謎探偵★聿 巡壱には、義妹に言えない秘密がある

神嘗 歪

プロローグ

第1話 不幸は唐突にやってくる

 

ーー…五年半前。



  ……ワ…ワン…。


    …ワン ワンッ ワンッ! ワンッ!!



 ぼやけた意識のなかで、愛犬・リングの鳴き声が段々とハッキリ聞こえ始める。と同時に、雫の身体中に痛みが走った。


「ッ…!」


 雫は声を出そうとするが、口を開けた瞬間に黒い煙が肺に入り、ゲホッゲホッと噎せる。そして、それが更に身体を軋ませる。


(ツッ……なにッ?私、どうなっちゃってるの?)


 確か…久しぶりに、雫の父親である冬久が「ようやく、まともな休みが取れた」と言って…。雫が「家族全員でキャンプに行きたい!」と言い出し…。「家族で旅行なんて、恥ずかしいから嫌だ」とゴネる高校三年の兄・雪広を説得して、母・春恵と愛犬・リングと一緒に自家用ワゴンでキャンプ場に向かっていた………はず。

 雫は痛みを我慢して身体を起こそうとするが、腹這いで背中から腰のあたりを、何かに上から強く押しつけられているようで動けない。


    ワンッ! ワンッ! ワンッ!

      ワンッ! ワンッ! ワンッ!


 その間も雫の三~四メートル周りを、チェコスロバキアン・ウルフドッグという大型犬種であるリングが強く吠え回っていた。


「…リ…ングッ」


 なんとか動く胸から上を起こし、リングが鳴いている方向に顔を向ける。

 そこには後部座のガラスの割れた車窓から、リングが前足だけでフセをしているような格好で、此方を覗いていた。


(…おかしい? 車に乗っているはずなのに、リングの足元が見える…?)


 今の体勢と車の構造を考えれば、普通なら見えないはずだ。それに、車窓自体の形もいつもと違って見える。ここでようやく、乗っている車自体がまっ逆さまに横転していることに気がついた。

 そしてその瞬間、車がどうしてそのようになったのかもも、雫の脳裏に鮮明に思い出された。


「ヒ…ッ!?」


 山道のカーブ。いきなり現れたのは、対向車線から大きくはみ出したトラックッ!

 運転してした父親は避けようとバンドルを切るも、車は押し出されるように接触。道反対側の崖から下に向かって、雫たちを乗せたまま転落したのだ。

 その転落途中、車のハッチバックが開き、後ろの荷室にいたリングは入っていたゲージごと外に放り出された。


「お父さん…! お母さん! お兄ちゃん!」


 思い出した恐怖に顔を歪ませながら、一緒に乗っているはずの家族たちの姿を探す。

 けれど雫の他に、車内には生存者はいなかった…。

 運転席の父親はシートベルトで固定され、逆さまの宙吊り人形のようになって動かない。そしてその身体からは大量の血が滴り落ちている。

 助手席に座っていたはずの兄・雪広は、今見える範囲の車内には姿すら見当たらない。

 そういえばトラックに激突する直前、持っていたスマホが足元に滑り落ち、それを拾おうとシートベルトを外していた。もしかしたらリングと同じく、車外に投げ出されたのかもしれない。

 そして母は……雫を守るようにして、背中の上に覆い被さっていた。


「お母さんッ! お母さんッ!!」


 呼んでもまったく反応しない。父親のような大量出血は今の状態では判らないが、触れている箇所から解る。……脈を打っていない。


「お母さん…~~~~ッッ。」


 自分がどんなに絶望的な状況に置かれているのかようやく気づき、雫は顔を伏せて泣き始めた。その間も…。


   ワンッ! ワンッ! ワンッ!

      ワンッ! ワンッ! ワンッ!


 リングは雫を励ますように鳴き続ける。が、それ以外に犬のリングにすべはない。飼い主の一人である女の子を助けることもできず、ただただ吠えるしかなかった。


「…誰か助けてッ」


 そう雫が呟いた直後、あんなに吠えていたリングの鳴き声が止まった。


「?…リング?」


 雫が顔を上げると、リングが雫とは違う方向に顔を向け、耳をピシッと立たせたまま何かをジッと見ている。

 雫の位置からでは、リングが見ているモノは見えない。「リング」と雫がもう一度呼ぶも、リングは雫を見ることなくその場から見ている方向に向かって走り出した。


「イヤッ!リングッ、待って!行かないで!」


 いつもなら雫の指示に絶対従うリングが、そのときだけは雫の制止を振り切り、戻ってくることはなかった。

 それが雫に更なる絶望を生み、絶望が張りつめていた意識を一気に混濁の淵に引きずりこんだ…。


(……お願い…。一人にしないで……)


 …………………

 …………

 ……

 …

 

 

 

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