第29話 VSかのん!



「江波さん、とりあえずトレーニング方法はまた後で教えるね!」




「ししょーって来年コーチするってまゆみんから聞いたけどほんと?」



まゆみんってことは玉城さんが確か真由美って名前だったよな?


この子に言ったってことは桔梗の耳に入っていてもおかしくないと思った。




「箱崎白星高校って知ってる?そこで女子野球部のコーチとして来年から入学が決まってるよ。」




「知ってるよー!お姉ちゃんが通ってるから!」




かのちゃんのお姉さんは白星の先輩になるのか。


けど、野球部に間違いなく四条という苗字の選手はいなかったから野球部では無さそうだ。




「かのちゃんは高校どうするの?この前もMVP取ってたし、結構色んな高校から声かかってると思うけど。」




「んーとね、かのんは甲子園とかプロ野球とか興味あんまりないんだよねー。野球って勝つためだけにやらないとダメなの?勝利より私が試合で大活躍出来ればそれでいーの!」




「なるほどねぇ。いいんじゃないかな?」




「ほんとに思ってるー?周りのスカウトさんもそんなこと言ってたけど、多分本音は違うんだよ?だってバントとかしたくないし、走りたいときにかのんは走っちゃうよ!」




かのちゃんは良くも悪くも個人至上主義なのか。



高校野球という一発勝負の世界では出来るだけ堅い作戦を取り、チーム一丸となって一点を取りに行く作戦が多い。



俺も一発勝負の高校野球ならある程度堅い戦法をとる可能性もある。



かのちゃんのような選手がスタメンに1人いて、好きにプレーさせていると他の選手から不満が出たりすることもあるだろう。



そういう選手は投手ならまだ問題ないし、俺個人的には嫌いじゃない。



実力が伴っていれば、相当なことが無い限りはチームにはプラスになるはずだからだ。



後は他のチームメイト次第だろう。




「俺はそういう選手がいてもいいと思うけど、それにはかのちゃんが更に野球を上手くならないとダメだよ。」




「え?かのんは野球上手いよ?だから、チームでも好きにプレーしていいって言われてるんだー!」




俺はちょっとだけ思うことがあった。


かのちゃんは確かに才能と実力は全国クラスの選手にも劣らないとは思う。



師匠と俺の事を呼ぶなら少しだけ師匠らしいことをしてみるか。




「かのちゃんは俺の事ししょーって呼ぶけど、ししょーには勝てないよね?」




「ししょーはししょーだけど、簡単には負けるなんて思ってないよー。ししょーは男だから勝つのは難しいけど、簡単には負けたりしないもんね!」





「なら、かのちゃん俺とちょっと勝負しようか。かのちゃんがバッターで俺がピッチャーね。俺の後ろにあるネットにノーバウンドでに当てられたら勝ちでいいよ。」




俺の後ろネットはバッターボックスから大体25mくらい。


だからとりあえずフライを打ち上げさせない。


いい当たりをさせないこの2つをクリアすれば普通に勝てる。




彼女は性格も変わってるが、天才肌なのだろう。


プレーの節々に人から教わっていたらこんなプレーしないだろうって言うプレーが一瞬垣間みれた。


それでも基礎として抑えるところはきっちりと抑えているみたいだ。



打撃フォームの1本足だってあれはかなり強靭な足腰が必要だし、女性向けのフォームではない。




もちろん俺には勝つ自信があった。


彼女は天才肌であって本物の天才ではない。



まだ直感的で自分の感情に任せてプレーしているかのちゃんには悪いが、雰囲気を読める俺には勝てないだろう。



彼女くらいの実力があって、何かきっかけがあって、ひと皮もふた皮も剥けて、尚且つ努力し続けても、天才と呼ばれる選手になれる可能性は限りなく低い。



決してけなしてる訳ではない。



かのちゃんはそういう選手になれるスタートラインには立てている。






「そんな条件でいいのー?ししょー負けちゃうぞー?」



「俺は男だし、不利な位がちょうどいいのさ。」




「ししょーは男の中の男なの!いざ尋常に勝負!」




江波さんには打席の後ろの防護ネットの後ろで審判をしてもらうことにした。




「よーし!かかってこーい!」



相変わらず勢いよく左打席に立ち、今か今かと俺が投げるのを待っている。



打つ気満々って感じが誰から見てもそう見える。


雰囲気にもかなり強気な雰囲気がありありと出てる。



そういう時は、大人気ないけどちょっと心を折りにいかせてもらう。


いきなり140キロ以上のストレートを内角ギリギリに投げ込んだ。



打つ気満々だったかのちゃんだが、1本足でいつものようなタイミングで踏み込んで、打とうとしてきた時にはもうベースの上をボールが通過していた。




『なんか調子いい気がする。自転車を漕いで下半身が鍛えられてるからか?』




今のボールでかのちゃんは更に強気な雰囲気が出ている。



多分3打席目まではストレート投げればバットにかすりもしないだろうけど、徹底的にやっておこうと思った。



ストレートを完全に待っているかのちゃんに対してアウトコースのチェンジアップを投げた。


さっきよりもタイミングをかなり早くしてストレートを待っていた。


そこに投げたチェンジアップには体勢が崩れて、ゆっくりと来るボールをただ眺めているだけだった。



ボール球なんていらない。



アウトコース低めにズバッとストレートを投げてかのちゃんは一球もバットを出さずに見逃し三振。




『す、凄い…。半年後以上前に野球辞めたって本当なの…?』



後ろで見てる江波さんは俺の投球を食い入るように見ていた。



こんな球を投げる中学生がいるのかと。



とんでもない人に拾われて、これからどれだけの練習をさせられるのかを考えると少しだけ怖くなった。



それよりも自分がもっと野球が上手くなれるという確信が生まれた。




『私は東奈くんに3年間必死について行く。レギュラー取れなくても今よりずっと上手くなるんだ!』



改めて江波さんは心に固く誓うのであった。



勝負はもう5打席目のカウント2-2で追い込んでいた。



ここまでほぼストレートだけで完璧に抑えていて、5打席目にやっとストレートをバットに当てることが出来ていた。



コースも手の出しやすい高めを2球投げたがどうにか振らずに堪えていた。



大人気ないというかなんというか、罪悪感もあった。



彼女の鼻を折って野球を辞めさせたい訳では無い。



個人至上主義なのは全然構わないが、それを貫くならもっと彼女には頑張って、更にいい選手になってもらいたいという気持ちが強かった。




「かのちゃん、ごめんね。」



インコース低めギリギリのところに今日最高のストレートを投げ込んで、かのちゃんは体近くのボールに手が出ずにその球をただ見送るだけだった。





「うーー。」




俺に対して何も出来なかったことをとても悔しそうにしている。



とりあえず心が折れた感じはしなかったので、それだけは安心することが出来た。





「ししょーーー!!!!!」




バットを乱雑に放り出し、俺の元へその俊足で一瞬にして距離を詰めてきた。




俺の両肩をがっちりと掴んで俺の方をじっと見た。


目には悔し涙が今にも溢れそうになっていたが、俺はそれを見ないようにした。




「くやしいぃよぉ…。」




姉がいつも俺にやってくれていたようにかのちゃんの頭をポンポンと軽く叩いた。




「俺は男だから今日のことは気にしなくてもいいよ。けどね、全国にはかのちゃんよりも、あの桔梗よりも凄い選手が間違いなくいる。その人に負けないように頑張らないとだめだよ。」




かのちゃんは涙を堪えながら、唇を噛んで俺の言葉を聞いている。



あんなにいつもはおてんば娘だが、野球のこととなるとこんなに真剣に悔しがるかのちゃんは、これからもきっと頑張れるだろうと俺は安心した。




「かのちゃん、これだけは覚えておいて欲しい。チームの為にプレーしない人はチームの為にプレーする全員に1番信用されないとダメ。四条かのんになら全て任せられるって思われないとかのちゃんの本当に望むプレーは手に入らないよ。」




かのちゃんは俺の言いたいことが何となくわかったのだろう。


俺から手を離し、目に溜まった涙を袖で拭って俺の方をもう一度向き直した。




「師匠。かのんは白星高校で流星のかのんとして日本一になるよ!」




屈託の無い笑顔とその瞳の中には自信が満ち溢れていた。





「かのちゃん…。俺はかのちゃんのことスカウトしてないんだけど…。」





「なにぃー!ししょーのばかぁー!」





最後まで締まらなかったが、四条かのんをスカウトすることに成功?した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る