第10話

 鈴原零は朝目覚めると顔を洗って歯を磨いて、冷蔵庫から卵とベーコンを取り出してベーコンエッグを作り、それから野菜を取り出してサラダを作り、サラダチキンを入れた。ドレッシングは細かな玉ねぎが入ったやつ。うまそうじゃのう。

 朝食を食べ終わると、動きやすい格好に着替えて出掛けた。到着した所は何とジムである。異世界活動本気モード?

 実はやる気ありなのか。わし、すっごく嬉しい。ジムでのトレーニングを終えて昼食までまだ時間がある。わしは思いきって声を掛けてみた。


「これからから暇なら異世界に行かないかい? トレーニングの成果も気になるじゃろうし、それに今日は冒険しなくていいから町で遊ばない? きっと楽しいよ。カジノもあるよ」


「え、そうだな。遊ぶのならいいか。いいですね。行きます。筋力アップしてから魔力の影響を受けるかどうなるか興味ありますし、カジノに行きたい。俺は運気を見るしか能がないですし」


 やったね。こうしてわしは異世界に来てくれる日以外に零君を異世界に連れ出す事に成功した。この勢いで続けて行けば週に5回連れ出す事が出来るかも知れない。

 異世界にやって来て町に到着すると、零君の足が止まった。浮浪者がお金を下さいと帽子を道端に置いている。それを見て零君は裏道に入った。


「神様。この町にはこのようなホームレスの方が沢山いるんですか?」


「うん。沢山いるよ。カジノのせいが大きいかのう。全財産を無くして家を追い出されたり、繁盛していた店を潰したり。その子供も悲惨じゃのう」


「よし。決めた。俺だけの為にカジノで遊ぼうと思っていたけど、皆の為にカジノに行こう。皆の不幸を俺の幸運で取り返す!」


「あれ、カジノは反対方向じゃよ?」


「こっちでいいんです」


 零君はカジノではなく、ギルドに入っていった。そして決意に満ちた熱い瞳で息を大きく吸った。


「皆聞いてくれ。この町の現状をどう思う? 家が無い人をこのままにしていいのだろうか。家族がバラバラになっていいのだろうか。原因はカジノにある。理由は言えないが、俺ならカジノに復讐できる。だが、それには金がない。そこで皆の助けが必要だ。お願いします。俺に投資して下さい!」


 鈴原零の突然の演説に周囲が固まった。ざわざわと何を言ってるんだこいつはとその反応は冷ややかだ。運気が見える能力を明かすとカジノが不正だと言いかねないので、理由は話せない。詰みに見えたその時、ひとりが話し出した。


「面白い提案ですね。私は乗りますよ。全財産の10分の1で申し訳ないのですが、1500万ゴールドを零さんに託します」


「お! ミレイヌさんが乗ったぞ! 俺も1万ゴールド出すぞ!」


「俺は1500ゴールド。全財産だ!」


「私は500ゴールドかな。弱いからこれが限界。ごめんね」


「皆さんちょっと待って下さい!」


 ミレイヌのお陰で金が集まって来てきたのに零が止めた。


「ミレイヌさんのように全財産の10分の1でお願いします。例え儲けても皆さんのお返し出来ませんし。家のない食べ物も買えない人達の為なので」


「俺達を舐めるなよ。坊主。全財産の半額までなら行けるぜ。皆、そうだよな!?」


「おー!」


「ミレイヌさんは孤児院を運営してるから仕方ないがな」


「うん。ミレイヌさんは仕方ない」


「ちょっと待ってろ坊主。隣の酒場でも声を掛けてくる」


「私はライバルギルドに声を掛けて来ますね。皆カジノには恨みがありますから」


 こうして、数時間後には沢山の金が集まった。お金の運搬係兼ギャラリー100人以上がカジノに集結した。カジノに入り、スロット台があるのに驚いたが、先ずはそこから手をつけた。黄色いオーラが立ち上る台に座る。他の台からは黒いオーラが見える。もちろん外れだ。


「お、大当たりだ。これは本当に行けるかも知れねえな」


「カジノコインも手に入れたし、大きく賭けますか」


「それならビッグオアスモールだな。倍ずつカジノコインが増えていく。それかルーレットだな。100の数字の中で100を的中させると100倍だ0だと無し。1は賭けた金が返ってくるだけ。そんなシンプルなゲームだが、破産した奴が最も多いどうする? 坊主」


「ビッグオアスモールだと俺の力は使えないので、ルーレットで行きます。低い数字ではわざと負けて怪しまれないようにして、大きい数字で稼ぎます」


「わざと負けて? まるで勝ちが確定してるような言い草だな。何にせよ凄い自信だ。期待してるぜ」


 ルーレットで当たりの数字が光る。全て勝つことが出来るが、わざと勝っては負けてを繰り返し、少しずつ金額を増やしていく。手持ちのゴールドも少なくなってきた。そこで遂に100倍のチャンスが来た。全額を投入。


「お客様。破産するおつもりですか? 運がいいのはお認め致しますが、さすがに無謀かと。今までにお客様の数字の的中は僅か2回。大当たりなどそうそう来ませんよ」


「今日は運が絶好調と占い師が言っていましたので皆で勝負をしに来ました。俺は皆の運を代わりに背負っている身なので負けられません。いや、勝ってみせる! いざ!」


「はあ……どうなっても知りませんよ!」


「な、何て事だ。カジノの30%に相当する大当たりだ。お客様。本日はここでお開きにして戴けませんでしょうか?」


「はい。わかりました。俺の運もここら辺が限界でしょう」


 ルーレットの100倍が当たり、カジノを潰すまでは行かなかったが、大きなダメージを与える事に成功した。一同は大騒ぎしたかったが、普通の大喜びで我慢して、カジノを出た後で猛烈に喜んだ。


「すげー! 持ってきたゴールドの100倍以上になったぞ!」


「マジか! 100倍しかも全額。あの無表情のディーラーがあんな驚いた顔を」


「坊主お前の言ってた事は本当だったんだな。俺はギルレイン。一応レインのギルマスだ」


「ギルレインさんは2日後のゴブリン討伐のリーダーでもあるんですよ。そして、ここにいるほとんどの方々が大規模レイドのメンバーです。これは親睦会は必要ありませんね」


「ミレイヌさんそうだったの? って事は期待の新人冒険者ってお前の事か。俺もギルレインさんと同じくギルマスをやっているラグナだ。宜しくな」


「皆さん宜しくお願いします。一般的な普通の冒険者ですが、精一杯頑張ります」


「おいおい。お前普通じゃないから!」


 100人近い冒険者が一斉に鈴原零にツッコミを入れた。零は大いにテレて話を誤魔化すように大声でこう言った。


「この金をもっと増やす方法はありませんか?」


「もっと増やす? それなら国が運営するモンスター競争しかないな。妨害ありの過酷なレースで怪我が絶えないから開催期間は限られているぶん、賭けの金額も多め。上限も国が運営するのでほぼ無限だな。まあ、国が破産したら俺達皆で隣国に引っ越しだわな」


「よし、それで行きましょうか! この町のホームレスだけでなく、この国のホームレス皆救いましょう」


「ホームレス? 何語だ? そりゃ。昔の勇者様も使っていたが、浮浪者の事か?」


 しまった。と零は思ったが、何とか誤魔化してモンスター競争が行われる場所に向かった。出走する前の待機しているモンスターを眺める。

 微かなオーラの違いはあるが、どれも一緒に見えた。これはまずい。能力全開だ。零の霊力が爆発的に高まる。モンスターの運気が手に取るようにわかった。

 最も大きなオーラはもちろん1位だろう。問題は黒のオーラのモンスターだ。最も不幸なモンスターが最下位になるのだろうか。少し迷ったが、直感に従った。これは外す訳には行かない。全財産を掛けるのだから。零の額から汗が流れ落ちた。

 レースが開始される時間となり緊張は最高潮に達した。心臓はもう破裂しそうだ。


「こいこい! おいこら! ドラゴン飛ぶな! おい! 大蜘蛛! 糸で引きずり落とせ! よし!」


「いけいけー! 巨大ウサギ! 敵を避けて後ろ足で蹴るのよ。そうそう!」


「マジで巨大ウサギが1位なのか? 零の坊主の予想だから当たるとは思うが信じられん」


「これが当たったら万馬券間違いなし。こりゃ、全国の浮浪者を救済してもお釣りが来るぜ。ギルレインのおっさん」


「ラグナ。俺はこのレースに零が勝ったら考えがある。奴は俺のギルドいや、この国の鍵になる男かも知れん」


「確かに運がいいだけの男には見えんな。絶対に何かを隠し持ってる。零の言葉には凄みがある。本人は一般人のつもりのようだがな。お、あちゃー勝っちゃったよ。いくらだよ賞金」


「ざっと国家予算の10分の1だな。こりゃ使い切れんぞ。重税のこの国だからな」


「んで、これから零をどうするよ?」


「ん、ああ。商業部門のトップに据える予定だ。そのポジションならどこにでも行けるし、金も使い放題だ。この国は貧困に溢れている。金があっても救えない人々もいるが。そもそも食料を作れない貧しい土地の人々もいる」


「ほー、それじゃ、転移魔法の使い手のエレノアを貸すわ。転移を攻撃にも使えるようになったから貸すのは惜しい人材だが、ギルレインのおっさんには恩があるからな」


「ラグナすまない。恩に着るぞ。さて、問題はこの金をどう持ち運ぶかだな。が、なんだと!?」


「おいおい零君。またやらかしたな」


 皆が勝利で狂喜乱舞の大喜びをしている中でギルマス同士真剣な表情で話をしていたギルレインとラグナが大いに驚いた。2メートルくらいの大袋を次々と小さな袋に入れていく鈴原零。


「ああ、もう何だろうね。あんな一般人は嫌だわ俺。ギルレインのおっさんどう思うよ」


「あれだろ。普通に憧れてるんだろ。普通じゃない奴はそんなもんよ」


「あーなるほど。何となくわかるわー嫌味な奴って訳じゃないのね。零の場合」


「だな、奴の他人に使う情熱は半端ないからな」


「おう。確かに零はどっからどう見てもいい奴だ。謙虚過ぎるがな」


「傲慢よりいいが、もっと自分に自信を持ってほしい所よの。奴の幸運がどこまで戦闘に通用するか、2日後のゴブリン討伐戦が楽しみだな。ゴブリン1000匹それに対して我々は総勢100か。1人あたり10匹がノルマとはミレイヌは相変わらず手厳しい」


「おっさん何匹行けるよ?」


「俺はゴブリンキング狙いだから奴にたどり着くまでの50という所か」


「ならその横をカバーしてやるよ。思う存分突き進め」


「カバーって?」


「うん、ああ、勇者語だよ。おっさんも勉強した方がいいぜ。零も勇者語を使ってたしな」


「ラグナやっぱりあいつ怪しいよな」


「だよな。勇者間違いなしだよな。まあ、本人が一般人を貫きたいなら止めないが。ギルレインのおっさんくれぐれも内緒にしておいてくれよ。面白そうだから」


「ん、勇者なら全面的に皆で協力するべきじゃないか?」


「いいのさ。好きにやらせてやろうぜ。幸運の勇者をさ」


「仕方ない。わかった。この話はギルメン達には黙っておく」


「じゃ、ギルレインのおっさんまたな。2日後だ」


「ああ。またなラグナ2日後だ」


 こうして、零は大金を手に入れて、町で一番大きな酒場で大いに食べて飲んで盛り上がった。鈴原零の異世界の休日は終わった。ただ気になるのが、先に帰ってしまったギルレインとラグナに黒いオーラが見えていた事だ。不幸にも零はそれを見逃した。


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