第4話 不幸は更なる不幸を呼ぶ②

 あの指切りのあとも、鮫嶋は雫の元に頻繁に訪れてくれた。その回数は断然叔母より多かった。

 叔母はというと、何故か鮫嶋と鉢合わすと避けるように帰っていく。雫は叔母が帰ってくれて嬉しかったが、鮫嶋はその度に怪訝そうに叔母を見送っていた。

 それから約二ヶ月半後、雫は無事に退院した。

 その後も少しのあいだ松葉杖が必要で、叔母に「松葉杖が必要なくなるまで、学校は休みなさい」と半ば強制的に休まされた。

 正直、学校の友達に会いたい気持ちより、周囲から今回の事故を根掘り葉掘り聞かれたくないとか、反対に腫れ物に触るように扱われたしないという気持ちのほうが強い。ここは叔母の言うとおり、家の自分の部屋で引きこもることにした。

 その間、思うことは行方不明の兄とリングのことばかり。行方不明の一人と一匹が見つかるどころか、警察はぶつかって来たトラックと運転手の手掛かりさえ見つけていないようだった。

 「捜査情報なので細部まで話せないが……申し訳ない」と、入院中に十歳の自分に向かって頭を下げる鮫嶋。雫は、複雑な心境で「謝らないでください」としか言えない。

 ただ、疑問に思うことはあった。

 鮫嶋の口振りだと、鮫嶋本人がこの事故の捜査に加わっているように聞こえる。

 けれど鮫嶋がいる捜査一課は、強盗、暴行、傷害、誘拐、立てこもり、性犯罪、放火などの凶悪犯罪を扱う部所だ。いくら死亡者が出ているからといって、ことのつまり雫たちが合ったのは交通事故。担当が違うと思うのだが…。

 でも…。

 鮫嶋の人となりを考えると、雫の父親に恩義を感じ、決められた組織内のルールを逸脱して捜査しているのかもしれない…。そう思うと、疑問を本人に聞くことはできなかった。

 そんなことを退院して一週間ほど、牛の反芻のように一日中部屋なかで思い返す。

 まだ思うように動けない足を投げ出し、悶々と反芻した思考だけが消化されず膨張していくような鬱屈した気分が続く。

 そのなかで、時より父から貰ったペンダント状の銀の犬笛を吹いてみる。「もしかしたらリングが、これを聞きつけて戻ってきてくれるかもしれない」という儚い願いを込めて…。

 だが犬笛は、壊れかけたホイッスルのようなカスカスな音がするだけで、虚しく部屋に響くだけだ。

 無駄なことだとは解っている。事故が起こったのは、家から県を跨いだその先の山道だ。いくら犬が人間の聴覚の六倍といえども、ここから聞こえるはずがない。それでも毎日首から犬笛を下げ、吹いている。

 そんな雫の他に、家にはあの叔母がいた。

 居たといっても、午前から午後になるかならないかぐらいに来て、雫がいる部屋以外を色々漁っている。

 本人は「近いうちに一緒に住むんだから、この家のモノも処分しないとね」と言いながら、家中引っかき回していた。

 それも叔母一人だけではない。

 叔母が「ヨッチャン」と呼ぶ若い男も一緒に出入りしていた。

 「ヨッチャン」の本名は知らない。知りたいとも思わなかったので、雫はあえて聞かなかった。

 年は叔母よりも、鮫嶋よりも若い。二十代後半。だが、まともな職についている大人には見えなかった。

 背が高く、顔の作りは悪いほうではないのだが、ワイルドとルーズを履き違えたようなだらしない髪型と服装。なにかにつけて媚びるように叔母にスリついていく態度から、世間で言う「ヒモ」というヤツなのだろう。

 だが、たまに叔母から隠れて雫を盗み見る目は、ナメクジが這うようなジットリとしたイヤらしいもので、雫はそれに気づく度、ゾワリッと背筋に悪寒を走らせた。

 そして、夕方近くになると二人は家を出ていく。

 その後、自分たちが元々住んでいる場所に帰るのかと思っていたが、どうやら叔母のほうはそこから職場先に出勤しているらしい。

 前にも会話で出てきたが、叔母は「店」を経営している。それも、酒と女性の色香を提供する夜の店だ。

 まあ叔母の容姿を見れば、納得の職種というわけだ。

 


 ーー…退院して十日後。

 雫は叔母に訴えた。


「いつまでも学校を休むわけにはいかないので、明日から行こうと思うんだけど…」


「ハッ? 出歩くなんて、まだ無理よ」

 

 家に上がったとたん、リビングで待ち構えていた雫が言う。

 叔母は驚きはしたものの、あしらうように雫の横を通り、コンビニで適当に買ってきた雫用の弁当と飲み物をリビング中央のテーブルの上に置いた。


「もう歩ける!」


 雫は骨折していた方の足で、その場で足踏みをして見せた。そして。


「それに学校だけじゃない。お兄ちゃんたちも探しに行きたいの!」


 食い下がる雫。叔母が、あからさまに大きなため息をつく。


「皆、死んだの!いい加減、現実を受け止めなさい」


 諭すというよりは、小馬鹿にしたような言い方。

 そのとき丁度、一足遅れで部屋に入ってきたヨッチャンが、雫の言動に「プッ」と吹き出すように笑った。



            …カッ!


 脳天に突き上げてくるような激情!それが雫の怒りのトリガーとなった。


「私、知ってるんだからねッ! 叔母さんたちが、お父さんたちのお金とか通帳とかを盗っていることをッ!」


「なッ、何言っているのッ!それはぁ…あなたの生活に必要なモノを買うために…ねえ!」


 しどろもどろで声が甲高くなる叔母。

 嘘だ。もうこれ以上、この人のもとにはいられない。


「それじゃあ私、鮫嶋さんに言うわッ!どっちが間違っているか、鮫嶋さんならハッキリさせてくれるはずよッ!」


「やめなさいッ!!」


 叔母の顔が、一気に般若みたいに歪んだ。雫に向かって、赤いマニキュアが目立つ手で掴みかかってくる。

 雫はそれを後ろに下がりながら避けると、身をひるがえして、リビングの角に設置してある固定電話に駆け寄る。が、受話器を取ろうとする前に、ヨッチャンが立ち塞がった。

 ニヤリと笑うヨッチャン。「この男には、触れたくもない!」という感情が、一瞬躊躇という形で雫の身を強張らせた。そのせいで次の行動が出遅れる。


「このガキッ!!」


 後ろからヒステリックな叔母の声が聞こえ、すぐに襟首を力任せに引っ張られた。

 そのまま引き倒される雫。直後、後頭部にガンッ!!と激しい衝撃と痛みが走った。


「ツッ?!…」


 目の前が照明を落としたように暗くなる。

 雫は悲鳴を上げることなく、意識を失った…。


 …………………

 …………

 …

 

 


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