回答⑦🌰🌰🌰🌰🌰 🌰🌰

🌰🌰🌰🌰🌰 🌰🌰


 どちらを先に聞くかは、すぐに決まった。


 終わりよければすべてよし。

 幸福な気分で締めくくるためにも、やっぱりここは


「悪い話から先に」


「……本当にいいの? ファイナルアンサー? ファイナルジャッジメント?」


「ファ……うん、いいから早く」


「本当にいいのね? 悪い方を先に聞いてしまうといい方の話を聞けなくなるかもしれないけど、いいのね?」


「なんで聞けなくなるの」


「だって、あまりのショックに心停止……ううん、なんでもない」


 なんでもあるよね!?


 僕はいったいどんなホラーを聞かされるんだ?

 心停止とまでは行かなくても、話によっては動揺のあまり一生モノの不覚を演じる可能性も十分にある。


 そうだ、まずは自分が考え得る最悪の事態を想定しておくべきだ。

 あらかじめ最悪のシミュレートができていれば、何を聞いても「想像よりはマシ」と自分を落ち着かせることができる。

「ちょっとだけ待って」と二子ちゃんにストップをかけ、僕の脳はさっそく数通りのワーストシナリオを構築し始めた。



  ◇ ◇ ◇



🌰


「……別れてほしいの」

「好きな人ができたの」

「相手は会社の鶴々つるつる課長(三十歳年上のツルツルおっさん)で」

「お腹に彼の子供がいるの」

「男の子なら鶴尋つるひろ、女の子なら鶴子つるこって名づけるつもりよ」


🌰


「ツルァァーーーッ!!」


「関川くん! まだ何も話してないのに錯乱しないで!」

「ご、ごめん……」


 あまりの衝撃に心臓が停止しかけた気がするが、次のパターンへ行こう。



  ◇ ◇ ◇



🌰


「実はね、FXで一億溶かしちゃって」


🌰


「エフェェーッ!?」


「関川くん! まだ何も話してないのに鼻血噴かないで!」

「五、五面……」



 落ち着け。たとえそう来ても、次にいい話が来るはずだ!


🌰


「でもね、大丈夫なの。こんなこともあろうかと、関川くん名義で生命ほ」

「わかったトラックに轢かれて異世界行っちゃうやつだよね! 僕はあっちで英雄になって二子ちゃんも保険で借金返せてばんばんざーい!!」


🌰


「関川くん! まだ何も話してないのに服を脱ぎ出さないで!」

「御、御麺……」


 あかん、変なテンション入ってきた。次!



  ◇ ◇ ◇



🌰


「実は、できちゃったの」

「関川くん、の♡」


🌰


「べびーーーッ!?」



 ちょっと待て待てちょっと待て。

 ダメだこれリテイクだ。

 僕は最悪のストーリーを想像してたはずなのに、これいい方の話じゃん。


 心の準備ができてなさすぎるけど!

 ここで第一リアクションをミスったら、人生が終わる!

 間違えるな、関川!



  ◇ ◇ ◇



「えーと、もう話してもいいわけ?」

「ああ、(ようやく覚悟を決めたから)どうぞ(キリッ)」



(ここでやっとリアル二子ちゃんの話が始まります)



「この前、いきなり人にぶつかって、買ったばかりのバッグを道に落としちゃったの」

「うん」

「次、いい方の話」

「え?」

「ぶつかった相手がチョーイケメンだったの!」

「え?」


「…………」

「えーと……終わり? 今のが、悪い話といい話?」


 二子ちゃんは、今日いちばんのまぶしい笑顔で答えた。


「悪い話といい話が、ひとつずつだと、誰が言った」



  ◇ ◇ ◇



「そしたらその相手がヤーさんでさー。どう落とし前つけてくれるんじゃァわれェ!! ってすごまれちゃったわけよ」

「でも可愛い猫ちゃんが足元にやってきて、ヤーさんがきゅるんってなっちゃったのー」

「そしたら急に雨が降ってきて、あたしもバッグもヤーさんも猫ちゃんもびしょ濡れになっちゃって」

「でも通りすがりの喫茶店のイケオジマスターがお店に入れてくれて、みんなであったかいコーヒーとミルクをごちそうになったのー」

「そしたら鶴々課長がハゲ散らかしながらやってきて――」

「雷がー――」

「トラックが――」



 ――こうして僕は、「悪い話」と「いい話」が交互にやってくる話を、長々と聞かされ続けたのだった。

 そういや「女性の話はオチがない」って、誰かが言ってたような気がするな……。


「――とね、実に色々あったけど、今日こうして無事に関川くんに会えたの! これってすごくない?」


 あ、オチた。



 禍福はあざなえる縄の如し。

 確かに、僕たちはいいことも悪いこともたくさん経験した結果、今、二人でここにいる。

 二人一緒に、幸せを感じられる幸せ。

 数えきれないほどのシナリオの中から導き出された、これが僕らの最高のシナリオなんだね。


「でね。それから……」

「まだあんの!?」

「この先は、二人で作るんだよ!」 



🌰🌰🌰🌰🌰 🌰🌰


『要約すると、鶴々課長のそばに雷が落ちて、鶴々課長がトラックに轢かれそうになった話でした』


<終>

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