第11話 吸血鬼は一体何故?


「やぁーシェラミアさん。久しぶり」


「ジャック。こんなところに呼び出して、どうしたのだ」


 吸血鬼バーの常連で、顔馴染みの男吸血鬼ジャックから連絡を受ける。

久しぶりに顔を合わせた場所は、バーではなく、夜の街だった。

 六本木ヒルズの近くで待っているように言われ、スナイプスから隠れていた身ながら、普段は干渉してこないジャックからの珍しい呼び出しが気になって出てきてみた。


 奴は背中にバンドで使うギターケースを背負って現れた。見た目は奇抜だが、今時の若者寄りらしい。それなのに、私よりも少し歳上というのが、しゃくに障る。



「元気そうだなぁ。彼氏とは別れられたのか?」


「色々あって、契約更新だ」


「へぇ。純血様のお眼鏡にかなったってわけか。ま、そんなのはいいや。歩きながら話そうぜ?」


 ついてこいよと、ギターケースの背中についていく。深くは言わないが、何処かに私を連れていきたいらしい。


「夜も人間がいるな。新宿の歌舞伎町とやらほどではないが、夜も騒がしくなった」


「この辺はナイトクラブやらバーやら、若者が好みなもんがあるからだよ。勿論、海外から流れてきた人間や吸血鬼の店もな。つかお嬢、歌舞伎町行ったことあるのかよ、意外だな」


「うちのバカ下僕が、キャバクラなんぞに行った時にな」


 そうじゃなきゃ、あんな騒がしい場所に行くものか。


 彼についていくと、ヒルズよりそう離れていない雑居ビルの一角にたどり着くが、そこの地下へと続いている階段の前に、進入禁止の黄色いテープが張られ、残った火薬の臭いとその他の異臭が漂う、何かあったとしか思えない荒らされた形跡があった。


 そこはバーだったらしく、暗くなった看板だけが出ている状態で、階段の上からでも、何があったのか想像がだいたいついた。


「俺のダチの店だった。ドイツで会ってから150年の付き合いだったが、一昨日、二人組のハンターの襲撃でやられた」


「何?」


「ここ最近、吸血鬼の隠れ家や店が襲撃される事が多くなってきてる。日本のハンターは、吸血鬼よりもゴーストハント専門だ。今までは、ここまで過激なもんじゃねぇよ」



 ……スナイプスか。やるとしたら奴しかいない。しかし、二人組というのが引っ掛かる。奴は昔から一匹狼だ。誰かと連れ合うような事は嫌っていると聞いたことがある。

 

 私の前にも一人で現れ、イタリアンヴァンパイアマフィアのJr.を一人で追い回す奴なのに、今さら相棒を連れて、こんな小さい店に奇襲をかけるか?



「日本みたいに住みやすい国はそうそうないってのに。そもそもここのオーナーだった奴は、元牧師で牛の血で我慢するってぐらい人間の殺しは好まない。血液パックを仕入れて、同じような奴等に提供してただけだ」


ジャックは悲惨な現場を物語る階段の下を見て、壁を殴り付けた。


「外で酔っぱらって居合わせた人間の証言じゃ、男二人組の客が入った数分後に、銃声が聞こえたらしい。日本には加藤兄弟っていうハンター家業の人間がいる。そいつらの仕業かもと思ってる」


「加藤兄弟?」


「日本には珍しいヴァンパイア専門のハンターだ。以前からそこそこ名前は知ってた。親をどっかの吸血鬼にやられてから、兄弟二人で吸血鬼を狩ってるらしい」


 加藤兄弟……日本にも、吸血鬼狙いのハンターがいるとは。


「スナイプスかと思ったら、どうやら違うようだな。この間、襲われたから」


「スナイプス?あの、不死身のスナイプスか!?悪い冗談やめてくれよ。あいつが日本にいるなんて悪夢であってほしいぜ」


ジャックもスナイプスのことは知っている。かなりの有名人だ。海外から移住してきた吸血鬼なら皆知ってるぐらいには。



 あいつの目的はロサンチーノから私に移った。

 我々純血を絶やすためならば、店ごと吹き飛ばしもするが、本来ロサンチーノを追ってきただけに過ぎないバチカンの秘密結社が、わざわざ目立つ真似をするはずがない。



それに、素人臭い。



「スーパーナチュラルを相手にするならば、普通もう少し人間にバレないようにやるのに、目撃者を残してる。

 殺した後の証拠を消したかったのだろうが、店ごとぶっ飛ばすとはな……ここ最近、連続で起きてるなら、誰かを炙り出したいのかも。それか、誰かをしらみ潰しに殺しまくってるか」


「お嬢はそう思うか。加藤兄弟だけならまだしも、スナイプスまで日本にいるたぁ予想外だったぜ。日本吸血鬼協会の奴等は温和なもんだよ、ただの外出警告だけだ」


「この国らしいな」


 ジャックはそれが納得がいかないようで私を呼んだらしい。


「どうだよシェラミアさん。あんたと俺で手を組んでやらないか?俺は別に人間殺しには慣れてる」


「そういうことか。…気持ちはよく分かるが、今は動くのも殺しもなしだ」


「おいおい、純血吸血鬼のくせしてベジタリアン気取りか?もし、二人組の目的があんただったらどうする?」


「何故そう言える?」


「スナイプスに襲われたんだろ?その経由で他のハンターが純血が日本にもいるってことを知ってもおかしくない。そいつらの狙いは多分、シェラミアさんかもしれないだろ」



 憶測で物を言うなと注意するが、急に活動的になり、しらみ潰しに吸血鬼の根城を荒らしてるなら、誰かを炙り出したいに決まってるって言ったのはあんただろ?と返される。


…ジャック。もしや、何かしらその根拠を掴んで来たわけか。



「俺の友達のことはあんたのせいとは言わんよ。ただこのまま黙っておくわけにもいかねぇ。そうだろ?」


「そうだが。例えそうとしても、私達から動けばそれこそ思う壺だぞジャック」


「あんたの彼氏さんだって被害にあわないと思ったら大間違いだぞ。中にはな、人間の客だっていたんだ」


 ジャックは黒焦げになった店の入り口を堂々と指差した。

奴等は、人間がいたにも関わらずここまでやったんだと私に訴えて。


人間……ハンターを、殺す。

その事に何の躊躇もない。むしろ、殺してやりたいのが本音だ。


 しかし、私が聖也といる以上、人間は殺さないと決めた。ここで誰かを殺せば、あいつは、どんな顔をするのか。…見たくはない、そんなの。


「なぁ、殺すのは無理なら俺がやる。他の奴等も、とっくに犯人探しを始めてる奴だっているんだ。考えてほしい。もし、彼氏の家にいるってバレた後の事を」


「…………」




_____***



 いつも通り、スマホの目覚ましが鳴って目が覚めた。今日も早くから仕事に行かないといけないと思うと、憂鬱………。


 第一、祝日休みじゃないんだもん。ホント、転職しようか迷う。

資格も食いっぱぐれないように取っただけだし。


 もうすぐ新しいベッドが届くのに処分する予定のシングルベッドから、ぐでっと眠気に捕らわれてる体を這いずって芋虫のように離れる。


 今日は…添い寝してくれてない。寂しいなぁ。たまに起きる頃に横にいて、顔を覗き込んだり、勝手に吸血してるんだけど。

発情期終わってからは、横にずっといることも無くなっちゃったな……。


そう思うと、不安になってくる。

彼女はずっと、このまま僕の側にいてくれるのか。

彼女が僕をちゃんと好きでいるのか、また別れたいと思ってないかとか、嫌な方向にばかり考える。


「やっぱ…僕らしくないよなぁ。前は誰が何をしようが、あんまり気にしてなかったのに。シェリルとなると、怖い…」



 彼女に惹かれる理由がよく、分からない。一目惚れなのは間違いないけど、こんなに離したくないと思った相手は初めてだし、嫌われるのも怖くて、余計に構いたくなる。


 よく分かんないけど、だって全体的に可愛いし美人だし、髪はふわふわでサラサラだし、胸おっきいし、なおかつ華奢でスタイルもいいって、何処の女神。


……んー、でも何でだろ。それなりにちゃんと好きになった相手はいままでにもいたのに。感情がここまで高ぶったのは、初めてなんだよなぁ。


優愛と付き合ってたときも………ここまで考えなかったし。たとえ、優愛とは本当に…。


「聖也!!」


「ふぁっ!?」


 ベッド下の床の上でごろっと転がってた時に、扉が勢いよく開いてビックリした。想像してた通りの姿の彼女がいきなり入ってきて、僕を見下ろす。


 短い丈のスカートからチラッとモチモチしてる白い太ももが見えて目が勝手にそっちに行ってしまう。


「お、おはよう~…ど、どうした?」


「………何故床に転がってる。落ちたのか?」


 用があって入ってきたんだと思うけど、僕のだらしなく床にはみ出た姿に、キツい瞳が冷たく僕を見下ろしてた。


 そんな軽蔑した目も、彼女ならいい。もっとそんな目で見てほしい。………って、こんなこと考えてると知れたら、変態って言われる。


なので、気持ちを誤魔化すように彼女に向かって手を広げた。


「シェリル~、抱っこ、してくれる?」


「……お前、一体いくつになった?」


「26さい?」


「自分で起きろバカタレ」


 ますます軽蔑した冷たい目で見下ろしてくるのがまた良い!!日ごとますます自分が変になっていっても、いいやって思える。


「ねー、たまにはシェリルも抱っこして?」


「一生寝てろ。性欲だけは強いぐうだらのは、一生、ベッドの中で退化してろ」


「ま、待って待って。冗談だってばー」


ってだいぶ古い罵り方をして、呆れたように出ていこうとする彼女を、慌てて後ろから抱き締めて留める。

相変わらず、良い匂いのする髪と首筋に鼻を擦り付けると、彼女はくすぐったそうに身をよじった。



「なぁに?どうしたの??」


 優しく聞きながら彼女の匂いを満喫してると、しばらくされるがままにされてた彼女が、抱かれたまま体をこっちに向けて、僕に顔を向けた。


 血色が悪い白い肌、薄ピンクのパッチリした瞳と、柔らかい唇が僕を向いてる。何度体感しても足りない彼女の唇に吸い込まれるように向かっていこうとしたら、彼女は言った。



「今日、じいやの所に帰ってもいいか?」



不意に放たれた言葉に、脳みそを支配してた眠気の霧が一気に晴れる。


ピンクの瞳には、想像してた通りの僕の顔が写っていた。


「…え?なんで??今日!?なんでまた急に」



 まさか、ここで別れ話が??

これだけは正夢にならないでくれと願った悪夢の再来に、一気に全身から血の気が引いたが、彼女は首を横に振った。



「屋敷のことも心配だし、ちょっと帰省しようと思ってる」


「や、やだ」


絶対やだ。

もしかしたら二度と戻ってこないかもと思うと賛成出来ず、嫌だと即答すると、僕の腕の中に収まったまま、しかめた表情をみせた。



「何故反対する?ちょっと帰るだけだろう」


「か、帰って来ないつもり?嫌だよ、絶対やだ」


「はぁ?勘繰りすぎだ!別れるなんて言ってないだろう」


「やだ!!」


子供のように駄々をこねるなと言われても、実家に帰るなんて事は絶対拒否する。


だって、彼女の家はあんな誰も入らないような山の中だし、一度帰られたら僕なんか、また追跡することは難しい。


縛ってでも行かせたくないと部屋にそのまま連れ込んで押し倒そうとしたら、今回は彼女に反抗されて、逆に僕が押し倒された。

それでも、嫌だと反対しまくって彼女に呆れられても。


「なんで!?この間無理矢理ホテル連れてったから!?」


「ほう。悪いと思ってたのは意外だな」


「ごめんて!!謝るし、もう二度と無理矢理しないから!!」


「お前な…いざとなれば、私はこうしてお前を下に出来ると言うに」


「どうしても帰るの!?じゃあ僕も行く。有給取ってくるから待ってて!!そんなに急ぐことなの?今日急いで帰らなきゃだめ!?」


「急いで帰ってくるつもりだから早めに行くことにしたのだ!!しつこいと本当に全身から血を抜くぞ!!」

 

 僕の上で腕を組み牙を見せて怒る彼女に、信用したくとも出来なかった。発情期が終わったばかりに、急に帰るなんて言い出すのも、今日の夜帰るなんて変だ。絶対、変な気がする。



「…………なんか、隠してる。隠してるよね」


「隠してない」


「好きな人出来た?それとも、やっぱ僕と別れたくなったの…?」


「そういう事じゃない!!お前と言うやつは!!」



 そんな目で見るなとそっぽを向いた。じゃあ何ですぐ帰ろうとするの?どうして僕を連れていってくれないかと、我ながら気持ち悪いほど女々しい追及をすると、彼女はしぶしぶと言った感じで答えた。



「ちゃんと、帰ってくるに決まってるだろう…。契約期間もあるのに、今さら破ることはしない」


「…ほんとに?いつ?」


「まぁ…一週間ぐらいか」


大体な。と正確な所までは言わない。


「一週間で帰ってきてくれるんだね?ほんとに?」


「帰るって言ってるでしょ。ほら、早く仕事行く支度して」


「待ってよ」


 僕の上から立ち上がった彼女の冷たい腕を掴んで振り向かせた。いつもの様子でも、どこか冷たさが感じられる。


「急に今日帰るなんて言われたら、ビックリする。次からもう少し前に、話が欲しい」


「…分かった。次から、そうする」


 白くて長い指をしてる手。僕を雪の中から引っ張りあげた凍った手、告白したときに棺から最初に出てきて見えた、綺麗な手だ。


 ずっと、触れたいと思う手に触れられる権限を手に入れた。それを一瞬でも目の前から無くなると思うと、酷く気分が悪く、落ち込む。



「……一週間経っても帰ってこなかったら、また迎えに行くから」


「あんな山奥に来たら、今度こそ野たれ死にだぞ」


「それが嫌なら、帰ってきてくれる?」


 僕の手と彼女の手が自然に絡み合う。もう何度も重ねて来た肌からは逃げられるはずがない。僕にとっても、彼女にとっても………。



「大袈裟な事を。ちゃんと帰るから、だから…主人の私がいない間、用心するのだ。いいな?」


「え?してるよ、いつも」


「してないから言ってるんだ。最近は何かと物騒だし、お前みたいに、ぽやっとした感じで歩いてるとすぐ狙われるだろう」


 いつものように、バカな下僕と言って僕の膝に乗ってきた。僕の顔を覗く彼女の瞳とぶつかり合い、朝から甘い誘いに頭が溶けそうになる。


「分かった。大好きだよ、シェラミア」


「分かったって返事だけで十分だ」



 別れを惜しむように濃厚なキスを交わす。こんなことなら、昨日の夜いっぱいしとくべきだった…。なんであの夜に限って眠気に負けたんだろう。


 朝全く時間がないまま、支度とご飯に時間を使ってようやく仕事に行く時間になったときに、玄関でいつものように彼女に触れた。そしてまたキスも何度も繰り返して、やめどきが分からなくなってしまう。



「っ…ねぇ、別れる訳じゃないんだから。さっさと行け」


「お願い、もう一回」


「もう、やめだ!やめ!疲れた!!」



もうこれ以上なし!と持ってきた顔の前に手のひらでガードされてしまった。



「むぅ…本当に一週間で帰ってきてね?」


「しつこいな。帰ってこなかったら、山まで来るんだろう」


「無理矢理にでも連れて帰るからね!」


 なんて幸せなんだろう。

大好きな人に見送られる朝って言うのは。


僕は、想像してなかった。


一人で住むには広い家で一人暮らししていた頃も、その前も。僕には、こんな幸せは起こらないと、思ってたんだ。


…手放したくない。

二度と、こんなことは起こらないと思うから。


「いってきます」


 彼女から手を離す。遠くに行ってしまいそうな気がしてならない胸を抑えながら、玄関の扉を閉めた。




___**






「…いってらっしゃい」


 ようやく聖也が仕事に出掛けて、玄関の扉を閉めた。


一瞬勘づかれたが、上手く誤魔化せた。これで、少し聖也から離れても、問題ない。


 いつ、ここが知れるか分からない。そうなって聖也に被害が及ぶ前に、ジャックと災厄の種を見つけなくては。


彼との生活が脅かされる前に。



しかし、この時知りもしなかった。


奴等は、私達の事をとっくに掴んでおり、すぐに私と彼を脅かすことになった事を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る