第五十一話「フィーリング・ゾーン」
◇ ◆ ◇
最寄りのレイドスポットへと到着した
それぞれが、お互いのプレイヤールームへと別れ、プレイヤー盤の上に自分たちのモンスター駒を並べている。
桂とペアを組むことになった少年は、先ほど不良たちに駒を奪われてしまった為、不良たちが予備で持っていた駒の中からわざと弱いモンスターで編成したセットを渡されていた。
すでに諦めムードで愚痴をこぼしている少年。
「こんなゴミモンスターだらけで勝てるわけないじゃないか……!」
すると、桂が悲しい表情で少年に語りかけた。
「ゴミなんて言わないであげて──。このモンスターたちだって意味があるから存在しているんだよ? 誰からも必要とされない存在みたいに……言わないであげてよ」
「ご、ごめん……なさい」
少年は桂の優しさに触れて、自分が如何に器が小さいのかを知る。
だが、それは無理もないことだ。
不良に囲まれ、暴力で大切なものを奪われて、このような不利な状況に追い込まれてまで、平然としていろというのは酷な話だろう。
いま少年は惨めな気持ちでいっぱいに違いない。
しかし桂の言葉を素直に聞き入れ、それによって自分の在り方を客観的に観察すること──延いては、未来の自分が今より大きくありたいと願い、今の自分を少しでも変化させようと努力する意思を示すこと。
それはとても素晴らしいことで、誰にでも簡単に出来ることではないのだ。
桂も、そんな少年の気持ちを十分に理解している。
「ううん──。謝ることはないよ。キミの立場なら、そう思うのは当然だと思う。でも、わかって欲しかったんだ」
「はい……。自分でもみっともないこと言っちゃったって、反省しています……」
桂は少年の心をケアするかのように優しくフォローしてから、あるアドバイスを与えた。
それは低ランクモンスターだからこそ出来る戦術を最大限に活用して戦えば、必ず勝機が生まれるというものだった。
一般的に高ランクモンスターの方が便利で強力なスキルが搭載されている。それは当たり前のことだ。
だが高性能すぎるが故の隙──
そのランク差によって生じる性能差を逆に利用する作戦。
少年は桂の助言に対して一定の理解は示したものの、その不安は消えないようだ。
当然と言えば当然だろう。
口で言うのは簡単だが、それを実行するのは思いのほか困難だ。
それも一回勝負のぶっつけ本番。
不安にならないはずがない。
だが──
やるしかないのだ。
少年の瞳にもまた覚悟が宿り始める。
桂はモンスター駒を配置しながら、そんな少年の横顔を眺めて少しだけ微笑んだ。
「……え? な、なんですか?」
桂の視線に気づいた少年が、恥ずかしそうに言葉を口にする。
すると桂は少年の言葉に答えるように、笑顔で言葉を返した。
「キミ、名前は?」
「な、
「ボクは桂。
「よ、よろしくお願いします……」
簡単な自己紹介を終えると、桂が中島に秘策を伝え始めた。
まず一番のポイントは、やはり中島のモンスターがすべて低ランクだということ。これを前提に作戦を考えなければならない。
桂たちが勝つためには、息の合った絶対的な連携が必要不可欠になってくるのだと伝える。
だが中島は、やはり自信が持てないようだ。
こればかりはどうにもならない。
もともとクロスレイドが強くなかった上に、最弱モンスターだけで戦うことになったのだ。
桂は中島を優しく導くように説得していく。
「大丈夫……! ちゃんとボクがフォローするから。失敗を恐れずに落ち着いて──まずはボクが考えていることを予想しながら動いてみて」
「わ、わかりました……。出来るだけ迷惑にならないようにがんばってみます……」
少しでも中島の自信を後押しする桂。
さらに桂が重視したのは、スキルの使い道についてだ。
もちろんモンスターたちの基本的な行動においても、勝敗を分ける十分な要素となりうる。
だが今回のような特殊な状況下に限っては、性能差に大きな開きがあるスキルの活用方法についてこそ、如何に工夫するかを考えるべきなのだという。
正攻法では分が悪い──
「……だったら、相手が想定すら出来ないようなスキルの使い方を考える! それこそ誰もが思いつかないような使い道を──。それがボクらの勝利への道しるべになる…………!」
さらに桂は、いくつかのコンボに関するパターンを中島に提案し、お互いにその動きなどを確認し合っている。
すると、準備を終えた不良たちがふたりを挑発してきた。
「……おい! いつまでトロトロやってんだよ⁉」
「ひゃはは! さっさと金入れろや!」
「俺らは別にやらなくたっていいんだぜ?」
相変わらず集団で脅すようなやり口に不快感を示すも、ここは不良たちの神経を逆撫でしないよう素直に従う桂。
「ちょ、ちょっと待って……! いま入れに行くから……」
桂は残りの駒を素早く配置してから、駆け足でお金の投入口へと向かった。
桂がお金を投入すると、中央レイドフィールドと各プレイヤー盤が起動音とともに青白い光を放つ。
直後──
レイドフィールド上に次々と姿を現しはじめるモンスターたち。
「持ち時間はお互いに一時間ずつだ……!」
「うっへっへ……いいぜぇ。まずはこの俺のターンだぁ!」
桂が持ち場へ戻る前に、ゲームを開始しようとする不良たち。
主犯格だと思われる人物を含めたふたりがプレイヤー盤の前に立っている。
残りは後ろに座り込んで見学しているようだ。
まずは相手の主犯格──
「俺は歩兵〈
「くっ……か、勝手に始めて…………!」
桂は急いで自分のプレイヤー盤の前に戻りながら、中島に次のターンをプレイするように声を上げた。
だが緊張で思うように動けない中島は、パニックに陥っている。
「大丈夫! 自信を持つんだ!」
桂の言葉が、狼狽えていた中島の背中を押した。
震える声で何とかターン開始を宣言する中島。
「ぼ……僕は、歩兵〈ブルー・スライム〉を1マス前進させてターンエンド……」
桂たちの様子を見ながらニヤついている不良たち。
後ろで見学している中の数人が桂たちに野次を飛ばしている。
「おいおい、大丈夫かぁ⁉ ひゃっはっは……!」
「間違えてファールしねぇように気をつけろよなぁ! トーシロくんたちよぉ……」
「く……! キミたちこそ……!」
桂が苦悶の表情で、不良たちを睨みつけている。
レイドフィールドに搭載されているレイドシステムには、高性能なカメラや感知センサーなどが付いている。
通常では出来ない行動をとろうとすると、ブザーが鳴り警告を示すシステムが搭載されているのだ。
カメラやセンサーのほか、さらにはマイクによって音声も認識しており、スキルの発動なども含めてプレイヤーたちの行動はすべてAIが監視している。
その為、不良たちが仮にわざとイカサマを行おうとしても物理的に不可能なのだ。
不良たちが何を企んでいるのかはわからないが、桂にとってはレイドシステムが搭載されているレイドスポットでの勝負に持ち込めたのはラッキーと言わざるを得ない。
続いて、もうひとりの相手、
田島は歩兵〈プチ・モンキー〉を1マス前進させてターンエンドした。
そして桂のターン。
「僕は歩兵〈ジャイアント・アント〉を1マス前進させてターンエンド!」
これで一周。四人全員が1ターンずつ消化した状態だ。
二週目以降もスキルは温存され、地味な陣取り合戦が続いた。
ある程度駒が分散したあたり──
絶妙なタイミングで仕掛けたのは桂だった。
「ボクのターン! ボクは歩兵〈
さらに進化歩兵〈トイ・トイ・プードル〉のスキルを発動する桂。
進化歩兵〈トイ・トイ・プードル〉のスキルは、フィールド上の自軍モンスター1体を選択して発動するスキルである。
次のターン、選択したモンスターのスキルを1ターン中に2回まで発動することが出来るという効果を持っている。
「ボクは中島くんの飛車〈レッド・バード〉を選択する!」
桂はチラッと中島の方へ視線を送って合図した。
だが中島には、桂の意図がまったく伝わっていない。
中島は慌てたような顔で狼狽えている。
「任せたよ……中島くん」
桂は小さい声で祈るように呟いたあと、ターンエンドを宣言した。
続く岡本のターン。
岡本も、なぜ桂が中島の飛車〈レッド・バード〉を強化したのか。その意図にはまったく気づいていない様子だ。
むしろ、わざと中島に持たせた低ランクモンスターを、桂が強化したことに対して大笑いしながら馬鹿にしている。
岡本は角行〈フライング・ゴリラ〉のスキルを発動した。
「こいつのスキルは、進行方向上にいる相手モンスター1体を通過できる効果だ! そっちのメスガキの歩兵〈オニムカデ〉をすり抜けて、その先にいる角行〈テンペスティック・マンティコア〉を捕縛するぜぇえ!」
いきなり角行モンスターを捕縛されてしまった桂。
眉間にしわを寄せて、苦しそうな表情をしている。
さらに岡本は角行〈フライング・ゴリラ〉を裏向きに持ちかえて宣言した。
「ひゃはは! そんなカス野郎のことなんか気にしてっから、そういうことになるんだぜ……カワイ子ちゃんよぉ! 俺は〈フライング・ゴリラ〉を進化召喚だ! 現れろ──〈フライング・ゴリラ・ゼット〉!」
ここで岡本のターンが終了。
そして中島のターン。
中島は額に大量の汗を浮かべ、震える手で飛車〈レッド・バード〉の駒を手にとる。
現在、飛車〈レッド・バード〉は、桂のスキル効果によって1ターンにスキルを2回まで発動出来るように強化されている。
まずは飛車〈レッド・バード〉で、相手の歩兵〈ねずみの
続けて飛車〈レッド・バード〉のスキルを発動する。
飛車〈レッド・バード〉のスキル効果は、前後左右いずれかの方向へ4マスまで移動出来るというもの。
中島は飛車〈レッド・バード〉を前方へ移動させ、相手の桂馬〈ひとつ
さらに中島は、桂の進化歩兵〈トイ・トイ・プードル〉のスキル効果によって強化された飛車〈レッド・バード〉の2回目のスキルを発動。
これに岡本が、思わず動揺の声を上げた。
「や、やべぇ……⁉ 俺の銀将モンスターが捕られちまう!」
そう。まさに中島の飛車〈レッド・バード〉が、岡本の銀将モンスターを捕縛範囲内に捉えていたのだ。
だが──
岡本の銀将モンスターには手をつけず、桂の方を一度だけチラっと確認した中島。
桂が力強く頷き、それに答えるように中島も軽く頷く。
そして、中島は不良たちが予想だにしない行動に出たのだ。
「ぼ、僕は……相手の歩兵〈メガ・トンボ〉を捕縛してターンエンドだ……!」
それまで賑やかだった相手サイドにいる不良たち全員が沈黙──
少しのあいだ、静寂が支配した。
そして間もなく……。
「ぎゃはははっ!」
「あいつ……馬鹿じゃね⁉」
「やっぱトーシロだなぁ!」
見学している不良たちギャラリーが一気に沸いた。
皆、中島の飛車〈レッド・バード〉が岡本の銀将モンスターを捉えていることをわかっていたのだ。
岡本は冷や汗をかいていたが、ギャラリーに釣られるように安堵の笑みに変わっていく。
「は……はは……! バカめ……。俺の銀将が捕れたのに見えなかったのかぁ? しかも進化すんの忘れてっし! やっぱカスだな……てめぇはぁ! カスが良いモンスターなんて持っていても宝の持ち腐れなんだよ。だから俺らが貰ってやったんだ! ……ひゃははは!」
中島を馬鹿にして笑う岡本。
それに呼応するように、不良たち全員が中島を罵り笑う。
中島は怯えたような顔をして震えている。
だが──
そんな中、ひとりだけすべてを静観している者がいた。
────
その顔に不釣り合いなほど不敵な笑みが浮かぶ。
「──キミたちは自分たちのことを過信しすぎだ。他人を見下しているから、そういうことになるんだよ!」
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