第75話 ちぐはぐ!



カットボールか。

打てるもんなら打ってみろ精神か。




カキイィーン!!



打った瞬間、ライトスタンドに行ったかと思ったが、かのんは全力疾走している。




「あー!!惜しいー!!」




ベンチ内外から惜しいという声が漏れた。

後、50cmでライトスタンドだったがほんの少しだけ届かなかった。




「ライト!早く中継!」



ライトは定位置に守っていたが、打った瞬間入ったと思ったのか少しだけボールを追う足が止まった。



かのんは悠々二塁打。




「かのん!ストップ!」




3塁コーチャーがストップをかけているがガン無視。


暴走気味で3塁へ猛然とダッシュ。




「あーやると思った…。」



俺はこうなったらあとは祈るしかなかった。





「セ、セーフ!!!」



間一髪セーフだったが、3塁コーチャーの3年生は遠目から見ても怒ってるが、かのんはこちらに向かって手を振っている。



3塁コーチャーがストップをかけたのを気づいていない選手たちは大喜びして、気づいてる選手はほっと胸をなでおろしていた。




2番の大湊先輩はじっとこちらのサインを見ている。

かのんはランナーだとサインに結構忠実に従うがバッターの時は本当に言うことを聞く気がしない。



ノーサイン。

ノーアウトランナー3塁で俊足のかのんなら特に何もしなくてもゴロを転がせたらホームインできるだろう。




だが、次の大湊さんはカットボールを狙っていたがカットボールを前に飛ばすことが出来ない。




「ストライクッ!バッターアウト!」




アウトコースのストレートに空振り三振。

かのんに完璧にカットボールを打たれたせいか、ストレートが多い気がする。



『どっちを狙ってもいいですよ。』



狙う球種だけは完全に俺に任されている。



バッテリーの雰囲気も感じることが出来るし、天見監督も俺もどちらもキャッチャーなので2人のリード論や相手チームの傾向などを調べて、相手チームの狙う球種を選ぶのは俺の役目だった。




キャプテンはカットボールは狙わないだろう。

元々変化球を打つのは好きじゃないし、ストレートは結構早いとはいえ打てないレベルではない。




カキィーン!



初球のストレートを思いっきって強振して強烈なライナー!



だが、ショート正面のライナーでツーアウト。


ノーアウト3塁から内野ゴロも外野フライも打てていないが、伊達に右田さんは1年生エースとしてマウンドにあがってない。




『狙うのはどちらでもいい。1発を狙わずにヒット打ってくれ。』



俺は1発狙いじゃなく、とりあえずヒットが欲しかった。


点が入らないのはまぁ最悪仕方ないが、かのんがノーアウト3塁で全然動けずに釘付けさせるのはよくないんじゃないかと思っていた。




「4番ファースト橘桔梗さん。」





ー桔梗視点ー



龍が私にヒットを打ってもらいたいというのは高校になって初めてだった気がした。


試合前にいつもあれこれ教えてくれるけど、結局最後は私にどうするかを委ねてくる。



今日も結局ストレートかカットボールどちらでもいいって言ってたけど、ヒットを打ってくれっていうのは早くもターニングポイントなのかな?





「桔梗ー!ここで1本打ってー!」




ベンチの外から同じ1年生達の声援が聞こえる。


私も龍もいつもずっと試合に出続けていたから、外から応援するっていう気持ちが私には分からなかった。



自分がレギュラー争いに負けて、あっち側から応援してたら心の底から応援出来るのだろうか?





「ファール!ストライクツー!」



良くない傾向。

あんまり集中できてないし、カットボール狙ってたらノーストライクツーボールからストレート2球で追い込まれてしまった。



カウント2-2。



カットボールは2球ともボール球で、さっきのストレートは結構甘めだったけど集中できてないのか打ち損じのファール。




「桔梗!落ち着いて!大丈夫だよー!」




美咲と夏実ちゃんの声は本当によく通るし、全然声が違うから更によく目立つ。


美咲はちょっと独特な声でハスキーじゃないけど、聞いたら1発でわかる声。



夏実ちゃんはとても愛らしい声なのかな?

愛らしい声なんだけど、ぶりっ子みたいな話し方じゃなくて声量もあるのに可愛いからこそそう思うのかな?




5球目。


多分カットボールが来る。

カットボール狙いがバレててもここはカットボール。



来た!!





「ボール!スリーボールツーストライク!」



ボール2個分外に外れたカットボールを悠然と見逃した。



カウント3-2。


一応1回1回ちらりとサインを見て出しているならしっかり見るし、出てないならサインは見ない。


監督は何もサインを出していない。

龍は…特に何も動きなし。




龍に教えてもらったことがある。


ボール球はストライクゾーンに入ってないからボールじゃなくてバッターが打てない球だからボールなんだって。


それからボール球を振らなくなった。


ストレートを狙っててストレートが来てもボール球なら振らない。

ボールだけど打てると思っても一切手を出すことをやめた。



「桔梗ちゃん。アウトコースの低めはどんな打者でも基本的には打率が低くなるの分かる? なら狙っている球種が来てもアウトコース低めのボール球なら1番打率が低くなるコースの更にボール球が打てる可能性がさらに下がるのは分かるよね?」



誰でもわかることを当たり前のようにやっていた。

龍は徹底的にボール球は打たなかった。


別に自分が打たなければいけないっていうのは思い上がりで、いい打者になりたいならそれくらい出来るようになれと言われたのが小学4年だったのが凄いと思う。




6球目。



多分ストレートだ。


『やっぱりストレート。だけど…。』




「フォアボール!!」




俺は桔梗が打たないんじゃないかと思っていた。

さっきのインコースのストレート読んでいてボール球だから打たなかったのだろう。


この回は桔梗が打たなかったから多分無理だろう。




「アウト!スリーアウトチェンジ!」



5番レフト逢坂先輩がここで大きい当たりの外野フライでスリーアウトチェンジ。



結構ちぐはぐな攻撃で、かのんのスリーベースを初回は生かせなかった。




「かのん暴走気味なのはあれだったけど、いいバッティングだったよ。」




「ありがとうー!当たり前だよん!」




かのんは気にする様子がなかった。

まぁ好きなプレーしてランナーに出て他人が打てなかったら怒るようなプレイヤーではないか。




このちぐはぐな攻撃の流れを断ち切ることが出来ずに試合は進んでいた。




「くっそ!」




2回には7番の瀧上先輩がエラーで出塁して、次の北上先輩がショートゴロゲッツー。



北上先輩は一塁を回ったところで天を仰いでいた。




「うぎゃー!やっちゃったー!」




3回の裏の攻撃は海崎先輩が粘って四球を取ったが、かのんが初球のカットボールを打ち損じてファーストゴロですぐに一塁ベースを踏んで2塁へ送球してタッチアウトの3-6のゲッツーに倒れた。



2番の大湊先輩が粘って勝ち取った四球。

しかし続く3番のキャプテンでまたもや強烈なショートライナーでスリーアウトチェンジ。





右田さんは毎回ランナーを背負うが何とか抑えている感じだったが、対象的に海崎先輩は3回まで完全試合中であった。



4回も1.2番をあっさりと5球で片付けた。




が…。




カキイィーン!!!





少し高めに浮いた球を相手の3番バッターをレフトスタンドギリギリに入るソロホームランを放った。




「ナイスバッティング!」

「高校初ホームランおめでとうー!」




相手のベンチ、ベンチ外からこの試合1番の黄色い声援がホームランを打った選手に送られている。


マウンド上の海崎先輩は少しだけ苦笑いしてるように見えるが、動揺してるようには見えない。




「氷、もし8.9番の打順でチャンスなら代打いくから準備よろしく。 後、梨花もそろそろ用意しておいてね。」





「了解ー。ぺこり。」




「おっけー。」




1-0。





まだ試合はこれからだ。





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