており、寝起きはダウナー気味だ。にもかかわらず今日は朝っぱらから元気たっぷりだ。
「どうした?」
「ん~」
くるみちゃんがまとわりついてくる。
まるで己の匂いをすりつけるように身体をこすりつけるようだ。
異常だ。いつもとまるで様子が違う。
「顔を洗ってきな」
「はーい!」
バタバタと音を立てながら洗面所へと向かって行った。
くるみちゃんに何があったのかはよく分からないが、少なくとも聞き分けはいいらしい。
「なんだあれ」
「さぁ……?」
瑞樹はベッドの上で、心ここにあらずといった感じで仰向けになっている。
彼女にとっては朝っぱらから刺激が強すぎたのかもしれない。
それはそれとして、一つ言っておくべきことがある。
「へそ、見えてるぞ」
瑞樹が奇声を上げて、近くにあったくるみちゃんの枕を投げてきた。
◆
その日の夜。
俺と瑞樹はリビングでホットココアを飲みながら、心を落ち着かせようとしていた。
「大丈夫か?」
瑞樹は見るからに憔悴していた。
ホットココアを口にしながら今日のことについて話し始める。
話す内容はもちろんくるみちゃんの異変についてだ。
学校でも油断をすると急に首筋を舐められたりして、それはもう大変だったらしい。
「そのまま襲ってしまおうと何度思ったことか」
話していると今日のことを思い出したのか、顔を赤くしながら身体をプルプルと震わせている。
「災難だったな」
「まぁ……嫌じゃ、なかったけど」
確かに瑞樹としてはくるみちゃんが積極的になることは喜ばしいことだ。
だが突然の変化についていけず困惑しているという感じか。
「はぁ」
瑞樹がため息をつく。
その吐息は妙に色っぽくて、彼女の欲求が溜まっていることを示していた。
――ガチャッ。
扉の開く音が聞こえた。
瑞樹がビクッと驚いて身体を硬直させる。
「2人ともまだ起きてたの?」
くるみちゃんが眠たそうにまぶたを擦る。
「ココアだー、いいなぁ」
瑞樹の隣に座りながら言う。
「私にもちょうだい」
瑞樹がコップごとホットココアを差し出すと、くるみちゃんが首を振った。
「口移しで飲ませてよ!」
「……えっ?」
この子は何を言っているのだろうか。
瑞樹も目を丸くしている。
無反応を拒否と解釈したのか、今度は俺に頼んできた。
「じゃあウラシマさんにお願いしようかな」
「分かった、分かったから!」
瑞樹がやけくそ気味に頷いた。
カップを手にとり口元に近づける。
少し逡巡した様子を見せるが、すぐに決意の顔になってホットココアを口に含んだ。
「おぉ……」
実態はともかく、俺の目の前で2人の美少女が熱い口づけを交わす光景が繰り広げられている。
ゴクリと飲み込む音が聞こえた。無事ホットココアの口移しを完了したらしい。
だがくるみちゃんが離れる様子はなく、むしろより積極的になる。
瑞樹の口の中を吸いつくすかのようだった。
「んん~!?」
瑞樹が声にならない悲鳴をあげている。
互いにまともな状態で、合意の上で、俺の目の前じゃなければ自由にやってくれたらいいと思う。
瑞樹の合意は簡単にとれるだろうが、今はまともな状態でもないし俺の目の前だ。さすがに見て見ぬフリはできない。
「そこまでだ」
くるみちゃんのパジャマの首根っこを掴んで持ち上げる。
不満げにジタバタと暴れている。
「早く寝ろ」
「いやん」
強引にくるみちゃんをベッドの上に放り投げた。
くるみちゃんの部屋の扉を閉めてリビングのテーブルへと戻れば、瑞樹は放心状態だった。
椅子の背もたれにだらんと身を預けている。
半開きの口からはヨダレが零れていた。
くるみちゃんの濃厚なキスによって完全に腰砕けにされたらしい。
「ハッ!?」
瑞樹が我に戻る。
口から垂れたヨダレを拭いながら姿勢を正した。
「助かったわ」
「もっとしたかったんじゃないか?」
「バカにしないで。今のくるみにつけ込んで何かをする気はないから」
今のくるみちゃんはおかしい。
その原因に、一つ思い当たることがある。
「くるみちゃんは……発情期だ」
「は?」
何をバカなことをと言いたげな蔑んだ目で見てきた。
美人な瑞樹にそんな目で見られると新しい扉が開いてしまいそうになるが、それはともかく、俺は俺なりに確信をもって発言している。
「ヴェノムの因子が目覚めたことで、くるみちゃんにはさまざまな影響が出ている」
「その一つとして発情期ができたってこと?」
「あぁ、そうだ」
「そんなこと、ある訳が……」
瑞樹は否定しようとして途中で止まる。
俺の言葉に一理あると思ったのだろう。
「ただ本来は今ほど極端にはならないかもしれない」
「どういうこと?」
「くるみちゃんは不安なんだよ。ヴェノムと混ざっていると知らされて動揺しないはずがない。自分が揺らいだはずだ。だから彼女は強いつながりを求めている」
「それは……」
依存のようなものだ。
発情したくるみちゃんの求めに応じて不健全な形で繋がったところで、どちらにとっても良い結果にはならないだろう。
「くるみちゃんが発情したとしても、俺たちは我慢しなきゃならない」
「でも我慢できなくなったら……?」
「そのときは俺のところに来い。なんとかしてやる」
「なんとかって……どうやって?」
「そうだなぁ、一緒に思いっきり身体を動かして発散しようか」
「そ、それって……つまり、私とウラシマで……そういうこと、なの?」
「ん? あぁ、そういうことだ」
具体的に何をするかは決めていないが、2人で筋トレやランニングをしてもいいだろう。あるいは戦闘訓練をしてもいいかもしれない。
いずれにせよ身体を動かすことで、悶々とした気持ちはスッキリさせられるはずだ。
「2人でスッキリしよう」
「ッ!」
「くるみちゃんには悪いが、瑞樹と運動するのも楽しみだな」
「~~ッ!」
◆
瑞樹の致命的な勘違いは正されぬまま、2人の会話は終了する。
そして――くるみの発情期は1週間続いた。
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