第38話 古井コガレ

 『魔女』の本部へ移動するときの魔法の感覚を懐かしいと感じた。

 異世界に召喚されたとき、あるいはこっちの世界に戻されたときの感覚に近い。単に距離を移動するだけでなく、全く違う空間に引き寄せられるような感覚がある。

 これは召喚魔法か?

 電車にいたはずの俺たちは気がつけば外にいた。


「凄いな」

「でしょー?」


 魔法少女の姿になっているくるみちゃんが自慢気に胸をはる。

 電車に乗る前は昼過ぎだったのに辺りは暗い。

 魔法の影響で時間が飛んだのか? あるいは地球の裏側にでも召喚されて夜になったのか?

 どれも違う気がする。


「これは亜空間か?」

「さすがね。そこまで分かるとは」


 これだけの広範囲な亜空間を作り出して魔法少女たちの本拠地を作り、地下鉄を通して全国の魔法少女たちが行き来している。

 『魔女』の力を侮っていたかもしれない。これだけの魔法を俺一人だけでは維持することはできない。

 心のどこかで彼女たちの魔法は、異世界で戦ってきた俺の魔法より劣っていると思っていたのかもしれない。認識を改める必要がある。


「しかしまぁ……ハリ〇タかよ」

「あはは」


 電車にのって魔法使いたちの本拠地へと移動し、その先には巨大な洋城がある。ほとんどハリ〇タじゃないか。くるみちゃんも否定できないのか苦笑いだ。


 闇の中、巨大な洋城からは中の照明が漏れ出ていた。その光は少し離れたここにまで届いており、城までの道を照らしている。

 道中には何人もの魔法少女の姿が見える。彼女たちも城に行くようだ。


「ここだと魔法少女に変身しないといけないのか?」

「絶対って訳じゃないけど変身している人は多いかなぁ。特別な場所って感じがするから元の姿でいるのが気恥ずかしいんだよ」


 ある意味で制服みたいなものなのかもしれない。

 いつも制服で通っている学校に私服で訪れたなら違和感があるようなものだ。


「俺も仮面を被るべきか」


 俺はくるみちゃんたちと違って魔法少女に変身する必要はない。変身しなくても十二分に魔法が使えるからだ。

 ただ魔法おっさんとして活動するときはいつも仮面を被っていたから、仮面を被るべきかと思ったが、2人の反応は悪かった。


「ウラシマさんは素顔の方がいいよ」

「『魔女』に喧嘩を売りに行く気?」


 くるみちゃんは俺の仮面が余り好きではないようだ。

 カッコいいと思うんだが……。

 割と気に入っていた仮面なのだが、若い女の子の感性には合わないらしい。

 ショックだ。ジェネレーションギャップというやつだろうか。

 俺は肩を落としてとぼとぼと歩いた。


「もうすぐ着くよ」

「門の前に誰かいるな」

「誰だろう?」


 巨大な門の前に2人、小柄な女の子と大人の女性だ。

 静かに立っている女の子と、その斜め後ろに付き従うように立っている女性。まるで主従の関係にあるかのようだった。


「ホーリーガールとグリーングラス!?」

「どうしてあの人たちがここに……まさかウラシマが原因?」


 くるみちゃんたちが驚いている。どうやら2人は相当な大物らしい。

 そのうちの一人、女の子の方は俺にも見覚えがある人物だ。


「確か……古井コガレだったか?」

「はい。よろしくお願いしますね、ウラシマさん」


 おかっぱの似合う和風な美少女が朗らかに笑う。

 魔法少女としての衣装は着物をベースとしており、背後の洋城にはそぐわぬ日本風の衣装だ。


「ここではなるべく魔法少女名で呼ぶように」

「あぁ、いや、悪かった」


 眼鏡の女性に注意された。

 テレビで見た人物が現れたものだから、ついその名前を呼んでしまったが、余りよろしくないことだったのだろう。


「ちょっとした慣習みたいなものです。私が先にウラシマさんと呼んでいますし、あまり気にする必要はありません」

「甘くないかしら?」

「そもそも自己紹介もしていませんし。改めまして――ホーリーガールです。どうぞよろしくお願いいたします」


 歳は14でまだまだ子どもの彼女だが、丁寧にお辞儀する姿に品格が感じられる。

 彼女のような人物こそ、本当のお嬢様なのだと思った。隣にいるポンコツお嬢様とは格が違う。


「こちらこそよろしく。もう知っているかもしれないが俺はウラシマだ。魔法おっさんと名乗ってもいる」

「ちょっとウラシマ!」


 隣にいた瑞樹が俺を肘で小突きながら小さい声で注意してくる。


「あの人は凄い人だから。もっと敬って」

「そうは言ってもまだ子どもじゃないか」

「年齢なんて大した問題じゃない、馬鹿なの?」


 小声で言い争っているとクスクスと笑い声が聞こえた。


「とても仲がよろしいのですね」

「ひっ!」


 古井コガレ――いや、ホーリーガールが微笑み、なぜか瑞樹は怯えて後ずさった。可愛らしく笑っているだけなのに、どこが怖いのだろうか。


「ウラシマさん、あなたに一つ尋ねたいことがあります。構いませんか?」

「俺に答えられることなら答えよう」


 軽い気持ちで頷いたのだが、ホーリーガールが笑顔から一転、真剣な顔になる。

 そして両手を胸の前に組んで、目をつぶりながら祈るように目を閉じた。

 財閥の社長の娘である彼女は場を支配する能力に優れているのだろう。少女の雰囲気の変化にあわせて、その場の空気が変わったように感じる。

 いつもホワホワしているくるみちゃんですら、ビシッと背筋を伸ばしていた。


 何を聞かれるのだろうか。

 目的は何か。なぜ突然現れたのか。本名は何か。本当に『魔女』に所属するつもりがあるのか。

 考えられる質問はいくつもあった。

 だが、ホーリーガールはそのどれとも違う、全く予想していなかった質問をする。


「あなたは――勇者モモタロウ様ですか?」


 ……そうきたか。

 勇者モモタロウは、俺があっちの世界に召喚されたときにとっさに名乗った偽名だ。

 召喚当初はコスプレした人たちに拉致されたのかと思って適当に名乗ってしまい、その偽名が勇者の名前として定着してまったのだ。


 俺はこっちの世界に戻ってからその名前を一度も出していない。くるみちゃんに説明したときも単に勇者としか言ってなかった。

 つまりホーリーガールは……古井コガレはあっちの世界の関係者だ。

 でも俺はあっちの世界で彼女を見たことがない。彼女のような和風な美少女と会っていれば絶対に覚えていたはずだ。


「それが尋ねたいことなのか?」

「はい、そうです」


 テレビ越しに彼女を見たときに懐かしいと感じた。その感覚はこうして直接対面するとより一層強くなっている。

 俺の心を刺激する懐かしさと彼女の質問を考慮すれば、自ずと一つの結論にたどり着く。

 古井コガレは――聖女レティシアの生まれ変わりだ。


 見た目も随分と変わっている。かつては洋風の美少女だったのに今では和風美少女だ。小柄だけど目は大きくて、まるで日本人形のような姿をしている。今の彼女には聖女よりも、巫女という言葉の方が似合うだろう。


 昔の彼女と同じ部分があるとすれば、それは目だ。目の形自体は似ていない。今はまん丸として可愛らしい目をしている。

 でも瞳の奥にある強い意志は変わらない。『絶対に成し遂げてみせる』という決意が宿っていた。


 間違いない。古井コガレはレティシアだ。

 俺は彼女に嘘をつきたくない。

 だから彼女に聞かれた問いには本心をもって答えた。


「俺は勇者モモタロウじゃない」


 ホーリーガールは何らかの魔法を発動している。

 おそらく、ウソを見抜く魔法だ。

 自分の質問に対する問いの答えがウソかどうかを見抜く、といったところか。


「そう、ですか」

「期待外れだったか?」


 ホーリーガールは一度目を大きく開き、そして伏せた。


「……私の勘違いだったようです。忘れてください」


 酷く落胆した様子で、ホーリーガールは城の中に向かって歩き始める。

 俺が勇者じゃないと否定したことが相当ショックだったのか、足取りはフラフラしていて危なっかしい。

 グリーングラスはキッと俺を一睨みし、慌ててホーリーガールの後を追った。

 彼女たちの姿を見て、くるみちゃんが心配そうに口にする。


「ホーリーガール、大丈夫かな?」

「まぁ大丈夫だろ」

「勇者モモタロウって何?」

「さぁ? 誰かと勘違いしたんじゃないのか?」

「嘘ね」

「俺が嘘をついているように見えるのか?」

「見えない……けど、くるみを見れば分かる」

「はわわ」

「あ~……」


 隣にいるくるみちゃんは誰から見ても明らかなほどに動揺していた。

 嘘や隠し事が下手すぎて呆れてしまう。


「私だけ除け者なの?」

「瑞樹に話したら『魔女』に伝えるだろ?」

「話さない」

「じゃあくるみちゃんに誓えるか?」

「わ、私!?」

「……分かった。私はくるみに誓う」


 神に誓うなんて口にする輩を俺は信じていない。だが、あの瑞樹がくるみちゃんに誓うのなら、それは間違いなく果たされることだと思う。

 俺は異世界に勇者として召喚されたことを伝えた。


「ウラシマが勇者ということは分かった。そしてあのホーリーガールは何故かそのことを知っていたと?」

「あぁ、そうだ」

「なぜ彼女の質問に嘘をつけたの? 嘘を見抜く魔法を使ってたはずなのに……」

「やっぱりそういう魔法か。魔法少女の魔法技術は凄いな」

「ホーリーガールが編み出した魔法よ。あの人以外に使える人はいない」


 昔から魔法に関する造詣は深かったが、こっちの世界に生まれ変わってより一層自由に魔法を作り出しているようだ。


「俺が嘘をつけた理由は嘘をついていないからだ」

「ウラシマは勇者だったのでは?」

「確かに俺は勇者モモタロウだった。でもその名前も役目も捨てた。今の俺はただの元勇者だ」

「そんな屁理屈が……」

「屁理屈だろうとなんだろうと俺は本心を語った。本気で自分が勇者じゃないと考えているからこそ、俺の答えは嘘じゃないんだよ」


 質問の仕方が甘かった。

 過去形で聞かれていれば認めるしかなかったのに。


「向こうの世界のことを知っている人なのに話さなくて良かったの?」

「あっちの縁をなるべく持ち込みたくない。それに――どの面下げて会えばいいか分からない」


 俺は彼女の信頼に応えることができなかったから。

 魔王を倒して世界を救う勇者としての役割を果たすことができなかった。

 異世界に呼ばれて3年が経った頃、俺は魔王に敗北して、そして、彼女は死んだ。


「あの子は俺を異世界に召喚し、かつて愛した女性――聖女レティシアの生まれ変わりだ」

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