第7話 そして最後に残ったのは…

 

ーー…荷物部屋。




「おい、どうしたーぁ? 何があったぁ?」


 あの男…吉雄の声と階段を降りてくる音が響く。

 雫は布を裂いて作ったロープを握りしめながら、固唾を飲んでその時を待った。

 ザッ、ザッ、と近づいてくる足音。荷物部屋のドアの前まで来た。

 次に、カチャカチャと外から施錠された鍵を開ける音が聞こえる。


(……4、3、2)


 タイミングを合わせるべく頭のなかで数を数え、ロープを巻いた手をゆっくりとスタンバイさせた。

 ドアが開く。外の照明が逆光となって、吉雄が立体的な影に見えた。


         ( 1ッ!)


 雫は、力いっぱいロープを引く!

 ロープの先には、ドアの横に不安定に積まれていた荷物を一本の棒で支えており、ロープはその棒にくくりつけてあった。

 引っ張ったことで前に検証した通り、ロープは棒を引き抜き、グラッと大きく揺れたかと思うと…。



  「何ッ?! うッ、うわああぁッッ!!」

  ガタッ!ガタッ! グァシャーーンッッ!!



 …部屋に入ってきた吉雄目掛けて崩れ倒れる!

 大声をあげながら下敷きになる吉雄。一個一個の荷物は、雫がギリギリ持ち上げられる重量しかないが、それが束となってのし掛かれば成人男性でもひとたまりもない。うちの一つが、吉雄の頭部にモロにクリーンヒットした。

 舞い上がるホコリ。吉雄は、白目を剥いて動かなくなった…。

 雫はそんな吉雄を見下ろして、呆然と立ち尽くす。


「………」


 舞っていたホコリがゆっくりと下に沈殿しきったところで、やっと雫は我に返った。


(…ツッ! そうだ!こんなところでぼやぼやしてられないッ!)


 雫は吉雄の横に屈むと、急いで服の上から体を叩き始める。それも起こさない程度に上半身から下半身へと、ポケットのある位置を中心に。


「……無い」


 収穫が無いまま作業が終わり、落胆の声をあげる雫。探し物のスマホを吉雄は持っていなかった。

 逃げ出す前に警察に…鮫嶋に、救助の連絡をしようと思ったのだが。

 ちょうど、この作戦を実行するべく雫がわざと物音と悲鳴をあげたとき、吉雄はスマホをイジっていた。

 吉雄はそれを聞きつけ荷物部屋に向かう際、スマホをテーブルの上に放ったのだ。

 そんなこと知るよしもない雫。


(……どうする)


 気絶している吉雄をチラリと見る。

 すぐに起きる気配は……なさそうだ。

 ならすぐに逃げるより、やはりスマホか電話機を探して鮫嶋と連絡を取るのが得策だろう。雫は吉雄が通って来た通路から一階に上がっていった。

 その時、吉雄の指が微かにピクッと動いたことも気づかずに………。


 …………………


 一階に出るドアを開けると、日が落ちかけた家のなかは薄暗かった。

 けれど、ほとんど一日中暗い荷物部屋に隔離されていた雫にとっては、このぐらいの暗さなら行動に支障はない。それよりも、今は鮫嶋との連絡だ。

 家のなかを見回す。


(……なんだか、この家…)


 違和感を感じた雫は、廊下横の窓に駆け寄って外を見た。


(…やっぱり。この家、別荘ってやつじゃない?)


 外は鬱蒼とした木々。見える範囲には隣家は無い。そしてもう一度振り向き、自分のいる家の内装を見回す。

 ふんだんに使っている木材。壁も所々、丸太そのものの形を生かしてある。

 本物を見るのは初めてだが、テレビとかで見たことある。たしか「ログハウス」という建物だ。


(やっぱり、電話を探すのは正解だった)


 季節は冬になりかけている。ここがどこだか正確には分からないが、避暑地と呼ばれるところなら周りに人がいる可能性が低い。闇雲に飛び出して、ここが山奥なら遭難する可能性だってある。

 雫は気持ちを落ち着かせるべく、一回深呼吸をした。

 固定電話があるとしたら…リビングか。

 雫は家の造りを予測しながら、リビングがありそうな方向に廊下を歩き出す。

 ログハウスのなかは凝った造りではあるが、間取りは単純でリビングは進んだ先の右側にあった。警戒しながらガラス張りの引戸を開けると、室内からモアっと強いアルコール臭が流れて来た。酒の臭いに慣れていない雫は、肩を引きながら顔をしかめる。

 地下でノビている吉雄もアルコール臭かった。ということは…。

 リビングの中央に置いてあるテーブルに視線をむける。やっぱりそこにはビールの缶が無造作に置いてあった。


(昼まっから酒を飲むなんて…)


 更に顔をしかめる雫。道徳心の強い家庭で育った雫には考えられない行動だ。

 が、そのしかめっ面のシワが一気に伸びた。


「あった! スマホっっ!」


 パッと顔が明るくなり、思わず声を張り上げて駆け出す。

 もう少しでスマホに手が届きそうというところで…。



 ギィギッ! ギギーーーッ!

          「ヒァッッ!?」



 …外から野鳥の激しい鳴き声に、雫が飛び上がって手を引っ込めた。

 そのまま、バクバクする胸を押さえて「ビックリした~ぁ。驚かさないでよーー…」とボヤく。

 雫は大きく息を吐くと、気を取り直して再度スマホに手を伸ばし始めた。

 …だが。

 伸びた腕に、部屋の薄暗さよりもっと濃い黒い影が落ちる。


「…………えっ?」


 気づくとその影は、雫をは背後から覆うように被さっていた。



   「よくもやってくれたなッ! ガキッ!!」



 怒鳴り声が真後ろで響き、身を引くように振り向いた雫の首に、ゴツゴツとした男の両手が巻きつく!

 その状態でググッと押されるように圧迫される首。あまりに強い力に雫の膝が崩れるように折れ、ヨロけながら床に倒れこんだ!

 途中、足がテーブルに引っ掛かり、振動でテーブルの上の缶が派手に転がる。

 …気管が潰されていく!

 ……退かれようとジタバタ身をよじるが、ほどけない!その苦痛のなかで薄く目を開く雫。

 そこには雫の上に馬乗りになって、全体重をかけて首を締める吉雄の顔があった。


 「ヒァッハハハーーーーァッッ!!

     死ねッ! 死ねッ! 死んじまえッ!!」


 発狂したように嗤いながら、吉雄は更に力を込めた!

 ……肺どころか、脳にも酸素が行かない。

 ………体の力が抜ける。

 …………意識が……もう…。


 その時!!



 ガシャンッ!

  「な、なんだッ、お前はッ!?」


    ドカッ! バキッ!!

 「うッわあ"ああーーッ! やめてくれッ!

       ヒッ!許してくれーーーーぇッッ」



 薄れいく意識のなか。ガラスが割れる音と激しい音、それに吉雄の悲鳴が聞こえる。直後、首を圧迫していた手が離れた。

 だが、意識はなおも消えかかっていく…。

 そんななか雫は、完全に日が落ちた部屋のなかで蠢く黒い塊を見た…。

 それはまるで四足獣のようで…思わず。


「…………リ…ング?」


 …と呼んでしまった。

 けれど『ソレ』は、雫の声に反応するように『立ち上がった』。


(……違う。……人間だ…)

「………………………お兄ちゃ…?」


 そういいかけた直後、雫の意識は完全に深い闇に落ちた……。

 …………………

 …………

 ……


 ……

 …………

 ……………………

 ……意識が覚醒していく…。


      「ッ!? 雪兄ッ!!」


 そう大声で目覚めた雫は、また病院のベッドの上にいた。

 そしてまた白を基調とした病室の画面に、右横から雫の視野いっぱいに男の顔がスライドしてくる。


「雫さん」


 そう優しく呼んだのは、鮫嶋ではなく……まったく初対面の初老の男性だった。

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