第15話 出待ち少女

 くるみは入浴しながら、ウラシマと名乗る人物について考えていた。


(不思議な人だな……)


 ウラシマはくるみのことを無防備で男に騙されやすいタイプだと評した。

 確かに彼女は優しい少女だ。どんな人にだって親切に接する。

 だがしかし、ウラシマが思っているほど隙がある訳でもない。


 くるみは相手の悪意を本能的に感じ取ることができる。

 己に不埒な真似を働く男を自宅にあげないし、隙を見せたりはしない。


 であるならばなぜウラシマを自宅に招いたのか。

 それは彼が無理矢理襲い掛かってくるような人物ではない、と短いやり取りの中で感じ取ったからだ。


 なぜそう感じるのかは分からない。勇者をやっていたことに起因しているのだろうか。

 ウラシマにはこの人がいれば大丈夫だという安心感があるとくるみは思った。もしも自分に父親がいれば、同じような安心感を与えてくれるのかもしれない。


(やらかしちゃったなぁ)


 湯舟に口までつかりながら脱衣所でのハプニングを思いだして羞恥にもだえる。

 ウラシマの身体の傷に気をとられて、とんでもないことをしてしまった。


(男の人と一緒に暮らすんだよね)


 確かにウラシマには不思議な安心感がある。嫌がることを無理やりしてこないだろうという確信もある。

 だがしかし、同時にウラシマが男であることもまた事実なのだと、くるみは理解したのだった。


「くさくないよね?」


 なんとなく自分の匂いが気になった。

 ウラシマがヴェノムを倒して回ったことで出番はなかったが、魔法少女として現場に赴いたことである程度の汗はかいている。

 湯舟につかる前に身体は洗ったけれど、匂いが残ってたりしないだろうか。


「大丈夫……なはず!」


 そう言いながらも、くるみはもう一度、先ほどよりも入念に身体を洗い始めた。




    ◆




 くるみは時折、余計なことを考えてしまって眠れなくなる夜がある。

 そういうときは結局ほとんど眠れずに次の朝を迎えてしまうのだが、昨日の夜は違った。

 ウラシマとソファーで話している内に、知らぬ間に寝ていて、目が覚めたらベッドにいた。

 どうやらウラシマがくるみをベッドに運んだらしい。


「……あはは」


 やらかしてしまった気がするが、深くは考えないようにした。

 ウラシマが女性の寝ている隙に何かをするような人物ではないと信じているし、実際身体に特に違和感はない。寝顔を見られたことは恥ずかしいけれど。


「いってきます!」

「いってらっしゃい」


 急いで朝の支度をして、ウラシマに見送られながら家を出る。

 誰かに見送ってもらえるというのは素敵なことだとくるみは思った。一日の活力が湧いてくる。


「くるみ!」


 登校しようとマンションから出た矢先に声をかけられる。

 声の主は蒼城瑞樹。くるみの親友にして、共にヴェノムと戦うパートナー、魔法少女アイスソードだ。


「ど、どうしたの?」


 くるみも瑞樹も同じ真帆川女子高校に通っている。家の方向が違うため、いつもは学校で会っている。今日みたいに登校中に会いにくることは初めてだ。

 何かあったのだろうか。そして、ウラシマとのやりとりを見られなかっただろうか。

 少し動揺してしまうが、瑞樹に気がついた様子はない。


「来て」


 コソコソと周囲を気にしながら手招きしている。

 なんだろう。

 疑問に感じながら瑞樹に近づいた。


「これを見てほしい」


 何か後ろ暗いことがあるのか、隠すようにして見せてきたのは彼女のスマートフォンだ。まほねっとの画面が表示されている。


 まほねっとは『魔女』によって運営されているWebサイトだ。掲示板等の機能がある。

 基本的に魔法少女やヴェノムの話題はインターネットに上がればすぐに削除されてしまう。

 唯一やり取りができるのがまほねっとだ。そこでは魔法少女やヴェノムについての知識がある者たちが自由に書き込みをしている。

 ヴェノムの情報を報告し合ったり、魔法少女を応援したり、様々なテーマの掲示板が作られている。


「まほねっとがどうしたの?」


 くるみは今の女子高生にしては珍しく、インターネットやSNSには疎い方なので、まほねっともあまり見てはいない。家にあるパソコンは宝の山状態だ。情報収集に役立つ面もあるものの、そういった部分は瑞樹に甘えているのが現状だ。


「魔法おっさんなるものが現れたの。この真帆川に」


 瑞樹がまほねっとに貼られていたURLを選択して動画が再生される。

 そこでは仮面をつけたウラシマが戦う姿が映っていた。


(まずいかも……)


 自分の顔が引きつっていることが分かった。

 ばっちり動画に撮られている。

 ウラシマはもう少し魔法少女やヴェノムのことを知ってから『魔女』と関わりたいと言っていた。

 現時点ではまだ『魔女』という組織との接し方を決めかねているらしい。どういう決断をするにせよ、今しばらくは『魔女』とは距離をとっておくべきだ。


「信じられないけどトリックの類ではなさそう。男が魔法を使えるだなんて聞いたことがない。でも魔法おっさんは実在している」

「こんな人がいるんだねぇ」


 上手く知らないフリをできただろうか。

 以前に大根役者だと言われたことがある身としては、誤魔化せるかどうか心配だったが、どうやら杞憂であったらしい。


「何を呑気なこと言っているの!?」

「えっ?」

「『魔女』は魔法おっさんに注目している。現に私に魔法おっさんについて調査しろと指示が来た。くるみも魔法おっさんについて何か分かれば私に教えてちょうだい」

「分かったよ」

「見つけ出した暁にはボコボコにして『魔女』に差し出すから」

「えっ? ちょっと過激じゃないかなぁ。悪い人には見えないし」


 蒼城瑞樹はクールビューティな美少女に見える。

 しかしその実、過激な一面をもつ。やると言えば本当にやりかねない。


「もしかしたら最近ヴェノムが増えているのもこいつのせいかもしれない」

「そんなことないと思うけど」


 ウラシマは異世界で勇者をしていた。くるみは彼が語った体験が本当にあったことだと思っている。

 罪なき人たちの命を奪うヴェノムを生み出したりはしないと言い切れる。


「男という生き物はすべからく犯罪者予備軍だから。もしもくるみに近づこうものなら粗末なチ〇コを切り取ってやる!」


(粗末ではなかったような……って、なしなし!)


 比較対象がないのでよく分からないが、少なくとも瑞樹が言うようなものではないとは思う。


「あ、あはは……」


 瑞樹は美人だ。くるみはいつも彼女の凛とした姿を羨ましいと感じている。

 その見た目故に年上の男性から言い寄られることが多いが、彼女自身は辟易としているらしい。

 元からそうだったのか、言い寄られた結果そうなったのかは不明だが、瑞樹には男嫌いの気があり、魔法おっさんに対しても敵意があるようだ。


(瑞樹ちゃんには絶対にバレないようにしないと)


 上手く隠し通せるか不安になりつつ、瑞樹と一緒に登校した。

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