第11話

 異世界でカジノで稼ぎ、その全てを万馬券に注ぎ込んで、使い切れない大金を手に入れた鈴原零はスヤスヤと寝ていた。スマホのアラームが鳴って目を覚ました。


「おはよう神様。いますか?」


「あ、はい。いるよ。ずっと見守ってるよ」


「昨日はちょっとしかゲームを出来なかったけど、楽しかったです。麗奈さんも忙しいのか夜に来なかったし、丁度いいと言えばそうでした」


 朝から零君に話しかけられて少し驚くわし。勇気を出して今日も言ってみよう。


「今日も異世界に出かける?」


「いえ、今日はやめておきます。バイトの後で試したい事もあるので」


「それは残念だのう」


 鈴原零はシリアルに牛乳をかけて手早く朝食を済ませてバイトに出かけた。バイト先は大きな公園を少し過ぎた所で近所だった。


「おはようございます」


「零君おはよう。今日もよろしくね」


「はい。宜しくお願いします」


 鈴原零はバイト先に到着すると、素敵な女性が出迎えてくれた。歳は30歳前後か、わし好みの落ち着いた雰囲気の女性だ。若い頃は美少女としてモテたじゃろうな。今ではその魅力が熟れてきて精練された感じだ。つまり、美人レベルが高い。

 挨拶を終えると零は言われるまでもなく、すぐに掃除を開始した。みるみる間にピカピカになっていく。掃除を終えたら、メニュー等が書いてあるポップを店の前に出した。

 軽食のある喫茶店のようだ。おそらく店内はコーヒーの良い香りで満たされているのだろう。わしには匂いはわからないけれど。


「最近どうなの? ゲームは順調? お客さんが来るまで奥の席でやってていいわよ。コーヒーいれるね」


「ありがとうございます。ゲームは順調ですね。変わった事と言えばサブアカウントを作って近所の人と新しくギルドを作ったくらいですね」


「それは素敵な事ね。楽しそう。集まる時はここを使ってね。うふふ。私って商売上手」


「はい。さっそくギルド専用チャットにここの情報載せますね。僕のバイト先はアリーキャットです。美味しいコーヒーに安い軽食。ナポリタンは絶品で、しかも安い。グルメの方には高級ナポリタンも用意。安いから高級まで完備。ギルドメンバーで集まる時は是非使って下さい」


「よし、書きましたよ」


「うふふ、私も楽しくなりそう」


 ふたりは昼からの客のラッシュを乗り切るとゆっくりとフレンチトーストを食べながら、コーヒーや紅茶を飲んでくつろいだ。


「もしもし、コンビニ店員とナースのマキです。課金したくてナースに復帰したマキです。零さんに少しでも追いつきたくなったマキです。聞いてますか? お返事下さいな」


 突然かかってきた電話はマキだった。ハイテンションで話すマキに店長の静香と零が驚いた。


「あ、はい。聞いてますよ。マキさん元気そうですね」


「元気じゃないですよ。3日寝てないので妙なテンションになってます」


「寝て下さい。じゃ!」


 零がマキからの電話を切るとすぐにまた電話が掛かってきた。


「零さん待って下さい。ナースに復帰したのは理由があるんです。同じギルドだった愛さん知ってますよね。彼女が私達の地元ギルドに入ってきたから、ナースに復帰したんです。負けてられないので。あの、零さん聞いてます?」


「あ、はい。聞いてますよ。でもゲームは競争じゃないので、マイペースでやったらいいと思いますよ。無理はしないように。では、寝てください。おやすみなさい」


「あ、はい。おやすみなさいって状況わかってます? 思いを寄せる女性がふたりで争って……あ、なんでもないです。間違いました。今の話は忘れて下さい。頭が変なので寝ますね。おやすみなさい」


 マキからの電撃のような電話の後で、零は心配そうだった。そんな無理して課金しようとして倒れなければいいけど。


「何か凄い事になってるみたいね、零君のギルド」


「いえ、何でもないですよ。寝てない事だけが心配なだけで」


「え、いや、思いを寄せるからの下りは?」


「ああ、あれは昼ドラの話しか何かでしょう。ドロドロの展開。眠いのにテレビの話するって相当疲れてますね。それに、本人が忘れてくれと言っていたので忘れます。誰にでも話すすぎる事はあるし、寝不足ならなおさらです。ああ心配だな。今日はよく眠れるといいけど」


「あ、はい。そうですか。所でマキちゃんて可愛いの?」


「ええ。凄く可愛いですよ。目がとても大きくて黒目も大きくて、鼻も高くて唇が上も下も大きくてプルプルしてます。しかも大きすぎてはいない。芸術的なまでに完成された可愛いですね。究極の可愛いと言ってもいい。究極の美人とのバトルがあるなら勝つのは彼女でしょう」


「え、何その熱弁。零君気がついてる? 君はもう……いえ、何でもないわ。コーヒーおかわり飲む?」


「いただきます」


 ふたりは話をしながら午後の時間をゆっくりと凄し、それから夕方の客のラッシュにも耐え抜き、店を閉めた。


「零君お疲れ様。夕飯食べてく?」


「いつもありがとうございます。頂きます」


「できるまでゆっくりゲームでもしてて」


「はい」


 静香は客に出す時よりもゆっくりと丁寧に料理を作り、鈴原零はゲームをしている。すると零は何かに驚いたようだ。


「静香さん大変です。ギルドメンバーが既にこちらに向かってるようです!」


「あらら、丁度いいわ。貸し切りみたいで素敵じゃない。零君お店の前で出迎えてあげて」


「はい。ただいま!」


 零が店の前で待っていると、マキの姿が見えた。こちらに走ってくる。そしてそのまま抱きついた。いい匂いがしてクラクラした。


「会いたかった」


「えあ、はい」


 マキの抱擁はまだ終わらない。ギューと凄い力で抱きついている。これが熱い抱擁というやつである。


「皆さんが追いついたし、店に行きますか」


「はい」


 マキの口数は電話の時とは違い、少ない。いや、短かった。


「皆さん今日は集まって頂き感謝です。今後もこうしてここを使ってくれると嬉しいです。ですが、食材がもう高級な物しか残ってなくて。今日は飲み物だけにしますか」


「わたしが払う」


「マキさんいいですよ。無理しないで」


「だって零さんが働くお店だもん」


「いえいえ、気を使わないで。来てくれるだけで嬉しいですよ」


「ほんと?」


「うん。ほんと」


「うれし」


 何だろうね。他のギルドメンバーが零とマキの邪魔をしないように黙っているので、ふたりのデートのようになってしまっている。マキはちゃっかりと零の隣の席をキープしているし。


「さあさあ、飲もうぜ。国外のビール興味あるし。この店凄いな。珍しい酒もあるのか」


「あ、ルイさん酒は売り物じゃないです。静香さんの趣味です」


「そうか残念。ならウルトラサンデーデラックス!」


「それは5000円のスペシャルメニューですよ」


「皆で分ければいいじゃん」


「そうですね。静香さんウルトラサンデーデラックスと取り皿5人ぶんとお玉お願いします」


「じゃあね、私は超豪華海鮮丼。限定1日1食しかも不定期」


「マキさん。それは店長の静香さんの密かな楽しみで、週に1度なんですよ。お客より本人が食べたくて、お客さんが食べられたらラッキーという」


「えーでも、わたしそれが食べたい」


「あるよ。待ってて可愛いマキちゃん」


「あるの? うれしー静香さん好き」


「うふふ。私もマキちゃんみたいな女の子好きよ。可愛いを突き詰めるとあざといになるのよね。本人はただ可愛い道を極めただけなのに」


「わかる」


 静香さんとマキは意気投合し、段々と注文が決まっていく。残りはルイさんの彼女のルミと、元気で明るいアカリと謎の50代の斎藤さんだ。


「ぷはーもうお話ししていいの? 黙ってるの疲れたー」


「そうだね。もういいんじゃない? 私も注文しよ。あの、スペシャルオムライスで。所で何がスペシャルなんですか?」


「ルミさんそれはね、使ってる卵がなんと1個500円なんですよ! しかもそれが3個も入ってます。チキンライスの中身も柔らかくジューシーな高級地鶏とポルチーニのキノコが入ってます」


「1個500円の卵が! それだ! 間違いない」


 高級な食材しか残ってないと言ったものの、こう立て続けに高い料理が出ると嬉しい。


「アカリはねー高級ナポリタン。飲み物わねー」


「飲み物は後で皆で頼みましょう。ここは私がご馳走しますので」


「えー! じゃあ、注文キャンセルでもっと安いものを」


 斎藤さんのおごり発言で大混乱となった。皆高いものを注文してしまった後だ。斎藤さんは穏やかな笑顔でこう言った。


「若い皆さんに混ぜてもらえて嬉しいんですよ。こんな私にも平等に接してくれた。これはそのほんの少しばかりのお礼です。お金の事は気にしないで沢山飲んで食べて下さい。長く生きてるので蓄えはかなりあります」


「斎藤さんありがとうございます!」


 全員で斎藤さんにお礼を言った。心なしかナイスミドルに見えてきた。帽子をかぶってるのでよく見えないが。こうして、穏やかに時が過ぎていくかと思ったその時、勢いよく走ってきた車が急ブレーキで止まった。そして店のドアが勢いよく開いた。


「ここがアリーキャットね。ようやく着いたわ。マキ抜け駆けは許さない」


「きたか愛。残念ながら今日は私の勝ちだね」


「私の愛の方が勝つ」


「いや、私の可愛いの方が勝つね」


「自画自賛!?」


「うん自画自賛」


「くう、反論できねえ、めっちゃ可愛い」


「ほら私の勝ちだね」


「ぐ、まだ負けてねえし!」


 到着して早々にマキと愛の戦いが始まっていた。他のギルドメンバーは残り料理を物凄くゆっくり味わって食べている。高級なので一気に食べるともったいないのと、美味しすぎて食べると一口ごとに幸せがやってくるので、必然的に食べるのが遅くなる。


「本当に美味しいね。高級食材なだけあるね」


「それだけじゃないよね。この絶妙な味付け完璧か!」


「このジャンボパフェのフルーツもやっべえぞ」


「あ、イチゴちょうだい」


「私はマンゴー」


「ちょ、まてよ!」


「イチゴおいしー! めっちゃあまーい」


「このマンゴーもすっごいよ! 神や!」


「まだやってるね、あのふたりこんなに料理が美味しいのに」


「まあ、いいんじゃない? マキちゃん超豪華海鮮丼を美味しそうに完食してたし。食べてる顔が幸せそうでめっちゃ可愛かった。あの顔されたらご馳走した甲斐があるってもんよね」


「私女だけど同じ女と思いないくらい可愛いわ。争う気すら無いわ。あの新しく入った愛って言う強い人はリアルでも強そうだね。何気に高級外車だし。800万だっけあれ。そりゃマキちゃんとも張り合えるわ」


「で、どっちが勝つと思う?」


「マキちゃん」


「私も。マキちゃんの可愛さはチート。下手すりゃ世界一も狙えるわ。勝てるのは美人の世界ランカーくらいじゃないの?」


「そうだね。マキちゃん相手に可愛いで挑むのは無謀の極み」


「ですよねー」


 こうして延々とマキと愛のバトルが続くかに見えたが、愛の腹の虫が鳴って終了した。赤身ステーキとサーロインステーキの合体スペシャルを頼むとガツガツ食べていた。まさに肉食女子。零に一直線。邪魔をするのはマキ。鉄壁のディフェンスで一歩も進めない。そんな状態だった。


「今日は美味しかったです。また来ます。東京から」


「愛さん遠くからご苦労様。なのに零君と話せなかったね。マキちゃんとばかり話してたね」


「やつを倒せばいくらでも話せるようになりますよ」


「ふふ。私を倒せればな」


「く! 今日は負けたが次は!」


「じゃあね、愛、気をつけて帰るんるん。楽しかったよ」


「うん。じゃあね、我が宿敵のマキ。私も楽しかった」


 がっちりと握手をする愛とマキなんなんだろう。ふたりはライバルなのか? 強敵と書いて友と呼ぶのか? 


「俺達もそろそろ帰るか。零またな! 静香さん閉店してたのに遅くまですみませんでした」


「じゃあねー! 私は今日は彼氏の家に泊まって行くわ。ここから近いし。じゃあね、アカリ」


「彼氏の家が近いといいな。私は電車だよ」


「さて、最後に斎藤さんにお礼を言おうか」


「そうだな。斎藤さんありがとうございました」


「いえいえお気になさらず」


 こうして、皆と別れ、零も店の後片付けをして家に向かって歩いた。麗奈が待っていると思うと早足になった。悲しいかな零は、超がつく程の一途なのだ。ふたりの想いは全く彼には届いてなかった。

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