第3話 不幸は更なる不幸を呼ぶ①

 

ーー…事故から約半年後。



 雫が目覚めると、そこは埃まみれの暗い部屋だった。

 十二畳と広い部屋だが窓は無く、四方を荷物で覆われている。そこの板状の床に、雫はしかに身を縮めて毛布一枚でくるまって寝ていたのだ。


「…寒い」


 雫は身体の熱が逃げないよう、更に身体を丸めた。

 季節は秋から本格的な冬に突入しようとしている。そのなかでいくら毛布にくるまっているとはいえ、暖房が無いとキツい。

 それも…。


      …グ~~~…ゥ。


 ……空腹なものだから、体力と共に体温が下がる一方だ。

 何故にこんなことになったのか…。

 雫は目をギュッと瞑る。すると、約半年前の病院での出来事が思い出された。

 そう『あれ』は分岐点。あの『手』さえ取っていれば、こんなことにはならなかった。


「………鮫嶋さん」


 無精髭だらけで、ぎこちない笑顔を浮かべる父親の同僚の名を噛み締めるように呟く。

 両親が亡くなり、兄と愛犬が行方不明だと聞かされた数日後。その人は突然やって来た。


「………………えッ」


 聞き返した雫に、一瞬、真っ赤な紅を引いた口許がひきつる。だが叔母だと名乗ったその女性は、再度笑顔を作り直す。


「だからね、姉さん…あっ、あなたのお母さんね、とあなたのお父さんの冬久さんの葬儀はもう終わったの。雪広君も認定死亡になったから」


 捲し立てるように早口で喋る、母・春恵の妹・朋美。

 確かに、どことなく母・春恵に似ているが、その容姿は慎ましやかだった春恵とは正反対。

 見舞いに来たとは思えない、露出度の高いタイトな服装。年を誤魔化すために顔を覆う派手なメイク。身体を纏う香りも、お高い香水を付けているのだろうが、濃すぎてかなりキツい。

 そして正反対は性格ものようで…。


「………私、お父さんとお母さんに、最後のお別れを言ってない…」


 震える唇でそう訴える雫に、今度は叔母が「ハッ?」と聞き返す。


「そんなの退院したら、お墓に行ってすればいいじゃない」


「………」


「なにッ?その不満そうな顔はッ!こっちは店で忙しいのに、それでも時間を裂いて姉さんたちの後処理をしたのよ!…っと」


 ここまで言ったところで、また叔母はその場を取り繕うようにまた無理矢理微笑む。


「ごめんね。でも、しょうがないことなの。解って」


 大切な両親の葬式を「後処理」と称したことを、どう解れというのか?

 目の前の叔母への疑念は肥大していく一方だ。


「仲良くしましょ、雫ちゃん。退院したら一緒に住むことになるんだから」


「…っ」


 「イヤだ!」と大声で叫びいた気持ちを殺すように、ベッドの白い掛け布団をギュッと両手で握る。

 第一印象で人を決めつけることは良くないことだと分かっているが……雫の直感が警告する。

 この人は『悪い人』だと…。

 叔母は雫の気持ちなど気にする様子もなく、勝手にベラベラと喋っているが、雫の耳には一切入ってこない。

 それよりもどうすればこの叔母と一緒に住めずにいられるかを、雫は頭フル回転して考える。

 Q.他に頼れる親戚がいるか?

 A.……………………………いない。

 雫が物心つく頃にはこの叔母以外、父方も母方も、親戚は早期に亡くなっていると聞かせられている。

 Q.国の保護施設を頼る。

 A.……………無理だ。

 今の時点で叔母に何かされたわけではない。『悪い人』だと言っても、「子供のワガママ」だと大人たちに軽くいなされるだけだ。

 結論.…子供の自分には対応策がない。


(~~…こんなとき、雪兄が居てくれれば…ッッ)


 今は行方不明で高校生の、兄・雪広の姿を思い出す。

 刑事の父親に似て寡黙な兄。本好きで、いつも難しい本を読んでいた。そのせいか、口数が少ないぶん知識量が高く、一度行動を起こすと大人が舌をまくほどなんでもかんでも器用にこなしてしまう。

 あの兄なら叔母などものの一分せずに論破し、この場をすぐに打開してしまうだろう。


 ーー…「雫、本は知識の宝庫だぞ。もと本を読め」


 あの時の兄の言葉が、今になって後悔とともに響く。


        「…って、ことだから」


 満足げに喋りきった叔母が「あらっ、もうこんな時間」と、高そうな腕時計をしているのにも関わらず、バッグ横に閉まっていたスマホを見た。


「それじゃあ帰るわね」


 何も解決していない雫を残し、スマホをイジりながら病室を出ていこうとする叔母。視線をスマホ画面に落としたまま、ドアをスライドさせた。

 が、開けたはずなのに、前方を何かが塞いだ。


「えっ?」


「あっ」


 スマホから顔を上げた叔母の前には、強面の無精髭…鮫嶋が見下ろす形となる。見舞いに来て、丁度ドアをノックしようとしたときに、叔母が開けたらしい。


「失礼。雫ちゃんの父親の同僚で、鮫嶋といいます。雫ちゃんのお見舞いに来た方ですよね?」


「えっ?!…ええっ、雫の叔母です。あの、すみません。急いでいるのでこれで失礼します」


 浅い一礼をすると、そそくさとその場を後にする叔母。雫からは後ろ姿しか見えないが、鮫嶋が「父親の同僚」と言ったところで、叔母の肩の当たりが微かに縮み上がったような気がした。

 鮫嶋は何か訝しげな顔で、廊下を早足で進んでいく叔母を少しのあいだ目で追っていた。


「…春恵さんの姉妹?お姉さんかな?」


 雫に質問というより、独り言のように呟く鮫嶋。やはり第三者のから見ても、春恵と朋美は似ているのだろう。


「違うよ。叔母さんは妹だって」


「そうなんだ。で、叔母さんは『何しに』?」


 普通、病院で親戚の子に会いに来ているのだから「見舞い」としか言いようがない。それでもあえて鮫嶋が聞いたのは、雫の様子がおかしかったからにほかならない。

 そういうところは「刑事さんだなー」と思い、「お父さんに似ているなー」と思う雫。

 鮫嶋はあれから毎日見舞いに来てくれている。

 来る時間も滞在時間もまちまちだが、捜査一課の刑事とい多忙な職務のなかで、なんとか合間を縫って来てくれている。

 刑事の忙しさは、自分の父親を見て知っている。本当の親ですら、ここまで毎日顔を見たことが無いことを考えれば、鮫嶋は相当無理をしているだと判る。

 雫は躊躇いながらも、叔母の強行を全部鮫嶋に話した。というか誰かに話さないと、雫の心がもたなかった。

 ……鮫嶋は、また黙って最後まで聞いていた。雫が話した後に泣きだしたが、それも黙って泣き止むまで待ってくれた。

 そして…。


「雫ちゃん。もし君が嫌じゃなかったら、おじさんのところにこないかい?」


 ぎこちないが、優しい鮫嶋の微笑み。右手のひらが、雫に向かってゆっくり伸びる。

 願ってもない申し出だ。嬉しさのあまり、すぐにその手を取りそうになる。

 が。


「ありがとう。でも大丈夫です」


 雫は頑張って微笑んだ。


「ここまで言っておいてなんだけど、叔母さんのことは私の思い込みかもしれないし…。それに鮫嶋さんは、私より大切にしなくちゃいけないモノがあるでしょ?」


 鮫嶋は雫の最後の言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、すぐに「参ったなー」と右手で首裏をポリポリ掻く。

 ここ数日、鮫嶋と話していて判ったことがある。

 鮫嶋は父の後輩でバディだった。そのなかで、何度も父・冬久に救われたと…切々と語ってくれた。そして「自分にも娘がいる。雫ちゃんのことは他人事に思えない」と。

 鮫嶋がはっきり言ったわけではないが、その娘さんとは今は一緒に住んでいないらしい。その理由は、自分の父を見ていれば想像に難くない。

 仕事の多忙さを理由に、家庭が二の次になっている。そして離婚…か、そこまでいかなくても夫婦が別居して、奥さんのほうに娘さんが引き取られた…。

 そんな状態で、赤の他人の娘が父親と住む…。鮫嶋の娘の心境を考えると、その手を取るわけにはいかなかった。


「それじゃあ、これだけは約束してくれ。何かあったら、すぐにおじさんに連絡すると」


「うん、分かった」


 微笑み合った二人は、手を取る代わりに互いの小指を絡め、約束の唄を歌った。

 

 

 

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