第27話 レベル99の勇者

 間に合わなかった。スノーラビットは諦めて笑う。


(あの人は最後の最後まで諦めるなって怒るだろうなぁ)


 最も尊敬する魔法少女のことを思い出す。

 ザ・ファーストと呼ばれる彼女は諦めることを良しとせず、どんな困難であろうとも打ち破ってきた。

 きっと彼女ならばこの窮地も切り抜けられただろう。


 傍にはくるみの大事な友人のアイスソード――瑞樹と愛梨がいる。何もなかった自分と一緒にいてくれる、かけがえのない友人たちだ。

 せめて彼女たちだけでも守りたかった。それが自分の生きた証になったかもしれないのに、結局こうして意味もなく命を散らすことになってしまった。

 もうどうしようもない。

 スノーラビットは死を受けいれて目を閉じる。


(ウラシマさん……)


 目をつぶるとウラシマの姿が浮かんでくる。

 一緒に暮らし始めてまだそれほど経ってはいない。でもいつの間にか、彼がいることが当たり前のようになっていた。


(もっと一緒に色んなことをしたかったなぁ)


 死にたくないと思った。

 まだまだやりたいことがたくさんある。もっと生きたい。生きた証を刻みたい。

 くるみは藁にも縋る思いで彼の名を呼んだ。


「ウラシマさん……助けて」

「おうよ」


 聞こえるはずのない返事が聞こえた。

 驚いて顔をあげると、スノーラビットたちを押しつぶす寸前で、スライムの動きがピタッと止まっている。

 スノーラビットは何もしていない。何もできなかった。

 隣にいるアイスソードも同様だ。動かないスライムを見上げて呆けている。


「私、助かったんですか!?」


 美術部の女子生徒が困惑している。彼女の問いに答えられるものはいない。みんなどうして自分たちが助かったのか分かっていないからだ。


「助けに来たぞ」


 4人の間に男がいた。

 ウラシマだ。いつもの仮面をつけて、まるでちょっと遊びに来たかのように何気ない様子でしゃがんでいる。


「ウラシマさん!」

「どうして魔法おっさんが……?」


 アイスソードがウラシマのことを訝しんでいる。

 窮地を助けにきてくれたことに感激して思わずウラシマの名前を呼んでしまい、そのせいで自分と魔法おっさんに関係があることがバレてしまった。


「あなたはスノーラビットとどういう関係なんですか」

「そういうことは後でいいだろ」


 ウラシマの反応は至極真っ当なものだろう。

 いまだ彼らの頭上には巨大なスライムが浮かんでいる。世間話をしている場合ではない。


「そう、ね」


 アイスソードが場をわきまえて頷く。

 見えない壁に阻まれるようにして動けなくなったスライムは、スノーラビットたちを潰すことを諦めたのか、その身体を縮めていく。

 みるみるうちに小さくなってサッカーボール程度の大きさまで縮んだ。そしてウラシマから距離を取って地面に降り立つ。


「伸び縮みするタイプか」

「それだけじゃないよ。あれの突進は凄く速い。しかも硬いし重いんだ」


 スライムは少し離れた場所にとどまっている。ウラシマを警戒しているのかすぐには攻撃してこない。


「厄介だな。身体能力の高さはそれだけで脅威だ」

「うん……ウラシマさんが来なかったら、私たちは死んでたよ」


 あと少しで死んでいた。

 スノーラビットは恐くなって身体を震わせながら俯く。

 何の意味もなく、何も残せずに死ぬところだった。


「もう大丈夫だ」


 頭にポンと何かが乗った。

 ウラシマの手だ。温かく優しい感じがする。

 太陽のような人だと思う。彼には優しく包み込んでくれるような包容力がある。

 頭を撫でられてようやく、自分はまだ生きているのだと実感できた。


「後は俺に任せろ」


 スノーラビットたち4人を囲むようにして球状の壁が出現する。


(これは一体……?)


 スノーラビットのシールド魔法ではない。

 目の前にある壁を叩く。

 硬い。

 即席の壁であるはずなのにビクともしない。ガラスのような透明に近い壁だったが、見た目とは裏腹に頑丈そうだ。


「結界の中にいれば安全だ。あれを倒すまで出てくるなよ」

「分かった!」

「あなた、まさかアレと一人で戦うつもり?」

「当たり前だ」


 なんの気負いもなくウラシマが答える。

 アイスソードはウラシマの強さを理解しきれていない。一方でヴェノムの強さは十分に思い知らされている。

 だから彼の呑気な姿に待ったをかけた。


「待って。アレは上級ヴェノムよ。一人で戦うべき相手じゃない」


 ウラシマがため息をつく。


「スライム狩りにもいい加減飽き飽きしていた」

「何を――」

「ついさっきレベル99になってな。このスライムを倒して早く旅に出たいんだ」

「訳の分からないことを言わないで!」


 スノーラビットはくすっと笑った。

 彼の言っていることの意味が分かったからだ。某国民的RPGゲームで初期村周辺でスライムをひたすら倒して限界までレベル上げをしていたのだが、それがようやく終わったということだ。

 こんな場面でも冗談を言える余裕があるらしい。きっとウラシマにとってはスノーラビットたちが歯の立たない敵であっても、全く脅威にならないのだろう。


「私たちも一緒に戦う。三人がかりなら可能性があるかもしれない」


 ウラシマが肩をすくめた。


「そこから出てくるなとは言ったが、出られるなら一緒に戦ってもいいぞ」


 アイスソードはガラスのような壁を氷剣で斬りつける。

 しかしその壁には傷一つつかない。


「出られたら、な」


 仮面を被っていて表情は分からない。

 でもきっと意地悪な顔をしているのだろうと思った。

 アイスソードも挑発されていると感じたのか、ムキになって何度も斬りかかっては弾かれている。

 無為に魔力と体力を消耗するだけだ。


「ウラシマさんなら大丈夫だよ」

「スノーラビット……」

「今はあの人の戦いを見届けよう」


 説得が通じたらしい。アイスソードは氷剣を下ろし、ウラシマとヴェノムの戦いを見守ることを選んだ。




    ◆




「どうして避けられるの……?」


 アイスソードは魔法おっさんの戦いを見ながら思わずつぶやいた。

 仮面を被っていて顔は見えないが、その動きを見るだけでも余裕であることが分かる。あれだけ苦しめられたスライムの危険な突進をまるで意に介していない。


(速い……いや、早いと言うべきか)


 単純な動作スピードはそこまで速くない。アイスソードがスライムと戦っていたときの方が速く動いていた。にもかかわらず、アイスソードは攻撃を避けられず、魔法おっさんは簡単に回避する。

 相手の動きを見極め、最小限の動きで躱しているのだ。

 身体能力の差ではないと思った。アイスソードと魔法おっさんの差は、戦闘経験の差だ。


 でたらめな身体能力で戦っているなら諦めもつくだろう。あれは自分とは別の生き物なのだと思えただろう。

 しかし、魔法おっさんの動きは、自分でも再現できるものだ。まるでお前は未熟なのだと見せつけられているようで腹が立つ。


 隣ではスノーラビットが目をキラキラさせながら戦いを見つめている。彼女は魔法おっさんと交流があるらしい。魔法おっさんのことで分かったことがあれば報告してほしいと言っていたにもかかわらず……だ。


「腹立たしい……」


 無力感に苛まれながら、氷剣を握りしめた。




    ◆




「ワンパターンな攻撃だな」


 俺の戦いを見たいと言っていたくるみちゃんに分かるように、ゆっくり動きながら戦っていた。

 思ったよりもスライムの攻撃は単調だった。最初に出会ったヴェノムのように触手を伸ばしてくるかと思えばそんなこともない。

 変わり映えしないし、そろそろトドメをさしていいだろう。


「よっと」


 突進にあわせて手を構えて、スライムを手でつかまえる。普通なら手が吹き飛ぶほどの威力をもつ突進であっても、俺にとっては大した脅威ではない。


 逃げようともがくスライムを観察した。

 赤く柔らかそうなジェル状の物体に見える。スライムの動きにあわせてその身体が粘性のある液体のように形が変化していた。


「おぉ、硬いな」


 見た目は柔らかそうだが触った感触は硬かった。

 不思議な生き物だ。

 あっちの世界にいても不自然じゃない。でも、こんな生き物が現代日本に存在していることには違和感がある。


「ほらよ」


 スライムを上に放り投げると、空中で膨張し始めた。俺を押しつぶすつもりなのだろう。


「またそれか」


 このスライムの攻撃手段は突進することと、膨らんで押しつぶすことしかないらしい。

 芸がない。工夫がない。ため息をつきながら雷槍を構える。


 スライムの中心には赤黒い丸い球がある。スライムのコアだろう。

 どれだけ身体を大きくしようともコアの位置はほとんど変わらない。まるで狙ってくれと言わんばかりだ。

 槍を突き刺してコアを破壊する。

 スライムが消えていくのを確認して振り返った。


「さて、と」


 四人の少女がいる。

 二人はただ巻き込まれただけの一般人だろうから気にする必要はない。残る二人の内の一人、くるみちゃんは事情を知っているから問題ない。

 厄介なのは最後の一人。

 くるみちゃんの親友で魔法少女仲間のアイスソードこと、蒼城瑞樹だ。どう見てもこっちに敵意を向けている。


「いやー、ははは」


 苦笑するしかなかった。

 スライムよりも余程手強そうだ。

 美人の怒った顔は恐いと聞いたことがあるが、まさにその通りだと思った。

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