第67話 越山ドーム突入

 越山ドームへの突入は最小限のメンバーで行われる。

 俺、瑞樹、源空寺朱美(レッドソード)、蒼城流子(アイスシールド)と、もう一人を加えた5名だ。

 ドーム内にいるヴェノムの量を考えると少なすぎるだろう。

 だが余計な人員はむしろ邪魔でしかない。

 今回の作戦の目標はドーム内のヴェノムの殲滅ではない。

 主な目標は2つ。特異級ヴェノム・雪女の討伐とくるみちゃんの奪還だ。

 特異級ヴェノムの討伐は主に俺が担当し、くるみちゃんの奪還は他の4人が担当する。

 やるべきことは明確だ。


「準備はいい?」


 越山ドームを前にして、グリーングラスが俺たちに問う。

 彼女はドームの中には突入せず、傍で待機する係だ。

 不測の事態や、ドームからヴェノムが出てきた際に対応するための防衛メンバーの指揮を担う。


「無理ぃぃぃ!」


 俺たち突入班5名も、防衛班の多数の魔法少女たちもグリーングラスの問いかけに頷く。

 だが一人だけ否を唱えた人物がいる。

 ウォーちゃん(アイソレートウォール)だ。何度も無理無理と叫んでいる。

 周囲の魔法少女たちは呆れ顔だ。


 ウォーちゃんの存在は今回の作戦の要とも言える。

 ドームの壁に俺たちが入れるだけの穴を開け、いざというときにはその壁を塞ぐ必要があるからだ。

 イヤイヤと首を振る彼女の前に立ち、その目を見据えながら言葉をかける。


「頼りにしているぞ、ウォーちゃん」

「無理ぃぃぃ」


 叫びながら頭をくしゃくしゃしてしゃがみ込んだ。

 大丈夫なのだろうか?


「いつもこんな感じだから大丈夫よ。文句を言いながらやるべきことはやるから」


 実際ドーム防衛戦の際も、ずっと無理無理と叫んでいたが、やるべきことはしっかりやってのけた。

 ウォーちゃんのことはグリーングラスに任せれば大丈夫だろう。

 グリーングラスの足に縋りついて泣きわめいてるウォーちゃんを見ていると、蒼城親子の会話が聞こえてきた。


「ドームの中では絶対に私から離れちゃダメよ?」

「言われなくても分かってる」

「こんなときぐらいは素直になってほしいわね~」

「うるさい」


 瑞樹がムスッとして反抗期な少女の反応を見せている。

 でも母親の流子とは踏んできた場数が違う。どれだけ塩対応をされようと、彼女の笑顔は崩れない。


「あらあら、母親に向かってそんな口を利くのなら私にだって考えがあるわ」


 笑顔の流子と目が合う。

 嫌な予感がする。

 流子が俺の元まで歩いて来たかと思えば、そのまま俺の胸によりかかってきた。


「何してるの!?」

「さしずめ私は娘の彼氏にちょっかいを出すおばさんってところかしら」


 俺の顔を見上げながら茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

 流子は瑞樹の母親なだけあって、瑞樹に負けず劣らずの美人だ。

 そんな2人の一番の違いは、自分の魅力を理解しているかどうかだろう。

 流子はどう振舞えば自分がより魅力的に見えるか、男を誘惑できるかをよく理解している。


「か、彼氏じゃないから」

「あら? お付き合いしているから一緒に暮らしているんじゃないの?」

「ッ!?」


 くるみちゃんとの同棲生活を続けるために、瑞樹は俺と交際していると流子に嘘をついている。

 その嘘に流子は気がついているが、知らないフリをして娘をからかって遊んでいるのだ。


「前から思っていましたが、ウラシマさんはイイ身体をしておりますね」


 そう言いながら、俺の胸を撫でるように触ってくる。

 くすぐったい。


「娘は筋肉質な男性が好きですから、娘の気を引きたければ今の体型を維持してくださいね」

「お母さんまで!? 別に私は筋肉好きじゃないから」

「あら、自分じゃ気がついてなかったの?」

「えっ?」

「街中で見かけたらいつも目で追ってるじゃない」

「……」

「あらあら」


 瑞樹が押し黙る。

 以前にくるみちゃんも同じようなことを言っていた。

 瑞樹自身は自覚がないのかもしれないが、どうやらマッチョ好きであるらしい。


「ねぇ瑞樹」


 真剣な顔で流子が娘の名を呼ぶ。


「私は昔このドームに入った経験があるわ。中の様子は当時とあまり変わってはいないと思うけれど、入ってみなければ実際のところは分からない。何が起きるかは分からないの。だから、絶対に傍から離れないでね」

「……分かってる」


 瑞樹が素直に頷いた。

 その様子に満足して流子が去っていき、源空寺に話しかけた。

 今か今かと突入を待ち構えている源空寺を落ち着かせている。


「私は……弱い」


 瑞樹は流子たちの姿を見ながら唇を噛んでいた。


「瑞樹は努力している。いつかきっとあの人たちに並べる日が来るさ」


 瑞樹は強くなることに熱心だった。

 俺の魔力を注ぐ特訓方法を教えてからは、毎日欠かすことなくその特訓を行っている。

 お陰で彼女の魔力量や制御能力は出会った頃よりも遥かに成長していた。

 だがそれでも、ドームに突入する魔法少女としては力不足が否めない。


「うん。でも今は……無茶はせず、自分の身を守ることに徹する」

「それでいい」


 くるみちゃんのことが心配なはずだ。今すぐにでも助けに行きたいはずだ。

 だが彼女一人の力ではそれを成せないことを理解している。無謀な独りよがりの行動をとる恐れはないだろう。

 やるべきことを弁えている。俺は瑞樹の頭を撫でた。


「……」


 出会った頃は少しでも近づけばトゲを向けてきたが、今はこうして頭を撫でさせてくれるようになった。

 それだけ彼女の信頼を勝ち取れたということだろう。

 しばらく瑞樹の頭を撫でていると、


「あらあら、うふふ」


 流子の温かい目に気がついた瑞樹が、慌てて俺の手をはらいのけた。




    ◆




 少し離れた場所で静かに立つ少女がいる。

 彼女はサンダーアサシン。

 サンダーファントムの弟子の一人であり、実の妹でもある少女だ。

 『初代組』に匹敵する実力の持ち主であるらしい。


 だが、そんな情報よりも印象に残ることがある。

 どう見ても忍者だ。

 黒い忍者装束を身に纏っており、背中には黄色い稲妻が大きく描かれている。

 闇夜では、その稲妻だけが浮かんでみれるかもしれない。

 忍ぶ気があるのかないのかよく分からなかった。

 彼女は静かに目を閉じて精神統一をしている。


「なんでござるか?」


 目を閉じたまま彼女が尋ねてきた。

 ござる口調だ。

 明らかに忍者な見た目をしている彼女であるが、別に忍者の里出身という訳ではない。

 普段は普通の喋り方をするらしく、魔法少女になったときだけござる口調を使う。


 一種の暗示なのだろう。

 ただの少女としての日常とヴェノムと戦う魔法少女としての非日常の切り替えだ。

 『魔法少女に変身する』というのも似たような暗示の効果があるだろうが、彼女はそこに加えて更に忍者になり切っているようだ。


 口当てと頭巾で顔の大部分が隠されている。

 目も閉じられているため、感情を読み取ることができない。

 だがそのまぶたの裏で、怒りが静かに燃えているはずだ。


「お前は、やるべきことを弁えているか?」

「当たり前でござる。壱牧くるみを奪還することでござろう」


 くるみちゃんは魔法少女の中でも特殊な存在だ。

 彼女の身体はヴェノムと混ざっている。

 『魔女』もくるみちゃんの扱いに困ってはいるようだが、少なくとも敵の手に渡ったままにすべきではないという結論が出た。

 だから仮に、俺が特異級ヴェノムを倒せなかったとしても、最低でもくるみちゃんは奪還する。

 それが今回の作戦だ。


「あの中にはお姉ちゃんの仇がいるでござる」


 サンダーアサシンが目を開き、憎々しくドームを睨む。

 特異級ヴェノムはサンダーファントムを、彼女の姉を殺した。

 俺はサンダーファントムとはそこまで交流がない。

 ドーム防衛戦の後に少し話したぐらいだ。それも彼女が酷く眠たそうだったから、軽い挨拶程度で終わった。

 だからサンダーファントムが殺されたこと自体は、俺の心にあまり影響がない。


「絶対にお姉ちゃんの仇を取ってほしいでござる」


 それでも、深い怒りと悲しみを目に宿すサンダーアサシンを見て、特異級ヴェノムを討つ理由がまた一つ増えたと思った。




    ◆




「頼む、グリーングラス」


 グリーングラスが頷き、ウォーちゃんに命令する。

 未だに無理無理と連呼する彼女を叱咤し、ついにウォーちゃんも覚悟を決めた。

 大人が通れる程度の穴が空く。


「……」


 ヴェノムが出てくる気配はない。どうやら穴の近くにはヴェノムはいないらしい。

 俺たち5人は互いに頷き合う。

 そして、越山ドームの中へと突入した。

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