第46話 熱狂的なファンたち

 レッドソードの戦い――正確にはレッドソードのキス――の後、それはもう大変なことになった。

 観客席にいた魔法少女たちの暴動がおこったのだ。

 ブーイングの嵐は可愛いもので、なんと彼女たちは俺に向かって魔法を放ってきた。威嚇ではなく殺意マシマシの魔法だ。

 しかもレッドソードや近くにいたくるみちゃんたちには当たらないように制御されていて、確実に俺だけを殺りにきていた。


 俺だからこそ無傷ですんだものの、多分くるみちゃんや瑞樹が俺の立場だったら捌ききれずに大怪我をおっていたはずだ。

 魔法少女たちの倫理観はどうなっているのか。厳重に抗議したい。


 なんとか無事に逃げ切った後、ネシーやつるちゃんと別れた。

 くるみちゃんはまだ俺を案内したりない様子だったが、今は状況が悪いから一旦家に戻るべきという結論になった。

 出口に向かうべく、3人で城の通路を歩く。

 少し後ろに距離をとって、俺たちとは離れて歩く瑞樹に声をかけた。


「ものすごく居心地が悪いんだが」


 すれ違う者たちは俺に気がつくと睨みつけてくる。

 異世界に召喚される前に通っていた高校で、同じクラスの女子二人に二股をしていたことがバレたイケメンが似たような目で女子に見られていたことを急に思い出した。

 いつも爽やかだったイケメンも、そのときばかりは居心地が悪そうに縮こまっていた。


「あのレッドソードとキスをした以上は仕方ない。自業自得ね」

「俺は悪くないだろ?」


 二股イケメンとは違って俺はなにも悪いことはしていない。むしろ巻き込まれただけの被害者だ。


「ウラシマがそう思うならそうなのでしょう」

「物言いに棘があるぞ」

「レッドソードは私の憧れだから。腹が立たないはずがない」

「あの人は相当慕われているみたいだな……」


 たかがキス一つで多くの魔法少女たちが俺を敵視するようになった。

 レッドソードの年齢は外見から判断するに20代後半だろう。そんな彼女がキスをしたぐらいで騒ぎすぎだ。

 異常である。

 レッドソードのことをアイドルかなにかと勘違いしているのはなかろうか。


「あの人は素晴らしい人だから。レッドソードがウラシマとキスするぐらいなら、私がウラシマとキスする方がよほどマシ」

「だったら瑞樹ちゃんがウラシマさんとキスしちゃえば?」

「……えっ?」


 瑞樹が立ち止まり、俺とくるみちゃんも歩みを止めた。


「キスのリセットだよ瑞樹ちゃん。今のウラシマさんはレッドソードとキスをした状態だよね。でもそこで上書きすれば、レッドソートのキスは無かったことになるの」


 なんだそのとんでも理論は。

 くるみちゃんは無駄に自信満々だ。


「リセット……なるほど」


 瑞樹がこっちを見た。

 いや、正確には俺の唇を見ているようだ。

 くるみちゃんの謎の自信にあてられたのか、瑞樹までバカな理論を真面目に検討している。

 勘弁してくれ。


「……」


 瑞樹はチラッと俺の唇を見ては首を振って俯く。

 その繰り返しだ。何度も同じような動作を繰り返している。


「じゃぁ私が上書きするね。むちゅ~」


 くるみちゃんが口をタコのように突き出して近づいてくる。


「むぎゅっ」


 親指が右頬、残りの手が左頬にくるような形で、くるみの両頬を掴んだ。


「いい加減にしろ。瑞樹も真面目に検討するなよ。起こってしまったことは何をしたところでリセットできない」


 現実にリセットボタンは存在しない。

 瑞樹はチラリと再び唇を見て、目線を下に落とす。


「それなら……二度とレッドソードとはキスをしないと誓って」


 レッドソードは美人だ。

 バトルジャンキーな雰囲気はあったが、多くの魔法少女に慕われているだけあって、普段の性格は良いのだろう。

 理由はともかくとして、そんな女性から好意をもたれるというのは悪い気分ではなかった。


「誓うよ」

「……いいの?」


 俺があっさりと誓ったことに驚いているらしい。

 適当に出まかせを言った訳ではない。


「俺は二度とレッドソードとキスをしないし恋愛関係にもならない。それでいいか?」

「まぁ、そこまで言うなら仕方ない」


 どうやら納得してくれたらしい。ホッとする。

 ファン心理というのは恐ろしいものだ。

 妹の亜里沙はとある男性アイドルグループのファンだったが、彼らのことをバカにする発言を聞かれたときは本気で怒られた。

 ファンは刺激してはならない。男子高校生だったときに頭に刻み込んだ教訓だ。


「ところで、どうしてこんなところでジッとしているの? 早く帰りたい」


 立ち止った原因は瑞樹にあるのだが、知ったことかと言わんばかりに先頭を歩き始める。


「急に元気になったな、あいつ」

「それだけウラシマさんの言葉が嬉しかったってことだよ」

「相当ガチなレッドソードファンだよなぁ」

「ん~、そこじゃないかも?」


 少し離れたところから瑞樹が俺たちを呼ぶ。


「グズグズしないで。置いていくわよ!」


 慌てて彼女を追いかけた。




    ◆




 俺たちは城の出口にたどり着く。

 道中でたくさんの魔法少女とすれ違ったが、瑞樹が彼女たちを睨み返して防波堤になってくれたので、レッドソード事件による被害は思ったよりもマシだった。


「色々あったが、ようやく出られるな」


 城から出ようとした瞬間、警報が鳴り響いた。


「なんだ?」


 まさか俺が外に逃げるのを防ぐための警報だったり……いや、違うか。

 周囲の魔法少女たちが一斉に真剣な表情になって放送に耳を傾けている。


『ドーム警報、ドーム警報』


 隣にいる瑞樹の息をのむ声が聞こえた。


「一体何が――」

「静かに」


 放送を聞くように注意される。


『場所は――越山ドーム』


 同じ内容のアナウンスがもう一度放送されて警報は止まる。

 それと同時に魔法少女たちが一斉に騒めきだす。慌ててどこかへ走って行く者もいた。

 非常事態であることは明らかだ。

 事情を聞こうと瑞樹に目を向ける。


「ッ!?」


 くるみちゃんの様子が尋常ではなかった。

 腕で自分の身体を抱きしめるようにしながらうずくまっている。顔面も蒼白になって血の気がひいていた。

 全身を震わせながら、苦し気に呻く。


「うぁっ……ぁ、ぁ」

「大丈夫よ、くるみ。私が傍にいる」


 うずくまっているくるみちゃんに対して、瑞樹は横から抱きしめて優しく背中をさする。

 どうやら瑞樹はくるみちゃんに何が起きたのか理解しているようだ。


「なぁ、瑞樹。くるみちゃんに何が――」

「動揺しているだけ」


 質問を遮って答えた。


「くるみのことは私が見ておく。ウラシマはウラシマのやるべきことをなして」

「俺のやるべきこと?」

「おそらくレッドソードのかわりに――」

「少しいいかしら?」


 声をかけてきたのは『魔女』の幹部であるグリーングラスだった。

 グリーングラスと彼女の背中に隠れて妙におどおどしている女性の2人が近づいてくる。


「私とくるみは医務室に行く」

「おい瑞樹」

「後のことはよろしくお願いします」


 瑞樹はグリーングラスに頭を下げた。

 くるみちゃんの身体を支えながら、ゆっくりとした足取りで医務室へと向かう。

 俺にとっての最優先はくるみちゃんと瑞樹の2人だ。

 くるみちゃんの様子がおかしい以上、彼女の傍にいてあげたい。

 だがくるみちゃんを誰よりも大事に思っている瑞樹が、俺にはやるべきことがあると言った。


「俺のやるべきこと……か」


 それはきっと、くるみちゃんが望むことでもあるはずだ。

 いつまでも迷っている訳にもいかない。

 俺は俺のやるべきことをやる。


「話を聞かせてくれ」


 瑞樹の反応を見る限り、俺のやるべきことにグリーングラスが関わっているはずだ。まずは彼女の用件を聞こう。

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