第20話 焼肉デートの裏で
真帆川女子高校のクールビューティ、蒼城瑞樹。
彼女は真帆女(まほじょ)の生徒の中でも群を抜いて美人だ。校内で美人ランキングがあれば間違いなく1位になるだろう。女子が憧れるような格好良さがあり、後輩の1年生からはまるでモデルやアイドルのように慕われている。
「あんたもバカだねぇ」
テーブルを挟んで向かいに座る友人、田中愛梨が頬杖をついていた。
瑞樹のことをよく知らず、遠巻きにしか見ていない後輩たちは瑞樹をかっこいいと慕っている。だが彼女と親しくしている者は否定するだろう。
現に愛梨は瑞樹のことをよくポンコツだと評している。
「運が悪かっただけ」
瑞樹は居心地が悪くなってそっぽをむいた。
「あたしはお零れにあずかれたから文句ないけどねー」
「感謝しなさい」
2人がいるのは若者たちに人気のカフェだ。
今日みたいな日曜日に利用する場合は最低でも1か月以上前には予約が必要だと言われている。
当然、こうして瑞樹と愛梨がこのカフェに入れているのは事前に予約したからだ。
「折角予約したなら前もってくるみに伝えておけばよかったのに」
「サプライズにならないから」
「それで前日にくるみを誘って用事があるからって断られたら世話ないでしょ」
くるみの交友関係は狭い。友人の数は限られているし、家族はいない。瑞樹や愛梨以外の誰かと出かけることはあまりなく、ヴェノムのこともあるせいか、休みの日は家にいることが多かった。
だから断られるとは思っていなかった。
美容院のような用事であれば、くるみもそう言うだろう。だが用事の内容を語ろうとはしない。
怪しいと瑞樹は思った。
「眉間にしわがよってるぞー」
「むっ」
指で眉間を広げるようにして意識的にしわをのばす。少しはマシになっただろうか。
「あたしじゃ物足りないかもしれないけどさ、折角人気のお店に来られたんだし楽しもうよ」
「それもそうね」
愛梨がニッと快活に笑っている。
高校2年になってくるみが自分の与り知らぬところで愛梨と仲良くなったことを知り、最初は彼女のことを嫌っていた。
浮ついた恰好をしている愛梨のことを売女だと拒絶していたのに、彼女は瑞樹の感情などお構いなしに踏み込んできて、気がつけば3人で行動するのが当たり前になっている。
(くるみの笑顔は心を温かくするけど、愛梨の笑顔は心を元気にする)
高校1年の頃はクラスメイトからくるみ狂いと言われて微妙に距離をおかれていた。くるみ以外の友人はいなかったが、今は愛梨のことも友人だと思っている。
瑞樹はくるみ以外の者がどうなろうと知ったことではないと考えていたが、くるみを守るついでに愛梨のことを守ってあげてもいいと思うようになった。
(ずっと落ち込んでいても愛梨に失礼ね)
「もう決まった?」
「次いつ来れるか分からないし悩むなぁ。瑞樹は?」
「ふわふわストロベリーパンケーキの生クリーム2倍」
「おぉ、いいねぇ。パンケーキ美味しそうだもんね」
「ガレットはどう?」
「こっちもいいねぇ……って瑞樹が食べたいだけじゃないの?」
「それもある」
このお店はパンケーキとガレットが有名だ。さすがに両方を食べきれる自信はないのでパンケーキを選んだが出来ればガレットも食べたい。
好きに注文すればいいと思うが、悩んでいるのであれば希望を織り交ぜてもいいだろう。
「あはは、瑞樹のそういうところ好きだよ」
「うるさい」
恥ずかしくなって顔をそむける。
愛梨は臆面もなく相手に好意を伝えらえれるタイプの人間だ。
一方で瑞樹は好意を伝えることを苦手としている。明け透けな愛梨のことを羨ましいと思った。
◆
テーブルに注文した料理が届いて食べ始める。
「はい、あーん」
「何よそれは」
「ガレット食べたいんでしょ?」
「そうだけど、自分で取るし」
互いに互いの料理を取り分けて食べればいいだけの話だ。
「ほら、あーーーーん」
強引な愛梨に押し切られて、彼女が差し出したガレットを口にした。
「美味しい?」
「まぁ……悪くない」
「素直じゃないねぇ――あっ」
「どうしたの?」
驚き固まっている。その視線の先は窓だ。
2階にあるカフェの窓から見える景色に何かがあるのだろうか。瑞樹は軽い気持ちで、好奇心を満たすために窓の外を見て――
「くるみ!?」
驚きのあまり、瑞樹は大声をあげて立ち上がった。
お洒落な洋楽が流れているし、テーブルごとに会話が弾んでいるものの、店内には騒いでいる者はおらず、瑞樹の声に皆が注目する。
「す、すみません」
周囲に頭を下げて座った。
バーカと小声でからかってくる愛梨をひと睨みしつつ、座りながら窓の外を凝視する。
「くるみと……誰?」
くるみと一緒にいるのは初めて見る男だった。
30代半ばぐらいだろうか。身長は180cm近くありそうだ。小柄なくるみと並ぶと、より一層大きく見える。
「遠いからよく分からないけど、ダンディな大人の男性って感じ? くるみやるじゃん」
愛梨がひゅーとわざとらしい口笛をふく。
くるみと一緒にいる謎の男は、面食いな愛梨のお眼鏡にかなったらしい。
「大した男じゃない」
「でも瑞樹って年上の細マッチョ好きでしょ? あの人とかまさにそうだと思うけど」
「私が年上細マッチョ好き? 意味の分からないことを言わないで」
「そういう人とすれ違ったらいっつも目で追ってるでしょ」
「気持ち悪いから目についただけ。そもそも男はみんなクズだから」
「あー、はいはい。瑞樹はくるみ以外興味ないもんね」
くるみと謎の男は焼肉屋の前で立ち止った。
「焼肉かー、いいなぁ」
「昼間っから男女2人で焼肉……お肉を食べて精をつけて、どうするつもり!?」
おぞましい。
謎の男がくるみに不埒な真似を働く光景が目に浮かんだ。
全裸になって筋肉質な身体を見せつけながら迫って、嫌がるくるみの身体を無理やりおさえつけている。非力なくるみでは逃れることができず、淫らな行為を強要されていた。
「くっ、不潔ね」
「瑞樹ってむっつりだよね」
「私のくるみに良からぬ真似をする輩は成敗する。チ〇コを斬り落としてくる」
あの男の魔の手からくるみを守らなければ。
「まぁ待ちなって」
「でも!」
「焼肉屋にいる人に迷惑かかるよ?」
「嫌がるくるみに無理やりいかがわしいことをするのは看過できない」
「嫌がってなさそうだけど」
「えっ?」
ほら、と指をさしている。
愛梨に従って2人を見れば、くるみが男の服の裾を掴んでいた。
「嫌な相手にあんなことする?」
くるみが男を嫌がっているようには見えない。
むしろ信頼しているように見えた。
――その、初めてだから……。
――優しくするから安心しな。
瑞樹の妄想の中で、くるみは男の硬くて厚い胸板に抱かれて身を委ねている。
「駄目……」
心が掻きむしられる。
(どうして私のくるみが……)
己の妄想によって心にダメージを負い、折角のパンケーキを味合う気力もなくしてしまう。
哀しみ嘆く瑞樹の横で、愛梨が「得したー」とガレットとパンケーキを食べていた。瑞樹のことを心配する様子も見せず、美味しそうに料理を味わっている。
薄情な友人だ、と瑞樹は思った。
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