第55話 雑用!



あれから1週間俺はというと雑用のスペシャリストとなりかけていた。



「東奈コーチー。今から打撃練習するからボールとネット持ってきてくれませんかー?ついでにスポーツドリンクが切れそうだから早く作って補充しておいて下さいよ。」




まぁ、端的にいうとコーチという名のパシリだ。



1年生たちの指導は4時間の練習で30分出来ればいい方だった。




今もさっき頼まれたトスバッティング用のボールのカゴをグランドの裏まで取りに行って、10箱分用意する。


その後に、そこにトスバッティング用のネットを4つ1人で持ってこさせられた。




トスバッティング用のネットは真ん中に穴が空いてるために1人で持っていくのは至難の業だ。

上手く腰の部分に固定させてずり落ちないように気をつけてグランドの中まで運ぶ。




それが終わったらスポーツドリンクを作らないといけない。


さっさとスポーツドリンク用の粉を水に溶かして、あまり冷たくならないように氷も調節してベンチに持っていく。




「ふぅ。とりあえずこれが終わったら誰かの練習でも…。」




「東奈コーチー。守備練習が終わったからグランドの土しっかりとトンボかけておいてね。凸凹してたら危ないから。」




「分かりました!」




俺は嫌な顔せずに言われたことは全てやった。


グランドでダラダラすることは無く、何をする時も最低でも駆け足で頼まれたことは丁寧にやる。




内野全てのグランドを綺麗にし終わるにも時間がかかる。


グランドに凹凸がないようにえぐれた所はしっかりと綺麗にして、ケガしないように丁寧にトンボをかけていた。




「東奈コーチー。外野ノック打ってくんない?」




「分かりました。」



俺は2.3年の外野ノックを打つことになった。

少しだけ意地悪して厳しいノックでも打ってやろうかという気持ちになるが、人によって取れそうな取れなさそうなギリギリな打球を打ち分けている。



去年スポーツショップで買った木製のノックバットがとても自分に馴染んで使いやすい。



俺にいつも何でもかんでも頼んでくる3年の先輩の1人が外野手だった。



北上沙羅(きたがみさら)。



去年から8番センターでレギュラーを守っている選手だ。


打撃はイマイチだが、足が速くて打球判断がよくセンターとして広い守備範囲で幾度となく長打になるような打球を処理していた。



性格は社交的でみんなに慕われてると明記されていたが、実際にいい性格をしている。




「コーチー!実力がないからってこんなノックに付き合わされるのは納得行かないよー。失敗したノックのボールは自分で取りに行ってね!」




捕れるかどうかのギリギリの打球を打っていたが、捕れなかったときは俺の打ち損じとして逸らしたボールを取りに行こうとしなかった。



流石にこれは言うべきだろうか。

俺は打ち損じていない。



「こらー!今のは捕れる打球だぞ!ちゃんと拾いにいきなさい!」




俺が口に出そうとした瞬間に監督が見ていたのか注意していた。




「はーい!」



そういうと北上先輩はボールを取りに行った。

今は素直に従ってるが、多分今度は無言で取りに行かないだろう。


ノックが終わったらそのボールを俺は取りにいかないといけない。


3年生の言うことは絶対なのだ。

俺はコーチであり1年生だから。




定位置にノックを打つことは出来ない。

捕れるか捕れないギリギリの位置にノックを打ち込まないと練習にはならない。



ボールを取りに行きたくないからといって、手加減をしたノックなんて打てない。



選手の成長が第1なのだ。

嫌なこともあってもやらないといけない。




「ねぇ!いまからバッティング練習するから早く用意してバッピ、(バッティングピッチャー)やってよ!」




外野ノックが終わったら、最後にバッティング練習でバッティングピッチャーもやらされていた。


俺が速い球を投げられなかったらこの練習が1番キツかっただろう。



というよりもこれが一番堪える。




1日150球から200球を2日に1回は投げさせられている。



いつものマウンドよりも大分前から投げるので、ちょっと強めのキャッチボールくらいの球を投げるので肩肘への負担はだいぶマシだが、練習終わったあとにしっかりとケアしないといけない。



投げない日は外野でバッティング練習の球拾いを1時間から1時間半やる。




これが終わってやっと1年生たちの指導をする。



この時間になるともう練習時間は残っていない。

なので、1日2人くらいまでしか指導を出来ないという1週間を過ごしてきた。




「よし。バッティングピッチャーも終わったし、今日は江波さんと雪山さんの基礎練習を…。」





「ねぇー。コーチ。まだやってもらいたいことがあるんだけどいいかなぁ?」




この人は俺に色々と押し付けてくるもう1人の3年生。




高橋二三(たかはしふみ)。




去年はセカンドでレギュラーだったが、打撃不調で同じ3年の先輩に今はレギュラーを取られている。


そこそこの打撃力と、そこそこの守備力とバントや小技が上手く器用な選手である。


俺の資料では、内野の要で試合中はよく声掛けをしてみんなのムードメーカー。

それは特に否定する訳では無いが、俺に対してだけを考えれば違うと言いきれる。



そしてなぜか北上先輩と高橋先輩は俺を目の敵にしている。




「高橋先輩どうしました?」




「悪いんだけど、打撃練習用のボールが最近すごく汚くて投げにくいって話でね、ちょっと今からボール磨いてくれないかなぁ。投げにくくて無理して怪我しちゃったら大変でしょ?」




「そうですね。比較的綺麗なボールは残して汚くなったやつを磨きますね。」




「ありがとねー。そんじゃよろしくー。」




『雪山さん、江波さん今日は指導できそうになさそうだ。ごめん。』



グランドの隅で基礎中の基礎の地味な練習を2人で頑張ってやっていた。


声くらいかけてあげたいが、3年生達が俺の様子を逐一チェックしている。



内心2人に謝ることしか出来ず、綺麗なボールと汚いボールを分けてベンチの中に持って帰ってボールを磨き始めた。



すると北上先輩が現れた。




「ねぇ、コーチ。ベンチの中でやったら土煙あがるからさグランドの外でやってくんない?」




「わかりました。」




俺はすぐにボールの入ったカゴを持ってグランドの外に出てボール磨きを始めた。


グランドの外に行ってしまうとボールを磨きながらみんなのプレーが見られない。




だが、仕事は仕事。

いち早く終わらせてすぐにグランドに戻らないと。




俺は打撃練習用のボールを磨き終えて、グランドに持って帰ってきた。




「みんな集合!今日の練習終了!」



キャプテンがみんなを集合させて練習が終わった。


全体練習が終わったという合図なので、この後は個人練習やダウンを各個人でやって、解散という流れになる。




「グランドに礼!」




「「「ありがとうございました!」」」




最近はほとんどこのローテーションだ。



1年生たちも実践練習よりも体作りの為に走らされたり、筋トレをしたりが多く、練習終了した後にまた練習する体力もあまり残っていないようだ。




グランドの片付けは1年生達の仕事なのでみんなやっているが、出来れば練習に集中してもらいたい為半分は俺がグランドの片付けをしていた。




「ねぇ、龍。大丈夫?ずっと働いてるみたいだけど。」




「桔梗ちゃん。練習はどんな感じ?まだ実践とか出来ないからちょっと物足りないよね、」




「まぁ、体作りは仕方ないと思うけど、龍が一番大変そう。」



「はは。確かに大変だけど、みんなが練習出来るなら俺のことは気にしないで!」




そう言い残すとグランド整備を駆け足で丁寧にこなした。




9時から1時までの練習で、片付けが終わるのが2時過ぎくらいだ。



ダウンしてる選手の邪魔をしないように片付けをして、人が居なくなったらそこをトンボ掛けをしてグランドを綺麗にして帰る。




「今日も片付け終わり。俺もダウンしてから早く帰ろう。」




練習してもないのにまぁまぁヘトヘトになりながら帰宅する俺なのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る