第13話 お風呂でラッキースケベ?

 34歳のおっさんが一人暮らしの女子高生の家に居候を願い出たとして、オッケーを出す女子高生がどこにいるだろうか。

 どうやら目の前にいたらしい。


「分かったから! 分かったから顔をあげてよ」


 当然のように拒否しようとするくるみちゃんに対して、俺は必死で土下座した。

 行く宛がないこと。異世界に召喚されて17年後に還ってきたことを信じてくれる人はほかにはいないこと。この世界で魔法少女をやっている人物が傍にいれば助かること。

 色んな理由をあげながら必死に懇願した。


 そして――勝った。


 チョロい。チョロすぎる。

 くるみちゃんは美少女であるにもかかわらず、男に対する警戒心が薄いと思う。その甘さを変に指摘して追い出されても困るから黙っておくが。


 就寝場所など、いくつかの決めごとをして、改めてよろしくと伝えたときに、くるみちゃんは顔を赤くしてモジモジしながら言う。


「あと……一つだけ」

「なんだ?」

「その、えっちなのはダメだからねっ」


 俺は魔法おっさんとして、魔法少女たちのことをもっと知りたいと思っている。だから魔法少女であり、俺の事情を信じてくれたくるみちゃんの家に住めるなら、それがベストだと思う。


 下心はない。

 くるみちゃんに魅力を感じないという訳ではない。むしろ魅力満載だ。

 見たことのないほどの美少女だし、性格も心配になるぐらいお人よしだ。一回り以上離れている年下の少女ではあるが、抱けるなら抱きたいという気持ちはある。


 とはいえ、今はそれどころではないし、彼女から求めてこない限り、俺からそういう役割を押しつける気はない。

 あくまで単なる同居人だ。

 それ以上でも以下でもない……はずなのだが。

 わざとやっているのかと疑うほどに、くるみちゃんはあざとい仕草をしていた。


「……誘っているのか?」

「えぇ!?」


 まじで天然か。何が悪かったのかも分かっていないらしい。

 もしかして、早まったかもしれない。

 理性を失って強引に襲いかかれば、優しい彼女であっても、俺を追い出すことを決心するだろう。

 

 ――俺の理性はもつのだろうか。

 

 居候することにして大丈夫だったのか、少し不安になった。




    ◆




 一人暮らしの女子高生の家には、おっさんが暮らすためには不足しているものが多い。

 閉店間際の衣類量販店やホームセンターに駆け込んで、身の回りの品をそろえた。

 17年のギャップを気にしている暇もなく、大急ぎで揃えたため、何か不足しているものもあるかもしれないが、そのときはまた明日以降に買い出しに出ればいいだろう。


「お帰り。お風呂沸いてるよー」


 俺が買い物に出ている間に、お風呂を沸かしてくれていたらしい。

 なんていい子なんだ!

 早速、くるみちゃんに甘えてお風呂に入ることにする。


「くはぁぁぁぁ~」


 ホームレス生活中は川の水を使って身体の汚れを落としていた。

 あっちの世界にはお風呂という文化はなかった。余裕があるときには自家製のお風呂を作って利用していたこともあったが、それでもかなり久しぶりのお風呂である。


 湯舟につかりながら、今日のことを考える。

 源さん……。

 俺は彼を救えなかった。

 どれだけ力があってもできないことはある。救えない命は存在する。


 こっちの世界で元勇者としての力は不要の長物だと思っていた。目立たないようにひっそりと生きていくべきだと。

 でも、どうやら力を振るうべき場所が存在するらしい。

 魔法少女たちとどういう立場で接していくべきなのかはまだ分かっていない。

 まずはくるみちゃんに少しずつ魔法少女やヴェノムのことを教えてもらうべきだ。立場を明確にするのはその後でいい。


「……今すべきは久しぶりのお風呂を楽しむことだな」


 両手でお湯をすくい、顔にお湯をぶちまけた。




    ◆




 お風呂から上がり、洗面台の鏡にうつる自分を眺める。

 身体の汚れだけでなく、心の汚れまでもすっかり落ちた気がした。

 お風呂というのは良いもんだ。


 さて、身体を乾かすか。


 生活魔法を使い、身体や頭に付着していた余分な水を飛ばして洗面所に流し込んだ。

 魔法少女が存在する世界だ。こんな風に生活魔法を駆使することは構わないだろう。

 そう思っていると――


「ウラシマさん魔法の反応が!? ……えっ?」

「ん?」


 焦った様子のくるみちゃんが脱衣所の扉を開けた。

 風呂上りで服を着る前だった俺は全裸のすっぽんぽんだ。


「これでおあいこだな」


 こっちに帰還したときに、くるみちゃんの裸を見てしまったことを冗談めかして言ったが反応がない。

 聞こえていないようだ。

 じーっと俺の身体を凝視している。さすがに恥ずかしい。


「ずっと戦ってきたんだね」


 くるみちゃんの意識を占めているのは、俺の身体にある傷痕のようだ。大きな傷は回復魔法で治しても痕が残ってしまう。

 無数の魔物と戦っている内に、俺の身体には多くの傷痕ができていた。


「触ってもいい?」

「別にいいけど――」


 それは今していいことなんだろうか?

 疑問を呈するよりも先にくるみちゃんは俺の身体に触れた。

 風呂上りで身体が火照っているせいか、彼女の少し冷たい手がひんやりとして心地よい。


「すごい」


 小さく柔らかな手が胸にある傷痕を撫でる。

 ぞわぞわとした感覚が身体に生じて吐息が漏れた。

 くるみちゃんは俺の反応に気がつく様子もなく、つーっと傷痕をなぞっていく。

 彼女が触る傷痕は、左胸から右太ももにかけて、斜めに大きく斬られたときのものだ。

 その傷を上から下になぞっていく。

 これは、ちょっとマズいような……。

 もっとやってほしいという欲望と、このままではマズいという理性がせめぎ合い、結局されるがままになってしまう。

 くるみちゃんの手は胸から腹へと移動し、そして股関節あたりにたどり着いた。


「……あっ」


 くるみちゃんはようやく自分の痴態に気がついたらしい。

 股間を凝視して固まっている。


「すまないとは思うんだが、俺は悪くないとも思う」


 誰が悪いかを明確にするならば、間違いなくくるみちゃんだろう。

 とはいえそんな正論が通じる状況でもない。俺は居候一日目にして家を追い出されることを覚悟した。




    ◆




 その後、くるみちゃんが動揺から立ち直るのにはかなり時間を要した。彼女自身、自分の行いが原因であることは分かっているようで、俺を追い出すという話にはならずにすんだ。


「魔法が発動したってよく分かったな」

「人によるけど私は感知が得意だから。それにウラシマさんが魔法に使ってた魔力量がとんでもなかったし」

「とんでもないって……多いって意味か?」

「うん」


 なるほど。

 さっき使った魔法に使った魔力は、俺にとっては埃程度のものだ。あっちの世界でも魔力量はかなり多い方ではあったものの、くるみちゃんの反応を見る限り、こっちの世界では、俺が持つ魔力量は異常に多いのだろう。


「俺の魔力量って分かる?」

「私はそういう魔法は使えないよ」

「誰か使えるやつがいるのか?」

「知る限りではホーリーガールぐらいかなぁ。その人の持つ魔力量が分かるんだって」


 ホーリーガールとやらにはなるべく近づかないようにしよう。

 俺はその名前を脳裏に刻み込んだ。

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