第4話:彼我の戦力差、絶望也
【魔王三日目】
清々しいかどうかは別として、朝である。
僕が住んでるお屋敷には人が住めるだけの環境が整っているのは嬉しいのだが、扉は用意してもらいたかった。
じゃないと着替えを覗かれたりするからね。
「あの、私は何も見てないので……」
いや、見ても全然いいのよ?
ただ、[平等]にシュラウの着替えも覗くから。
「覗いたとしても、私の体は見えないと思いますが」
心の眼と想像で色彩補正をかけるよ。
ところで、どうして急に部屋に入ってきたの?
「実は魔王様に紹介したい者がいまして……すでに広間で待たせております」
そういうことは早く言ってよ!
誰かを待たせるとかあんま好きじゃないんだけど!
急いで着替えて広間に向かうと、体が大きな二足歩行の動物のようなものがいた。
おおよそ三メートルくらいあるその姿と蹄のような手を見て、この屋敷に扉がない理由が分かった気がする。
ああいうのにも対応する扉を作るくらいなら、無いほうが楽でいいよね。
「お初にお目にかかります、魔王様。儂はアーマーン、先代の魔王様から仕えております忠実なる下僕でございます」
まるで巨大なワニが進化したかのような姿であったが、皮の鎧を着ているおかげで異形の化物というよりも凄い強そうなモンスターという感じがあった。
先代の魔王様から仕えているってことは、やっぱりかなり戦い慣れていると思っていいのだろうか?
これでもし頭脳担当だとしたらかなり失礼になるな。
「いえ、その認識で問題ございません。この牙と爪、そして人間から奪ったこの槍が我が誇りであり強さであります」
アーマーンが持つ槍を見ると、複数の槍を束ねられていた。
彼の手の大きさでは普通の槍は小さすぎるのだろう。
「これが当代の魔王か……こりゃ、最後の時も近いな」
アーマーンの後ろに大きな角が生えた羊のモンスターっぽい造詣の生物もいた。
こちらもアーマーンと同じく二足歩行であるが、彼は手が蹄となっている。彼はこの蹄で戦うのだろう。
一つ疑問があるとするならば、なぜ角が一本折れているのかということだ。
「俺の角を見るんじゃねぇ!」
どうやらデリケートゾーンらしいが、顔を見るとどうしてもそこが眼に入ってしまうのは不可抗力として許してもらいたい。
「ゴートン、我らの王に対して不敬ではないか」
「何が不敬だ! 今までの魔王が何をしてきた? 戦うことは全部俺ら任せだったじゃねぇか!」
そういえば僕が聞いた限りでも、魔王の祝福というのは直接戦闘に関係のないものだったことを思い出した。
十三代目の魔王が《復活の根》を作る祝福で、千里眼で地図を作った魔王もいたはずだ。
「魔王様は、我ら闇の種族のために立ち上がった畏怖すべき御方であるぞ。どの魔王様も、我らのために力を尽くしてきた」
「それがどうした、確かに初代は俺らのために戦っただろうよ。だが、二代目からは別の世界から来る無関係な奴じゃねぇか! どうしてそんな奴に尻尾を振らなきゃなんねぇんだよ!」
どうしよう、気持ち的にはアーマーンを応援したいのに、理屈ではゴートンのほうが凄く正しいぞ。
王の血族でも無ければ、思い入れもない第三者が突然呼び出されているのだ。
闇の種族としては、そんな奴には従いたくないと思う派閥があっても仕方がないことだろう。
彼を見ていると、闇の種族というより人間くささを感じてしまう。
「ゴートン、あまりそのような発言をすれば魔王様の《権能》で腑抜けにされるぞ」
「ふん、やれるもんならやってみろってんだ! 今、戦線を維持してる俺がいなくなれば、そこから一気に瓦解していくぜ!」
安心しなって、この《権能》はそんなホイホイ使ったりはしないよ。
ゴートンが怖くて戦えないっていうなら使ってもいいけど、そんな臆病者じゃないし弱くもないでしょ?
というか、アーマーンに僕が気に入らない奴を《権能》でいいように扱うような奴だって思われていたことがちょっとショックだったよ。
「い、いえ……そういうつもりでは……」
いや、別にいいんだよ。僕だってシュラウがいなかったらとっくに逃げてたかもしれないし。
そういえば戦線って単語が出てきたけど、かなりヤバい感じなのだろうか。
「僭越ならが、儂がご説明させていただきます」
アーマーンの話によれば、六本の《復活の根》を守るために各地に守備軍を置いているらしい。
ただ、人間との戦争で徐々に戦線を押し込まれており、一本目の《復活の根》が落とされるのも時間の問題だとのことだ。
それならば、他の《復活の根》の守備軍をそこに加えればいいと思うのだけど、ダメなのだろうか。
「確かに後方から引き抜けばまだ戦えるかもしれません。ですが、守りをなくしてしまえばその地の《復活の根》を誰が守るというのですか」
だからといって、このままじゃこっちの戦力を圧倒的な人間の物量ですり潰されてしまい、その後方の《復活の根》も守れなくなってしまう。
それならば、戦力を集中運用して敵を食い止めたほうがまだ長生きできると思う。
「ふん、言うだけなら簡単だろうよ。だがそれでもし後方にある《復活の根》を破壊されたらどうなる? 稼ぐ時間が数百年単位で延びることになるぞ?」
そうはいっても、死んだらそこでお終いだよ?
今まさに滅ぼうとしている状態なのにそこまで考えられないよ。
「失礼、魔王様。あまりそやつの意見に同意はしたくはりませんが、考えられたほうがいいかもしれませぬ」
ありゃ、アーマーンまでそういうことを言うの?
「我ら闇の種族はこれまでずっと戦い続け、そして敗北してきました。あまりにも永く我らは弾圧され続け、誰もがこれ以上の苦しみを味わいたくないと思っているのです。ともすれば、みずから死を選びたくなるほどに」
なるほど、確かに希望は大事だ。
誰も彼もが僕みたいに諦めてたらいいんだけど、そうじゃないのもいるってのは生物としての多様性だもんね。
だけど、僕はまだ諦めてないからもうちょっと頑張ってほしいところ。
「魔王様、つい今しがた諦めてたとおっしゃっていませんでしたか?」
うん、勝つことはもう諦めてるどころか投げ捨ててるよ。けど、なんとかしようってことは諦めていないんだ。
「おかしな言い回しですな……勝つことを諦めているというのに、なんとかしようとしていると」
例えばの話だけど、自分の一番大事な人が目の前で死にそうになっていて、絶対に助からないってことが分かっている状態だけど……何もしないでいるか、それともそれを承知で救命措置をとるかって話だよ。
絶対に助からないって頭で分かっていても「何もしないよりはいい」「もしかしたらなんとかなるかもしれない」「奇跡が起こるかもしれない」って思わない?
まぁ僕の場合は救命措置を切り捨てて延命措置をしようってだけどね。
確かに十秒後に死ぬ人が三十秒後に死ぬだけかもしれない。
でも、その稼いだ二十秒にはきっと意味があると思いたいんだ。
「ふん、さっさと死なせてやったほうがそいつの為だろうに。お前の自己満足に付き合わされるほうにもなれってんだ」
その人がこれ以上苦しまないようにって考えてあげられるなんて、優しいんだね。
最初はどれだけ仲間が死のうが知ったことか俺はムカついた奴は全部ぶっ殺す系だと思ってたよ。
「ふん、その認識で間違ってねぇよ」
だけど、僕は延命措置をすることにするよ。
だって、どれだけ苦しもうが恨まれようがどうせ死ぬんだし、それなら別にやってもいいでしょ?
…………なに、その顔?
シュラウはまだ分かるけど、アーマーンとゴートンまでおかしな目で僕を見てるけど。
「失礼。その……大事な者に対してそのようなことをするというのは……その……いささか驚きまして」
意見の相違みたいなもんかな。キミらにとってその二十秒には何の価値もないけど、僕みたいな人間にとっては何かしらの価値があったり、そこに価値を生み出すってだけだよ。
一番大事な人が助からないなら、二番目に大事な人のために動かないとね。
「二番目……ですか?」
あぁ、そこら辺は気にしなくていいよ。
とにかく! 後方の守備部隊を前線に送ってでも時間を稼いでくれると嬉しいな。
「魔王様がそうおっしゃられるなら、そういたしますが、その……本当によろしいのでしょうか?」
どういうことだろう、まだ何か懸念事項とかあるのだろうか。
「お前を守る奴もいなくなるってことだよ。もし何かあったとして、お前は自分の身を守れんのか?」
あらやだ、それは困る。
魔王としての《権能》以外には《遍在》しかないから、もし襲われたとしたら無抵抗でやられるね。
けどGOサイン出しちゃう。今ここでこの決断をしないと滅んじゃうからね、これくらいのリスクと責任くらいは魔王らしく背負わないと。
「承知いたしました、魔王様」
「ってことは、俺はこいつと肩を並べて戦わなきゃなんねぇのかよ」
そういえば指揮系統ってどうなってるんだろ、どっちが偉いとかあるのだろうか。
それによっては任せる兵力に違いが出てくるだろうけど。
「特にどちらが上という概念はありませんな。どちらも氏族の首長であり、どちらに着くかは戦う者に選ばせております」
そうなんだ、それじゃあその方向で。
「その……先代の魔王様からは種族や氏族によって統一すべきとのご意見をいただきましたが、今代の魔王様はそういう指示はされないのでしょうか?」
え、だって僕が率いるわけでもないのにそんなことしてどうなるの?
現場がやりやすい方法でやった方がいいよ。
それに、ちゃんとした理由もあるんでしょ?
「理由といいますか……どうせ戦い命を散らすならば、その場所を選ぶ権利くらいは彼らにあってもいいと思っておりまして」
うん、いいじゃん。
そういう戦うのに必要なモチベーションって大事だから全然いいと思うよ。
「今まで魔王ってのは、大体自分が軍を率いて自分で指示したがるのが多いって聞いてたが、お前は違うのか?」
そりゃあ指示できる人がいないならやるしかないけど、ここには頼りになる首長が二人もいるんだよ?
それに、僕が知ってる兵法とかってゲームとか本で覚えた付け焼刃みたいな知識なんだから、それに振り回されたら現場の皆が可哀想じゃん。
だから頼りになる首長の二人に任せるのが一番だよ、どうせ誤差だし。
「誤差……ですか? その、今代の魔王様は少々変わっておられますな」
そうかな? 結構普通だと思うんだけど。
どうせ勇者がきたらどうしようもないんだし。
「何が勇者だ! 変な力を使う前に、今度こそ俺様がぶっ潰してやる!」
今度こそってことは……前に戦ったことあるの?
「一年前にこやつが自分勝手に反攻作戦を執ったのですが、その時に勇者が立ちふさがり、その角を折られて逃げ帰ってきたのです」
「俺様は逃げてねぇ! 少しばかり意識は失っちまったが、まだ戦えた!」
ゴートンの額にある傷跡を見るに、どうやら角がなかったら頭を勝ち割られていたようだ。
ゴートンの悪運の強さも凄いが、大きな角を折ってなお気絶させる勇者のヤバさが留まるところを知らない。
それにしても、角を折られてなお戦う意志があるのは凄い。
これなら安心してゴートンに戦うことを任せられるね。
「ふん、まぁお前が横から変な横槍を入れねぇってんなら俺様は文句はねぇ。お前はここで最後の時まで座ってるんだな」
そう言ってゴートンは広間から出て行ってしまった。もしかして怒らせてしまっただろうか?
「いえ、真正面から賛辞されることが少なかったので、照れたのではないのでしょうか」
マジか、かわいいなゴートン。
ああいう真っ直ぐな気性は分かりやすいし扱いやすいから僕の中のゴートン株がドンドン上がっているぞ。
あ、別にアーマーンがゴートンより下だとは思ってないよ?
っていうか、ゴートン以上に期待してるって言ってもいいくらいだ。
「過分なお言葉をいただき、喜ばしい限りでございます。それでは儂も戦いの準備をしてまいります。魔王様は、この地で我らの成果をお待ちください」
うんうん、闇の種族の戦いぶりっていうのを期待してるよ。
それと……僕の世界じゃ「死んで花実が咲くものか」って言葉があるんだ。
死んだらアーマーンを慕って従っている人達も悲しむし、ダメだと思ったら退却していいからね。
「魔王様の慈愛、嬉しく思います。この魂、最後の時まで魔王様と共にあらんことを」
そう言ってアーマーンも出て行った。
僕の言いたいことが伝わったのかは分からないが、どっちにしてもやることは変わらない。
彼らは彼らのやるべきことをやり、僕はやらなきゃいけないことをやるとしよう。
ところでシュラウ、僕の知ってる魔王軍って四天王みたいに凄く強い種族が控えているんだけど、他にもそういうのっていないの?
「はい、確かに四族長と呼ばれる者達がおりました」
あっ……おりましたってことは、もういないってことなのね。
「はい……勇者との戦いに敗れ、今はもうあの二族長しか……」
なんか勇者の強さを大分上に設定してたつもりだけど、その何倍もやばいんじゃないかって思えてきたよ。
そりゃ諦めたくなる種族が出てきてもおかしくないよね。
しかも最後の魔王が僕だよ、同情するよ本当に。
「いえ! 魔王様は我らと共に在ろうとしていただけるだけで、充分に我々の救いとなっております!」
ありがとね、だけど僕が今までやったことって観光くらいなんだよね。
だからそろそろ何かしてみようと思うんだけど、シュラウに色々お願いしてもいいかな?
「もちろんでございます、魔王様。我ら闇の種族は、常にあなた様に従うが故に」
これから色々と大変なこともあるだろうけど、改めてよろしくね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます