第6話 パンドラの箱なかは…

 ーー…朋美が借りている別荘。




「ヨッチャン。あのガキのこと、しっかり見ててよね」


「ああ、分かってるよ」


 ニッコリ笑って年増のカネヅルを送り出す、ヨッチャンこと石垣 吉雄。

 …っていうか、石垣 吉雄も本名ではない。貢いでくれる女が変わる度に名前も変えている。

 別れたさい、女が未練たらしく追いかけて来ないように、個人情報は極力教えない。正真正銘のクズ男だ。


「チッ!」

(あ"~~ッ。も~~ォッ。メンドクセ~な~~ァッ!!)


 笑っていた顔が一気に崩れたかと思うと、口を歪ませながら吉雄が舌打ちをした。

 姉夫婦の遺産がまるまる手に入ると言うから、年増ババアの言うことに従ってきたが…。


(これじゃあ話が違うだろッ。あんなところでヒステリーなんぞ起こしやがって!)


 当初の予定は事故で生き残ったガキを手懐け、その間に死んだ親の遺産を徐々に着服する予定だった。

 年増ババアこと朋美は、そこそこの資産家の娘だったらしい。だが親との折り合いが悪く、十代で家を飛び出して絶縁状態だったという。

 その後、家には姉が残って居たものの両親は亡くなり、姉は嫁に出た。音信不通だった朋美がそれらを知ったのはごく最近だ。

 ニュースで姉夫婦の事故を知った。

 そして親も、もうこの世にはいないことを密かに調べて知ったらしい。

 家族が皆死んでいると判った朋美の胸中には、悲しい・寂しい……なんて傷心な感情は無い。それよりも「なら、親の遺産はどうなった?」だった。…本当にあの女らしい考えだ。

 普通に考えれば遺産は朋美の姉が相続し、それを生き残りの娘が継ぐことになるだろう。

 ここで叔母を名乗り出て、遺産の分配だけを主張してもよかったのだが、ガメツい朋美は遺産全部が欲しくなった。

 家出した頃の自分の親の状況を考えれば、かなりの額の遺産があるはず…。朋美自体、水商売の店を経営して小金を稼いではいたが、この御時世ちょっとしたことでどう傾くか分からない。ならば、目の前に転がっているチャンスは、しっかりとモノにするべきだろう。……朋美という女は、そういう思考の人間だ。

 だがこのチャンスには、一つの大きな不安要素があった。

 姉と共に死んだ夫の職業が、刑事だったということだ。

 不安は嫌なほど的中した。生き残った娘の病室に足繁く通う父親の同僚。こちらのもくろみを悟られないように、朋美はなるべく関わらないようにしていたみたいだが、それが反対に相手に要らぬ疑惑を抱かせたらしい。

 退院後も、ひっきりなしにその同僚から連絡が来る。

 連絡といっても相手は姉の家電しか知らなかったので、生き残りのガキと同僚が話さないようにするため電話番号だけを同じ地域内に移動し、随時留守電にしていた。

 留守番電話の内容は…。


ーー…「雫ちゃんは、どうしてますか?」


ーー…「学校に行ってないようですが、

             大丈夫ですか?」


ーー…「声だけでも聞かせてもらえませんか?」


 …というものだった。

 その度に朋美がかけ直して、のらりくらりかわしていたが…状況が一気に悪化する。

 生き残ったガキは手懐けるどころか、朋美たちの悪事を見抜き、それをあの同僚の刑事に告発しようとした。

 力任せに引き倒したガキは床に横たわり、頭部から髪を濡らすように血が滲む。

 ピクリとも動かなくなったその姿を見て、一瞬死んだのかと思ったが、首筋に指を当てまだ脈があることを確認した。

 が、その後はどうする?

 朋美と吉雄は顔を見合わした。

 病院には……連れて行けない。このガキが目覚めたとき、何を口走るか分かったものではない。

 それに頭を打っている。今すぐ死ななくとも、それが原因で時間差で死ぬことだってある。その場合も、問い詰められるのは朋美たちだ。

 かといって、ガキをこの家に放置するわけにもいかない。

 あの同僚の刑事なら、家の住所も知っているだろう。「電話ではラチが明かぬ」と思ったら、直に訪問することだってある。

 そのとき、ハッと朋美が顔を上げた。


「…店の常連で、貸別荘を持っている人がいたわ! もうほとんど使われてなくて、近々取り壊そうかと思っているって。たしかその家には、地下室もあるって言ってた!」


 朋美はすぐにその常連に連絡し、「取り壊すまで貸していてほしい」と頼み込んだ。元々、朋美に好意を持っていたバツイチ男だったので、二つ返事で貸してくれた。

 バツイチ男も、まさか自分の物件で拉致監禁が行われているなんて露程も思ってはいないだろう。

 あれから三ヶ月近く経つ。ガキの怪我は思いのほか早く直り、後遺症らしきものもない。

…で、これからどうする?…かだ。


「つーか、コレ、詰んでんじゃねぇ?」


 ここまでの経過を思い返していた吉雄はそう呟き、キッチンの冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、リビングのソファにドカッと座り缶ビールを開けた。そして一気に飲み干す。

 朋美は、ガキを生かさず殺さずで飼い続ける気でいるみたいだが…。


     「………………殺す…か?」


 …と、吉雄はアルコールが孕んだ息でニヤリと嗤った。

 だってそうだろう。このままあのガキを生かしておいてもリスクのほうが高い。っていうか、もうガキのオモリのためにこんな生活を続けるのは、いい加減嫌気がさしていた。

 吉雄はビール缶を目の前のテーブルに置くと、服からスマホを取り出して操作し始める。

 そこにはメールでやり取りしている様が、縦スクロールで並んでいる。


ーー…『今日は会える?』


ーー…『昨日は会えなくて、寂しかったぁ』


ーー…『アックンのこと、大好きだよ!』


 なんとも恥ずかしい恋人気取りの文章。それも女のほうが八割を占めていることから、男にゾッコンだと判る。

 この「アックン」とは、このメールのやり取りをしている女が、本名だと思い込んでいる名前からきている愛称で……吉雄のことだ。

 もう次に寄生する女は捕まえてある。

 朋美と比べるとお金は無いが、従順で口答え一つしない。それになんといっても若い!

 脱がすと若作りのメッキが剥がれる朋美とは、肌の張りからして違う。

 そうだ、金なら朋美が今まで貢いでくれた金の溜めがある。ここでガキをブッ殺してトンズラしても、朋美は警察には通報できない。ガキの死体を、この敷地内のどっかに埋めるのが関の山だ。

 もしかしたら隠蔽のために、この別荘の持ち主の男をタラしこむかもしれない。そうなれば…。


「俺ってば、バツイチ男の愛のキューピッドじゃん」


 …と言って、吉雄がケタケタ笑う。


「でもただ殺すのも……もったいねぇよな~ぁ」


 笑い顔がどんどんと欲情に染まり始め、吉雄はユラリと立ち上がった。

 そのとき…!



「きゃあああッッ!!」

        ドカッ! ガシャンッッ!!



 地下の荷物部屋から、悲鳴と大きな物音が鳴り響いた。






            ★☆★

 

 

 

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